第5話 ナラワシノ森


 一人でナラワシノ森にやってきた僕は、モンスターにだけは見つからないように、身をかがめて歩いた。

 なるべく足音を立てないように、茂みを利用して歩く。

 この時期、ナラワシノ森のモンスターたちは凶暴化しているらしいから、見つかったら一巻の終わりだ。

 

 だけど、僕には命をかけなければならない理由がある。

 なんとしても今日中に、ミネージュ草を見つけるんだ。

 絶対に、僕がお母さんを救ってみせる。

 ここで行動できなかったら、僕が生まれ変わった意味がないと思った。


 小さな子供ひとりで、危険な森にいくなんて、常軌を逸しているとは自分でも思う。

 だけど、不思議とまったく恐怖心が湧いてこないのだ。

 前世で一度死んでいるせいか、死への恐怖みたいなものが、根本的に抜け落ちているのかもしれない。

 もともと、生への執着は疎いほうだった。

 

 トラックに轢かれたあのときも、なにも考えずに身体が動いたんだっけ。

 今も、前世の自分とかわらないな。

 僕はこう、後先考えずに衝動的に行動してしまうところがある。

 けど、やらずに後悔するよりも、やってから後悔するほうがましだ。

 それにもうここまできてしまったら、引き返すことはできない。

 

 僕は順調に森の中を探索する。

 いちおう、地図で森の構造はだいたい把握してある。

 遠くに見えるあの崖のもとまでいけば、ミネージュ草を見つけられるかもしれない。

 僕は地図と自分の方向感覚だけをたよりに、薄暗い森の中を進んでいった。


「いいぞ……思ったよりも順調だ。モンスターに見つかる気配もないし。これならなんとか崖までたどり着けるかもしれない」


 しばらく歩いていると、おかしなことに気づいた。

 森の中に本来いるはずの、モンスターの気配がしないのだ。

 どころか、動物の気配がいっさいしない。

 

「おかしいな……話ではモンスターたちが凶暴化しているはずだったのに……。まあいいか、モンスターに出くわさないのなら、そのほうがこちらとしては好都合だ」


 



 

 それから数時間後――。

 

「やばい……完全に迷った……」


 不幸中の幸いなのか、モンスターに襲われることは一度もなかったが、迷ってしまった。

 思ったよりも森は深く複雑で、地図なんか実際には役に立たなかった。

 遠くに見える崖を目印にしていたけど、それも崖に近づくにつれてだんだん見えなくなってしまった。

 森が深すぎて、もはやどこらへんを歩いているのか、まったく見当もつかない。


「やっぱり、無謀だったのかな……」


 僕はこのまま、この森で遭難して死んでしまうのだろうか。

 ふと下を向いたそのときだった。

 ぽつり、ぽつりと上から雨が降ってきて、それが地面にぶつかって跳ねた。


「あ、雨…………」


 雨はすぐに水たまりになった。

 くそ、森の中で、よりにもよって雨かよ……。

 足元が悪くなるな。

 雨はだんだん強くなっていって、地面がどろどろになる。


 ――ザー…………。

 ――ザー……。

 ――……。

 

 瞬間的な豪雨だったのか、雨は数分でやんだ。

 

 しかし、地面がぬかるんで歩きずらくなってしまった。

 靴の中がぐじゅぐじゅになりながら、森の中を進んでいく。

 

 そのときだった。

  

 ――ズシャアーー。

 

「わぷ……! いて……」


 ぬかるみのせいで、すべって転んでしまう。


「いてて……つー……」


 起き上がるけど、膝を盛大に擦りむいてしまった。

 まるで獣に引っ掛かれたように、膝が泥と血で汚れてしまっている。

 傷に泥が染みて、めちゃくちゃ痛い。

 このままほっといたら、確実に悪化する。

 

「くそ……綺麗な水で洗わなきゃ……」


 しばらく歩いて、ちょうど泉をみつけたので、そこで脚を洗うことにする。

 靴を脱いで、足を泉で洗うと、めちゃくちゃ染みて痛かった。


「なんか……惨めだ……。こんな森の中で、ドロドロだし、足は痛いし……。ミネージュ草はみつからないし……。うう……お母さん……」


 なんか急に心細くなって、涙が出てしまう。

 でも、僕はお母さんのために、ミネージュ草をとって帰らないといけない。

 いくら惨めでも、僕はあきらめるわけにはいかないんだ。

 

「ちょっと、ここで休んでいこう」

 

 僕は泉のほとりにある倒木に腰かけて、休憩することにした。

 しばらくそうやって休憩していると……。

 

 ――ぴょんこ、ぴょんこ。


「あれは……、スライム……?」


 僕の目の前を、スライムの集団が横切っていった。

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