心優しい転生テイマーはスライムと願いを叶える旅に出ます

月ノみんと@成長革命2巻発売

プロローグ 転生


 僕の名前は向井秀十しゅうと

 これまでの35年間、僕は決められたレールの上を歩いてきた。

 親に言われたままに勉強して、そこそこの大学に入り、そこそこの会社に就職した。

 小さいころから真面目だとか優しい子だとか言われてきたけど、特段優秀ということもなく。

 ただ優しさだけが取り柄の、つまらない男だ。

 

 やりたいこととか特になくて、ただ平凡に日々が過ぎていけば、それでいいと思っていた。

 なにも起こらないのが一番だ。

 そういう日本人は、少なくないと思う。

 だけど、心のどこかでは変化や刺激を欲している。


 毎日そこそこ頑張って働いて、家に帰って飼い猫と戯れ、YouTubeを見てソシャゲして……。

 特に趣味もなければ、恋人もいない。

 ていうか、いたことがない……。

 

 実家暮らしで親との仲もまあまあ。

 けど、父と母はたいそう仲が悪く、ほとんど口をきくことがない。

 父は仕事で忙しいらしく、会社の近くで一人暮らしをしている。

 正直、親がなにを考えているのかわからない。

 僕としては仲良くしてほしいけど、夫婦の問題だし、僕にはわからないことだらけだ。

 

 僕も恋人は欲しいと思ったりもするけど、そのためになにか行動を起こすほどじゃない。

 ていうかそもそも、その方法がわからない。

 オシャレも遊びもろくに知らないまま、この歳まで来てしまった。


 さすがに見かねたのだろうか、母が勝手に結婚相談所に登録してきたから、お見合いをしろとか言い出した。

 母としても孫の顔を見たいのだろうし、僕としても別に断る理由もない。

 どのみちなんらかの行動は必要だったのだ。

 結局、僕はまた親にお膳立てされたレールの上を歩くのか。


 仮に僕がこれでうまく結婚できて、孫でもできれば、父と母の仲もよくなるかもしれない。

 これをきっかけに、家族がまとまればいいな、そんななんとなくな軽い気持ちで、僕は婚活を始めた。

 

 何人か会ってみて、いいなと思う女性が見つかった。

 彼女はまるで天使みたいな人だった。

 デートを数回重ねて、僕は交際を申し込んだ。

 

「優しい人だとは思うんですけど……ごめんなさい……」


 結果は、あっけなく振られてしまった。

 いい感じだと思ったんだけどな……。

 ていうか、理想のタイプは優しい人ですって、プロフィールに書いてあったんだけど、なにがダメだったんだろうな……。

 結局僕は、優しいだけでつまらない男だってことなんだろうか。

 ほんとの優しさって、なんなんだ。

 

 学生時代にも似たようなことがあった。

「向井はさー。優しんだけど、なんか男として見れないんだよね。ごめんね」

 そう言われて振られたことがある。

「弱さからくる優しさに、価値はないのよ」

 別れ際に、そう言われた。

 その子はそのあと、僕をいじめていた男と付き合っていた。


 

 振られたことを結婚相談所の人に報告すると。

「あーよくあるんですよね。優しいだけで男らしくないって振られるパターン」

「そうなんですか」

「いいですか、モテない人の優しさってのは弱さからくる優しさなんですよ。もっと男らしさをアピールしていきましょう」

 またそれか……。

「男らしさ……ですか……」

 そうは言われても、そんなのよくわからない。

 優しいことの、なにがいけないんだろう。

 

「なかなかうまくいきませんよね。でもあきらめないで、次にいきましょう。こういうのは回数ですから」

「はあ」

 そう言われても、次ってなんなんだろう。

 結婚とか恋愛って、そうやって作業みたいに淡々とやるもんだっけ。


 一度好きになった女性に振られたのに、ハイ次なんてふうに切り替えて考えるなんてできない。

 なんだか婚活しているうちに、人間を物件みたいに考える感じに疲れてしまって、結局、その日のうちに結婚相談所をやめることにした。

 ごめん、お母さん、僕は一生独身かもしれない。


 でも、好きでもない人と結ばれても仕方ないとも思ってしまう。

 結婚とか恋愛ってもっと運命の出会いとか、そういうキラキラしたものだと思っていた。

 そんな考えは、今の時代では甘いのかな。

 ていうか、この歳になって何を言ってるんだろうな僕は。

 もっと若いうちにいろいろと行動する必要があったのかもしれない。

 僕は、あまりにも流されて生きてきすぎた。


「ああ、青春とか、してみたかったなぁ……」


 虚無感を抱えながら、結婚相談所からの帰り道。

 これからの先の見えない将来に思いを馳せながら、ぼーっと歩いていた。

 そのときだった。


「キャーーーー!!!! 誰か……!!!! 子供が!」


 そんな女性の悲鳴にも似た叫び声がきこえてきた。

 

「え…………?」


 顔をあげてみると、道路に飛び出した子供の姿が目に入る。

 どうやら子供は猫を追いかけて、道路に飛び出してしまったようだった。

 だが信号は赤だ。


「にゃあお」

「猫さん。にゃー」


 子供は猫を捕まえて、道路の真ん中で立ち止まってしまっている。

 そして今しも、そこに向かってトラックが突っ込もうとしていた。

 子供は猫に夢中でトラックに気づいていない。

 このままでは、猫も子供もトラックに轢かれてしまう。


 気づいたときには、身体が先に動いていた。


「間に合えええええ!!!!」


 僕は走って道路に飛び出して、猫と子供をスライディングで押し出した。

 間一髪、猫と子供を歩道に押し出すことに成功。

 知らんオッサンに投げ飛ばされて泣き出す子供。


「うわああああああん!!!!」


 けど、助かってよかったぜ……。

 

 しかし僕はそのまま道路にこけて擦りむいてしまって――。

 

 立ち上がり逃げる余裕はない。

 

 間に合わない。


 ――パーーーー。

 ――ドーーン!!!!

 ――ズドーン!!!!

 ――キキーーーー!


「きゃあああああああ!!!!」


 運転手は居眠りでもしていたのだろうか、トラックは少しも減速することなく、僕の頭上を一切の躊躇なく、容赦なく通過した。

 トラックが奏でる重厚な機械音がBGMとなり、25トンの鉄の塊が僕の脳髄をトマトのようにぐちゃぐちゃに粉砕する。

 血がぶわっと吹き出てあたり一面に散らばって、目の前が真っ赤になる。

 痛みを感じるより先に熱いという感じがして、そのあとわずかな快感がじわっと溶けてなくなった。


 すべて一瞬の出来事だった。

 死んだと思った次の瞬間には、僕は死んでいた。

 走馬灯ってやつなのだろうか、死ぬ間際、時間がすごくゆっくりになった感じがして、たくさんのことを考える余裕があった。

 ああ、僕の人生ってなんだったんだろうか。


 優しいやつ、いいやつ、そう言われてきたけど、僕自身の人生に、これといっていいことなんてひとつもなかったな。

 でも最後に猫と子供を救えたから、それでいいか。

 僕のこのくだらない命で、誰かを救えたならもう十分だ。

 

 ああ、実家の猫――みゃーちゃんにもう一度会いたかったな。

 母さん、ちゃんとみゃーちゃんの面倒みてくれよな。


 神様、どうかもし、次の人生があるのだとすれば――。

 

 僕は、今度こそ幸せに生きたいです。

 レールに沿った誰かのための人生じゃなく、自分で決めて、自分の人生を生きたい。



 

 後悔のないように。

 

 

 

 ◆



 

 神への祈りが通じたのだろうか。

 次に気が付いたときには、僕は赤子となって転生していた。

 そんなに信心深いほうではなかったんだけどな。

 でも、ありがとう神様。

 今度こそは、精一杯生きてみます。


 この世界で――。

 

「ほら、ティム。お母さんよ~」


 まだ赤子の僕にそう笑顔で呼びかけるのは、まるで絵画の中から出てきたかのような、聖母という言葉がぴったり似合う美人さん。

 金髪の長い髪に、まるでゲームのキャラのように整った顔立ち。

 話している言葉は、聴きなれない言語で――簡単な言葉なら、わかるようになった。

 

 僕をティムと呼んだその人物は、おそらく僕の新しいお母さんで。

 彼女は僕をあやすときに、魔法を使って僕を浮かせた。

 そう、魔法――。


 僕が転生したのは、どうやら地球とはなにもかもが違う世界。


 異世界だった。

 

「ティム。あなたは誰よりも優しい子に育ってね。そしてこの世界を愛し、世界に愛され、大きく育つのよ。あなたの名前は、その願いを込めてティム――創造神ティムドゴラムから名付けたのだから」


 そして僕は、この世界でほんとうの優しさを知るのである。

 

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