第4話 病気


 9歳のときに母が突然倒れて、ベッドで寝たきりになってしまった。

 意識ははっきりとしているが、しんどくてまともに動けないそうだ。

 医者に診てもらったが、未知の病気だということで、とにかく安静にするしかないようだ。


 僕はものすごく心配だった。

 姉も父も、兄も、みんなで母を支えた。

 僕は母に食事を運んだり、身体を拭いたり、看病をした。

 母が退屈なときにはいっしょに本を読んだり、お話したりした。


「ごめんね、お母さん、病気になっちゃって……。もうあまりティムと一緒に遊んであげられないかもしれないわ」

「ううん、あやまることなんかないよ。かわりに、僕がずっとお母さんのそばにいるよ」

「お姉ちゃんみたいに、お庭で遊んできてもいいのよ?」

「ううん、僕はここでお母さんといっしょにいるほうがいいから」

「ありがとう。あなたは本当に優しい子だわ……。もちろん、お姉ちゃんもね」


 母は僕の頭にそっとキスをした。


 医者によると、感染したりするようなタイプの病気ではないそうだ。

 だけど、根治できるような薬がない以上、最悪の場合も想定していかないといけないらしい。

 母といっしょにいられる時間は、もうあまり長くはない…………。

 僕はできるだけ、母といっしょに過ごそうとした。


 姉は、母を失うということが受けいれられないのか、母を若干避けるようになった。

 もちろん心配はしているし、看病もしてくれるのだが、空元気を装っている。

 姉もまだ幼い子供だし、受け止めきれないのはしょうがないと思った。

 前世含めて40年以上生きているはずの僕ですら、まだどうしようもなく受け入れがたいのだから。


 親を失うなんて、どんな感覚なのだろう。

 前世でも、僕は親より先に死んでしまったから、経験したことがない。

 最愛の母を失うなんて、考えるだけで胸が痛い。

 なんとかする方法はないか、必死に調べて、考えた。

 だけど、9歳の子供にできることなんてほとんどなかった。

 父もいろいろなコネを使って、魔術師を呼んだり、祈祷師を呼んだり、最善を尽くした。

 

 僕は書物を読み漁り、似たような病状についての解決法がないか探した。

 いつものように本を読んでいると、ある記述を見つけた。


「これだ……!」


 そこにはこう書かれていた。

 ミネージュ草という薬草を煎じて、毎晩飲ませると、似たような病気から快復したという記述がある。

 わずかな可能性でも、なにもしないで時を過ごすよりはましだと思えた。


「ミネージュ草……! これを見つければ……!」

 

 僕はそのわずかな可能性を信じることにした。

 とにかく、母のためになにか行動したかったのだ。

 僕は父に提言して、ミネージュ草を手に入れられないか相談した。

 しかし、父の情報網を辿って商人をあたってみても、そのような草はみたことがないという。


 もしかして、本にしかない記述ってことは、おとぎ話の存在なのか……。

 この本の著者の作り話で、そもそも存在しないのかもしれない。

 存在したとしても、それが本当に効果があるものなのかも確かじゃない。

 もうずいぶん古い本だから、ミネージュ草が絶滅したって可能性もある。

 

 でもとにかく、僕にはこの草が必要だった。

 一応、商人たちや使用人には似たような薬草を探させているが、自分でもなにかしたい。

 待っているだけで、後悔はしたくないから。

 僕は流されて生きるんじゃなく、自分で行動をするって決めたんだから。


 ミネージュ草は本によると、切り立った崖の下に、さかさまに生えていることがあるらしい。

 そんなおかしな生え方をする草があるのかと思うけど、異世界だからそれもあり得るのかもしれない。

 たしか崖なら、ナラワシノ森にそれらしいものがあったはず。

 そこにいけばもしかしたら、見つけられるかもしれない。


 僕は書籍をかき集め、さらにミネージュ草の情報を集めた。

 すると、やはりここから近くでミネージュ草が生えているとすれば、ナラワシノ森が最有力候補だという結論に至った。

 縋れるものといったら、もうこれしかない。

 僕自身がすぐにでもナラワシノ森に飛び出したかったが、魔法も使えない今の僕じゃなにもできない。

 自分の無力さが悔しかった。


 僕は父に相談した。

 もちろん、簡単にききいれられるとは思っていない。

 

「お父様。もしかしたら、ナラワシノ森に入れば、ミネージュ草を見つけられるかもしれません! 僕に行かせてください!」

「ダメに決まっているだろう。ナラワシノ森は危険すぎる。特にこの時期はモンスターが凶暴化していて、熟練の冒険者でも近づけないんだぞ。まだ子供のお前に、なにができる」

「で、ですが……! ミネージュ草さえあればお母さまは助かるかもしれないんですよ!?」

「だが、本当にそんな都合のいい薬草が存在するのか? その本にしか書かれていないんだろう?」

「そうですが……。お母さまを助けるためなら、ほんの少しの可能性にでも賭けたいのです」

「気持ちはわかる。父さんが今商人を使って探させているから、しばらく待ちなさい」

「だったら、ナラワシノ森に探索隊を派遣してください!」

「……よし、わかった。今週中に人を集めておく。あとは父さんに任せなさい。お前はなにも心配しないでいい」

「わかりました。ありがとうございます……」


 父は翌日から、冒険者ギルドに金を出して探索隊を募集してくれた。

 だが、この時期のナラワシノ森は非常に危険で、熟練の冒険者でも近寄りたがらない。

 父は母のために金に糸目をつけず募集したが、この時期、優秀な冒険者はみな王都に行ってしまっていて、集めようにも時間がかかるらしい。

 安全にナラワシノ森を探索できる人数を揃えるには、最低でも1週間はかかるそうだ。

 果報は寝て待てというが、報告を待っている時間がとてももどかしかった。

 

 その翌日だった。

 母の容態が急変した。

 母は意識を失い、もはやいつ死んでもおかしくないくらいだった。

 医者によると、なんとか2、3日は延命できそうだが、1週間はもたないだろうとのことだった。

 それじゃあ、間に合わない。


「もう、待っていられない……!」


 冒険者ギルドや商人に任せていても、このまま時間が過ぎるだけだ。

 なにもせずに手遅れになるのだけは嫌だ。

 前の人生で、僕はなにもせずにただ流されるように人生を生き、そして手遅れになってしまった。

 もうそんな思いは二度としたくない。


 みんなが母のために祈りをささげる中、僕はこっそり屋敷を抜け出した。

 どうせ言っても反対されるのが目に見えている。


 街で適当な馬車を拾って、最寄りの街道まで飛ばしてもらう。

 戦闘を避けるための身かわしマントと、短剣と盾も買った。

 袋には薬草とわずかな食料を詰めた。

 

 そして一人でナラワシノ森へと足を踏み入れたのである。

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