第3話 母の愛
「残念ですが……ティム様に魔力はほとんどありません……」
え……待って……。
今なんて言ったの……先生。
僕は全身から力が抜け落ちるのを感じた。
「そうか……やはりそうか……。残念だが、仕方ないな……」
父はわかりやすく肩を落とす。
……やはりって、どういうこと?
「……お父さまは、前から僕の魔力が少ないって気づいていたってことですか……?」
「すまない、ティム。お前の身体からは、あまり魔力を感じないとは思っていたんだ……。しかし、言い出せなかった……信じたくなかった……」
そうか、魔力を感じられる大人からすれば、僕はあきらかに見劣りするのか……。
おそらくそれは、母さんも気づいていたってことだ。
母さんが僕にテイマーを意識させないようにしていたのも、そういうことか……。
僕がテイマーを目指して、がっかりしないように……。
父さんも、薄々僕の才能のなさに気づいていながらも、家庭教師を用意した。
それは僕のことをあきらめたくなかったのか、それとも、自分の口から息子に才能がないと突きつけるのははばかられたのか……。
どちらにせよ、父が僕を思う気持ちはよくわかる。
父は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
僕には、魔法の才能がないんだ。
せっかく異世界に転生できたんだからとか思っていたけど、そもそも才能がないなら、異世界だろうと魔法は使えない。
当たり前のことだ。
なんか、異世界に転生したからって、浮かれていたんだな。
そりゃあそうか。
前世でも僕には特別な才能なんかなかったし。
ほとんどの人はそうやって何事も成し遂げずに死ぬだけだ。
それは現代日本だろうが、異世界でも同じ。
当たり前のことだった。
けど、せっかく生まれ直したのに、才能がないなんて、きっついなぁ……神様も……。
「っく…………僕は、テイマーにはなれませんか……?」
「ああ。残念だが、向いてない……。どころか、これっぽちの魔力じゃ、モンスターをテイムすることすらできないだろう。鍛えれば少しは魔力を増やすこともできるが、元がこれじゃあな……。焼け石に水ってところだ」
「そんな…………」
「落ち込むことはないさ。お前には他に才能があるはずだ。自分にしかない才能が。魔力が少ないから、魔法使いは無理だが、剣術ならどうだ? だいたい、魔力が少ないやつってのは剣術に向いてるもんだ」
「そうか……剣術なら……。やってみます……!」
「俺はこう見えて、剣にも少し覚えがあるんだ。ついでだから、明日から剣術も見てやるよ」
「ありがとうございます!」
テイマーの道を完全にあきらめたわけじゃない。
異世界には無限の可能性が広がっている。
なにか他に方法があるかもしれない。
今は僕にできることをやろう。
備えあれば患いなし。
ちゃんと努力して、人生に向き合って、本気で生きるって決めたんだから……!
こうして僕は剣術の修行をやることにした。
翌日、先生に剣をみてもらった。
――キン!
――キン!
――ガキン!
丸一日修行をみてもらって、先生が出した結論は、あまりにも残酷なものだった。
「ダメだ。まったく、才能がない」
「え………………」
「正直、これほど才能がないやつは初めてだ……。剣の筋が悪いっていうか、そもそも根本的に、運動神経が悪すぎる」
「そんな……」
「悪いが、ろくに剣を振る事さえままならない今のお前さんに、俺が教えられることはなにもない……」
「っく…………わかりました……」
変に期待をもたせまいと、先生はそのまま残酷な真実を突きつけてくれた。
まだ8歳の僕の心は、それで粉々になってしまった。
35年生きた記憶があるっていっても、やっぱり僕の心も体も、まだ子供なのだ。
先生が帰ってから、僕は母の胸に抱き着いて、ひとしきり泣いた。
「うわあああああああああああん。悔しい……! 悔しい……!」
母はなにも言わずに、僕を抱きしめて、背中をさすってくれた。
「僕には……なんの才能もないんだ……。僕にはなんの取り柄もない」
「そんなことないわ。あなたはたくさん本を読める、賢い子よ。剣や魔法がダメでも、学者になればいいわ」
「でも……! でも……! 僕は弱い。弱いんだ。こんなんじゃ、誰も守れない……! 大切な人を守れないよ……!」
前世でも、僕は男らしくないからモテないとかって、結婚相談所の人に言われたっけ。
前世の僕も、運動は得意じゃなくって、身体も小さくて、気も弱かった。
僕は、この世界に転生して、今度こそは強くなろうと思ったんだ。
それは肉体だけじゃない、心もだ。
大切な人たちを守れるように、この世界を生き抜くために。
だけど、これじゃあ……くずおれそうだよ。
「大丈夫よ。あなたは誰よりも強い子」
「そんなこと……」
「いいえ。あなたは誰よりも優しい子なのだから……」
「それって、優しいって、弱いってことなんじゃないの……?」
弱さからくる優しさには意味がない。
僕の中に、引っかかって抜けない、棘のような言葉だ。
「違うわ。優しいっていうのは、心が強いってことなの。心が強くないと、優しくはなれないわ。あなたは誰よりも優しい。誰よりも強い子なの。大丈夫、心配しなくても、創造神様が守ってくださるわ」
母は、そんな僕を心から受け止めてくれた。
ただ受け止めてくれて、優しく包んでくれた。
「うん……僕、強くなる。誰よりも優しい人間になるよ」
そのときの母の言葉を、僕は深く胸に刻んだ。
折れて粉々になった僕の心に、母の優しさが芯まで染みた。
母は、強いな。
僕も、母のような人になろうと思った。
そんな最愛の母マリアが倒れたのは、僕が9歳のときだった。
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