第1話 幼年期
僕は一度死んで、異世界に転生した。
家族に愛されてすくすくと育ち、僕はあっというまに6歳になった。
すっかりこっちの言語や文化にも慣れてきて、いろいろなことがわかるようになった。
簡単に説明すると、この世界は剣と魔法があるゲームみたいな異世界だ。
そういうファンタジー系のゲームはたくさんやったことがあったので、すんなり理解できた。
時代はだいたい、中世ヨーロッパくらいだろうか。
僕の新しい名前は、ティム・ナリアガル。
貴族としてそこそこの家柄で、上に兄と姉が一人づついる。
兄も姉も僕のことを猫みたいに可愛がった。
姉は僕より二つ上で、ニーナという名前だ。
赤毛のおさげが可愛らしい、活発な女の子。
「ねぇねぇ。ティムってば。お姉ちゃんとあっちで遊ぼうよー!」
書斎で本を読みふける僕を、ニーナが袖を引っ張って邪魔をする。
いつもの光景だ。
「うん、ちょっと待って。これ読んだらね」
「もう……ティムってば、いつもご本ばっか!」
「そうでもないでしょ。毎日遊んでるじゃん」
「ちがうの! ティムはずっとお姉ちゃんと一緒にいるの!」
「んな無茶な……」
そのやりとりを微笑ましく見ているのが、母のマリア。
マリアはいつも僕のことを心配して、犬の散歩のようについて歩いた。
「あらあら、うふふ。ニーナは本当にティムのことが大好きなのねぇ」
「だって、私にやっとできた可愛い弟だもの! 可愛がるのは当然じゃない」
「あらあら。仲のいいことはよいことだわぁ。ティムも、もうそろそろご本を置いて、お姉ちゃんと遊んであげたらどう?」
母が優しい声で僕に問いかける。
「うん、わかってる。待ってね。これで最後だから」
僕は今読んでいる本に夢中だった。
本を読むのは好きだった。
この世界の、知らない世界のことがわかるから。
別に姉のニーナをないがしろにしているわけじゃない。
本を読む前、さっきまで散々遊んでいたのだ。
ニーナは僕が本を読んでいる間も、少しも僕から離れようとしない。
我ながらめちゃくちゃ姉には愛されている。
「本当にティムはご本が好きねぇ。まだ6歳なのに。将来は学者さんかなにかかしらねぇ?」
将来……か。
先のことは、まだ僕にはわからない。
家のことは兄が継ぐことになってるから、僕は好きな道を選んでいいらしいけど。
でも、僕は決めたんだ。
この人生では、流されずに自分で主体性を持ってちゃんと生きるってことを。
そのために、今はいろいろ本を読んで、小さいうちから勉強している。
「この書斎の本を全部読んでしまうのも、時間の問題かしらねぇ」
母は書斎の本棚をぐるっと見渡して言った。
屋敷の書斎には、父が古今東西から集めた様々な本が蔵書されている。
壁一面に本棚が並んでいて、本好きにとっては理想郷のような部屋。
僕は今読んでいた本を読み終わると、それをそっと本棚に戻して言った。
「今、読み終わったよ」
「え……?」
「この部屋の本、全部! 読み終わったんだ」
そう、今読んでいた本で最後。
僕は書斎にあった本を全部読破してしまった。
実はまだ歩けないうちから、こっそりベビーベッドをハイハイで抜け出してコツコツ読んでいたからね。
さすがに赤子が本を読んでいるのを見られるのはまずいだろうから、隠していたけど。
「あらあら……。うちの子、もしかして天才なのかしら……?」
それは親バカだと思うけど……。
まあ一応、僕は前世で35年生きたという記憶がある。
だから、6歳でも本を読むくらい簡単だった。
しかも知識や経験は35歳のものがつかえるけど、有り余る好奇心は間違いなく6歳のものだ。
これで読書が捗らないわけがなかった。
「わーい! ご本全部読み終わったんなら、お姉ちゃんとずっと遊べるよね!」
ニーナが嬉しそうに僕の手をとる。
「はいはい……わかってるよ」
僕は姉に手を引かれて、庭まで連行されるのだった。
ほんと、この人僕のこと大好きだな……。
けど、自分に向けられる愛情は、どこかくすぐったくもあったけど、やっぱりうれしかった。
僕も姉のことは大好きだった。
今の家族が大好きだ。
自分に向けられた優しさや愛情を、僕はこれからたくさん返していきたいと思う。
特に溺愛してくれたのは母だった。
7歳の誕生日になると、僕のために書斎が増築されるほどだった。
そして一気に蔵書がドッと増えた。
僕としてはうれしかったけど、正直ここまでしてもらっていいのだろうかという気持ち……。
母と過ごした時間はかけがえのないものだった。
僕はよく、寝る前に母の膝の上で本を読んだ。
母に抱っこされ、包まれているとなによりも安心感を感じた。
特に好きだったのが、古びた「モンスター図鑑」という本。
これは何度も読んだ。
その本は古すぎて、煤けてしまっていて、文字はつぶれて、ろくに読めなくなっていた。
けど、モンスターの姿が美麗なイラストで描かれていて、それを眺めるのが好きだったのだ。
なぜだろうか、この世界のモンスターというものに惹かれる。
前世でも、昔からゲームの攻略本とか眺めるの好きだったなぁ。
モンスターを集めたりするRPGに何時間ものめりこんだっけ。
もともと、僕は動物が大好きで、実家にも猫がいるにもかかわらず、よく猫カフェとかに通っていた。
保護猫のボランティアとかにも参加してたっけ。
そういえば、死ぬきっかけになったのも猫を助けたせいだったな。
死んだときのことなんて、今となっては遠い過去の記憶だ。
「ティムはモンスターの絵が好きなのね」
僕を抱き、頭上から母が話しかける。
「そうだね。可愛いモンスターもいたり、カッコいいモンスターもいたり、怖いのもいたり……。とにかくこの絵が好きなんだ」
モンスター図鑑に描かれている絵には特別な魅力があった。
いったい誰がこの本を書いたのだろうか。
著者名などは記述されていなかった。
もっとも、されていたとしても煤けて読めなかっただろうけど。
モンスター図鑑を読んでいると、この世界が異世界なのだということを、あらためて思い知らされる。
こんな異形の怪物たちが、実際にこの世界で生きているなんて驚きだ。
けど、まだこの世界でモンスターを実際に見たことはなかった。
モンスターがいるような森や洞窟は、危険だからあまり外へは出してもらえない。
いつかこの目でモンスターを見てみたいとは思うけど。
「そうねぇ。じゃあ、ティムはモンスター学者さんになるのもいいかもしれないわねぇ」
「モンスター学者かぁ……」
母は決して、テイマーという言葉は出さなかった。
テイマーとして冒険者になれば、命の危険にさらされることもある。
母なりに僕の身を重んじてのことだったのかもしれない。
そんな中、僕がテイマーという職業に興味を持つきっかけになった出来事がある。
ある日のこと、ナリアガル家に客人がやってきた。
マイアール公爵――父の知り合いで、たまにうちに来るようだ。
マイアール公爵には娘がいて、今日はその娘も一緒だった。
僕と歳が近いということで、友達にと思ったのだろうか。
マイアール公爵が父と話している間、娘のレティをよろしく頼むと言われた。
レティは金髪ポニーテールの、よくしゃべる女の子だった。
「私はレティ・マイアール。あんたは?」
「ぼ、僕はティム・ナリアガルだよ。よろしく」
「ふん、冴えない名前ね。でもいいわ。仲良くしてあげる」
「あ、ありがとう……」
レティは初めてできた同年代の友達だった。
姉のニーナは最初、レティに僕をとられたと思ったのか、敵視してにらみつけていた。
けど、やっぱり他に友達もいない女の子同士、二人はすぐに仲良くなっていった。
まあ、どちらも気が強くて活発で、ちょっと似た者同士かもしれないよな。
庭に出て、3人で追いかけっことかして、いろいろと遊んだ。
母と使用人が微笑ましくそれを見守っていた。
ひとしきり遊びつくして、へとへとになった僕は、ちょっと休憩といって椅子に座って本を読みだした。
二人は無尽蔵の体力を持っているのか、ずっときゃっきゃ言ってはしゃいでる。
僕が日陰で、モンスター図鑑を読んでいると、気になったのか、レティが話しかけてきた。
ニーナは疲れたのか母に抱っこを求めて駆け寄っていった。
「ねえティム、それ、なに読んでるの?」
「これ? これはモンスター図鑑だよ」
「へー。ずいぶん古い本なのね」
「なんか、書斎にあったから」
「ティムはモンスターが好きなんだ?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、将来はモンスターテイマーね……!」
「え……?」
テイマーか、そういえば、そういう道もあるよな……。
と、そのときはじめて僕は思った。
母は決してテイマーという言葉を口にしなかったから。
僕も、まさか貴族である自分がモンスターテイマーになるなんて、考えもしなかった。
ふつう、貴族は学者か剣士か魔法使いになるものだ。
「テイマーか……。いいのかな、貴族がテイマーになって……」
「いいに決まってるじゃない! 好きなものになるのが一番よ! それに、王都最強として有名なラインハルト様は、貴族にしてテイマーなのよ!」
「そうなんだ……」
貴族の嫡男は家を継がなければならないが、二男以降は冒険者や学者など、進路は様々だ。
だけど、やっぱりテイマーよりも魔法使いや剣士のほうが花形。
貴族としては剣士や魔法使いになりたがるものが多い。
でも、そっか、王都で一番強い人は貴族でテイマーなのか……。
だったら僕も……そういう道もありなのかもな。
テイマーになったら、いろんなモンスターと触れ合える。
それこそ、狼モンスターとか、羊モンスターみたいなモフモフとも……。
うふふ……今からよだれが出てしまう。
「それにね、テイマーになったら、なんでも願いが叶うかもしれないんだから!」
「願いが叶う……?」
「知らないの? テイマーが全種類のモンスターをテイムすると、究極のモンスターが現れて、なんでも願いを一つ叶えてくれるんだって!」
「そ、そうなんだ……。それは、すごいね」
「ま、あくまで伝説のお話なんだけどね。実際はそんなこと無理だろうし……」
なんでも願いが叶う……か。
それは、とても魅力的な言葉だ。
僕はこの人生を、主体的に生きると決めた。
僕はまだまだ子供だ。
これから先の長い人生、やりたいことがたくさんある。
そんな僕にとって、なんでも願いを叶える力は暴力的なまでに魅力的だ。
それさえあれば、なんでもしたいことができるじゃないか。
――決めた。
「ありがとう。レティ」
「え? うん」
「僕……テイマーになるよ――」
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