第2話 家庭教師


 今世での父、つまりはこのナリアガル家の当主である男――名前はディエゴ・ナリアガル。

 父も他の家族同様、僕のことを溺愛してくれた。

 ただ父は忙しく、しかも寡黙な人だったので頻繁に話すことはなかった。

 その辺は、前世での父を彷彿とさせる。


 けど、その愛情は本物だったし、僕も父を愛していた。

 8歳の誕生日に、父からこんなことを言われた。


「ティムは将来はなにになりたいのかな?」

「どうしたの突然、そんなことを言い出して」


 母マリアがそう言う。

 たしかに急な問いだったし、父が自分からいろいろきいてくるのは珍しかった。

 僕も父と将来のことを話すことはあまりなかった。


「いやな、ティムももう今年で8歳だ。そろそろ将来のことを考えんとなと思ってな。12歳になれば、学院へいくことも決まってる。今のうちから準備しておくにこしたことはないだろう」

「そうねぇ。学院……さみしくなるわねぇ。ティムとずっと一緒にいられなくなるなんて」

「おいおい、お前は。一生ティムにくっついてるつもりか? そろそろこの子も自立が必要だ」


 たしかに、さすがに母はべったりしすぎている。

 僕が親離れできないというより、母が子離れできていない感じ。

 

「ティムは本を読むのが好きだったよな。学者か作家にでもなるか?」

「僕は……テイマーになろうと思います」


 僕は恐る恐るそう言った。

 テイマーになるといえば、もしかしたら反対されるかもしれないと思ったからだ。


「ふむ……テイマーか。しかし、なんでまたテイマーなんだ? 剣士や魔法使いといった花形じゃなく」

「それは……僕は動物が好きだからです!」

「そうか。心の優しいお前らしいな。でも、動物とモンスターは違うぞ?」

「え……? そうなのですか?」

「ああ、モンスターは恐ろしい。動物のように、人と心を通わせたり、懐いたりすることはない。決してな」

「そうなんですか……」

「だが、お前がなりたいというなら、反対はしないぞ。がんばりなさい」

「はい!」


 モンスターは懐かない、その話をきいても、不思議と僕の中で、モンスターに対する憧れは消えなかった。

 

 


 

 その翌週、父はある人物を屋敷に連れてきた。


「ティム、お前に家庭教師をつけようと思う」

「か、家庭教師ですか……!?」

「ああ、いろいろ調べたんだがな。テイマーになるには、それなりに大きな魔力が必要らしい。それなら魔力を増やす練習をしないとな。テイマーになるなら、なんでもはやいうちに学んだほうがいいだろう。ということで、この人がお前の先生だ」


 その男はボサボサの黒髪に、無精ひげをたくわえた、くたびれた男だった。

 腰には短剣を刺していて、肩になにやら見たことのない鳥をのせている。

 

「俺はアイガ・ギガンティックノア。アイガと呼んでくれ。職業はもちろんテイマーだ」


 アイガはそういうと、肩に載せていた鳥を指まで持ってきた。

 この人が……テイマー……。

 ってことは、この見たことない鳥は、モンスター……!?

 

 例のモンスター図鑑は、文字だけでなく絵もつぶれてしまっているページも多い。

 図鑑で見たことないモンスターがいても不思議じゃない。


「すごい……初めてみる……モンスターだ……」


 その鳥は真っ黒なカラスみたいな鳥だった。

 すごく可愛い。

 僕は思わず、その鳥を触ろうとして、指をもっていってしまう。


「ケケケ……!!!!」

「ッ……!?」


 しかし、触れようとすると、鳥は僕の指を軽くつついて、威嚇してきた。

 僕の指先から、血がしたたり落ちる。


「おっと、坊ちゃま。こいつは俺がテイムしているとはいっても、あくまでモンスターだ。むやみに触れようとすると危険だ」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、いいってことよ。それより怪我をさせて悪かったな。ほれ、クラウズ。ヒールだ」


 アイガは鳥のことをクラウズと呼ぶと、命令を下した。

 命令を受けたクラウズは、僕の指先に飛んでくると、なにやら魔法を使った。

 すると僕の指先が柔らかい光に包まれて、みるみるうちに傷が回復した。


「すごい……! これが、テイマー……!」


 僕は感動して、興奮していた。

 こんなふうにモンスターに言うことをきかせて、魔法をつかうことができるんだ……!

 すごい……!

 僕もこんなふうに、モンスターと心を通わせてみたい。

 そう思った。


「先生はすごいんですね……! 僕も先生みたいに、モンスターと心を通わせてみたいです! よろしくお願いします!」


 僕がそういうと、アイガは「なにをいってるんだこいつは?」といった表情を浮かべた。


「……いいや、俺とクラウズは別に心が通じ合っているわけじゃない。モンスターってのは、人間には懐かないし、心なんか持っちゃいないからな。こいつらは野性、凶暴なんだ」

「え…………?」

「テイマーは圧倒的魔力でモンスターを威圧し、従える。舐められたら終わりなんだ。だから、魔力がないと話にならん。そういうわけで、今日から坊ちゃんの魔力を増大させる特訓をやっていく」

「そ、そうなんですか……。わかりました」


 先生は、モンスターは人間に懐かないと言った。

 だけど、僕には、まちがいなく、クラウズが先生に懐いているように見えたのだ。


 

 



 そこから庭に移動して、特訓をすることになった。


「ティム坊ちゃんは、魔法は使ったことはあるのか?」

「いえ、あまり……ありません……」

「そうか」


 魔法――それはこの世界に存在する、不思議な力のことだ。


 もちろん僕だって、せっかく異世界に転生したのだから、魔法に興味を持たなかったわけじゃない。

 これまでに読んだ本の中には、魔法について書かれたものもあった。


 だけど、本に書かれていたことを試しても、なにも起こらなかったのだ。

 それに、そもそも書いてあることがどれも感覚的すぎて、僕にはよくわからなかった。


 よくある異世界転生ものの漫画とかだったら、子供のころから本を読んで勝手に魔法を使って修行……っていう展開はお約束だと思うんだけど……。

 あいにく、僕の場合はそんなふうにうまくはいかなかった。

 僕に才能がないのか、はたまたこの世界が厳しいのか。

 とにかく現実は物語のようにスムーズにはいかないようだ。

 

 母に魔法について学びたいと言ってみたこともある。

 けど、「それはもっと大きくなってからね」とはぐらかされた。

 母は少なからず魔法を使えるようだったし、教えてくれてもいいのにな、と思ったものだ。

 

「母に教わろうとしたのですが、はぐらかされました……。本を読んでもよくわからなくて……」

「まあ、そりゃそうだろうな。魔法ってのは、めちゃくちゃ便利だが、めちゃくちゃ危険なものでもある。素人が子供に教えられるようなもんじゃない」

「そうなんですか」

「俺も魔法使いじゃねえし、あくまでテイマーだ。だから俺だって、魔法を教えることは無理だ。俺にできるのは、あくまで魔力をほんのちょっと増やすことだけ」

「なんだ……残念……」

「テイマーは自分で魔法を使ったりはしない。あくまで魔力で威圧してモンスターを従わせるための修行だな。魔法なんてのは、難しい勉強してみにつけなくても、モンスターを使役してやつらにつかわせりゃいいんだ」

「なるほど、そういうことなんですね」

「ああ、そのおかげでテイマーってのは学歴がなくてもなりやすい。まあ、学校で魔法を勉強したエリート様には見下されるがな。貴族出身者にテイマーが少ないのもそういう理由だ」

「理解しました。でも、ちょっと残念だな……。自分で魔法を使ったりもしてみたかったのに」


 せっかく異世界に来たんだから、魔法を使ったりもしてみたかった。

 それは当然の欲求だろう。

 けど、この世界では、魔法ってのは僕が思ってるよりも専門的なものらしい。

 じゃあつまり、母さんってけっこうすごいのでは……?

 

「まあ、そう残念がるな。坊ちゃんは貴族だからな。そのうち使えるようになる」

「え……? どういうことですか?」

「貴族は12歳になったら学院に通うことになるだろ。学院にいけば、一流の現役魔術師から、専門的な知識が学べるぞ」

「そうなんですか! やった! それは楽しみです」

「まあ、中には9歳くらいから家庭教師を雇って家で先に学ばせる場合もあるみたいだが……。坊ちゃんの場合はテイマー志望。そういうわけで俺が呼ばれたってわけだ」

「わかりました。それでは、お願いします!」

「おう! びしばしいくぜ! まずは魔力を感じるところからだな」

「魔力……って、どうやって感じるんですか……?」

「こうやるんだ――」


 すると、先生は僕の胸に手のひらをのせた。

 そして、次の瞬間、僕の身体にとんでもない衝撃波が加わる。


 ――ズンッ!


「うわ…………!?」


 ――ズドン!!!!


 僕は衝撃波に押され、数メートル吹っ飛んでしまった。

 なにが起こったんだ……!?


「いててて……」

「すまんすまん、やりすぎてしまったようだ」


 先生がかけよってくる。

 茂みのほうに倒れたから、幸い怪我はない。


「でもこれで、魔力を感じられるようになっただろう?」

「ほんとだ……なんだ……これ……すごい」


 さっきまでなにも感じなかったのに、身体になにかぶよぶよしたオーラを感じる。

 見えない服を着ているような感じだ。


「なにをしたんですか……?」

「俺の魔力の一部を、坊ちゃんの体内に送り込んだ。これで強制的に魔力を感じさせるっていう手法だ。まあ、荒療治だがな。手加減を間違えると最悪死ぬ――だからこの方法はある程度魔力量が育ちきってる8歳くらいからしか使えない」

「えぇ…………じゃあさっき僕が吹っ飛んだのも…………」

「……すまん、思ったよりも威力が強すぎたようだ……」

「えぇ……危ないなぁ……」


 あともう少し強ければ、僕って死んでいたか大けがしてたんじゃないのか……!?

 いいのか、そんなガバガバで……。

 家庭教師が貴族の息子に怪我させたりなんてなったら、当主に処刑されたりするんじゃないの?


 

 それから、その日一日かけて、魔力を高める修行をさせられた。

 身体の魔力を一点に溜めたりする方法とか、魔力を体外に放出する方法なんかを教わった。

 どれも言われたらすぐにできたし、もしかして僕って天才なんじゃないのか……!?

 意外と魔法の才能もあったりして。

 

 このままテイマーと魔法使い、両立できたりなんかして……!?

 先生にもなにも言われなかったし、文句なしなんじゃないの!?

 我ながら才能が恐ろしい……。

 まだ8歳で人生はじまったばかりだけど、幸先いいスタートなんじゃないかな!?


 夕暮れ過ぎに、父が庭に様子を見に来た。

 父は難しい顔で、先生に尋ねた。


「それで、ティムの魔力はどのくらいなんだ?」


 ふっふーん、先生、言ってやってくださいよ!

 おたくの息子さんは天才ですってね!

 すると、先生は深く深くため息をついて、冷たい口調でこう言った。

 


 

「残念ですが……ティム様に魔力はほとんどありません……」



 

 え…………?

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