第16話 妖精の王
みんなは森の中にある大木の所までやって来た。今回は四つ葉のクローバーのブーケは持っていない。しかし、魔術師が杖で大木に触れると一瞬、大木に光が宿った。すると大木の周りにクローバーの道が出現した。
「行こう」
クローバーの道を辿ると、あっという間に百花草の精霊の家に着いた。以前にグリフォンと共に訪れた時と全く変わっていない。今は煙突から煙が細く出ており、窓からは暖かい光が漏れている。フィルたちが近づくと百花草の精霊が出てきた。みんなに優しそうな目を向けた後、深刻そうな表情で言った。
「恐れていた事態が起こったようですね、魔術師さん」
百花草の精霊は全てを分かっているのだ。魔術師がうなずく。
「あなたの忠告があったのに、オレは魔王様を守ることができなかった。だから…」
「わたしに助けを求めに来たのでしょう。困った時はそうするようにと伝言を頼みましたからね」
百花草の精霊は全員を家の中に招き入れてくれた。そんなに大きい家に見えなかったのに、不思議とドラゴンも中に入ることができた。紅茶といくつもの料理がテーブルいっぱいに置いてあった。
「こんな時ですもの。何か食べないとね」
温かそうなスープ、パン、野菜の入ったキッシュなど野菜や果物が中心のメニューが並ぶ。以前、おばあさんに作ってくれた苺のジャムのタルトもあった。
真っ先にグリフォンが食べ始め、みんなが何かしら食べ始めた。フィルも何か口にしようと思ったが、どうしてもそんな気が起きなかった。魔王を助けると決意したものの本当に自分に何かできるのか不安だった。
「お茶だけでも飲んでみて。温まるから」
百花草の精霊がこっそりそう言ってくれたので、一口だけ紅茶を飲んだ。とても優しい良い香りがして、身体が芯から温まるように感じた。少し元気が出た。すると、ちょっと何かを食べたい気持ちになって、パンやキッシュを口にすることができた。
百花草の精霊は魔術師から今の状況を聞くと、考え込んでからこう言った。
「つまり魔王さんは魔力を使い果たして分身を出せなくなって、今は魔王城に封印されているってことね」
「分身を今まで出せていたということは眠りの魔法の効果は薄まってきていると思う。だけど、魔力を使いすぎているから自然に目覚めるのを待っていたら、どれぐらいかかるか分からない」
眠りの魔法による封印は緩んではきているが、魔王の力が弱ったことでいつ自然に解けるか分からない状況だ。ただ待っているだけでは何年もかかるかもしれない。そんなに長い間、闇の魔物を放ってはおけない。
「あれは勇者さんが妖精の王に教わった魔法なの。深い眠りの中に相手を封じる代わりに、眠っている者も魔法陣で守られるのよ」
「じゃあ、眠っている今は逆に魔王は安全ってことですか?」
「少なくとも闇の魔物たちに傷つけられることはないわね」
そういえば、以前に闇の魔物を操る青年が天文台に来た時、眠っている魔王に手を出せなかったと言っていた。だからこそ天文台にいる分身を消そうと襲ってきたのだ。
「でも、目覚める時に魔法陣はなくなるから無防備になるの。だから、闇の魔物に襲われる前にみんなで起こす必要がある」
フィルは魔王をどうやって助けたらいいのかが見えてきた気がした。問題はどうやって深い眠りの魔法を解くかということだが。
「眠りの魔法を教えた妖精の王に尋ねたらいいわ。妖精の王へ会いに行くための道はわたしが教える」
百花草の精霊はいとも簡単にそう言うが、フィルは気おされてしまった。妖精の王は勇者と魔王の伝承に登場する人物で勇者に光の剣を与え、眠りの魔法を教えたのだと伝えられている。そんな人にどう会えばいいのだろう。魔王軍のみんなも困っているので会ったことはないようだ。
「妖精の王様って勇者さんを助けた人でしょ。魔王様を助けてくれるかな」
グリフォンの疑問はもっともだ。普通は魔王の部下が会いに行っただけで大変なことになりそうだ。
「妖精の王は魔王さんがどんな人か、本当のことを知っているの。それに優しい方だから困っている人を何も聞かずに追い返すこともしないわ。話を聞いてくれる。勇者の末裔が会いに来たとあれば特にね」
百花草の精霊はいたずらっぽく笑った。確かに勇者の末裔が魔王の部下と一緒にいるところを見れば、ただ事ではないと思って話を聞いてくれるかもしれない。
「妖精たちは魔法で特別な空間を作って、そこで暮らしている。彼らは時間の変化を嫌うから時間の流れのない場所にいるの。だけど、そこへ向かう道はある」
百花草の精霊はみんなを家の裏手につれて行った。そこには百花草の精霊の庭への入り口があったが、彼女は別の森の奥に続く道を指さした。すると森の奥へとクローバーの道が現れた。
「このクローバーの道を進んで行くといいわ」
「ありがとうございます」
フィルはみんなと一緒にクローバーの道を進んでいった。夜の森は心細かったが、みんながいると安心できた。
どれだけ歩いたか分からない。いつの間にか辺りは明るくなっていた。かといって夜が明けたところを見た記憶はない。空が明るいといっても日の光で明るいのではなく不思議な力で明るいのだと分かった。
「妖精の領域が近いんだ」
どうやら魔術師の言うとおりのようだ。途中でクローバーの道が途切れ、大きな湖が現れた。船着き場に一艘だけボートがある。ごく普通のボートに見えるがボートの先についているランタンはよく見ると大きな釣り鐘形の光る花になっている。
フィル、ジェイド、リシャール、魔術師がボートに乗り、ドラゴンとグリフォンが飛んでついてきた。
ボートは滑るように湖を進んだ。
「ここを越えたら妖精の領域に入るよ」
魔術師がそう言った時だった。ボートの行く手を阻むように水の塊が湖の底から現れた。それは水にとりついた闇の魔物だった。
「こんな所にまで! 妖精の領域にまで入れるの?」
「それは無理だ。ここは境界に当たる場所だから、まだ入って来られるだけだよ」
魔術師はとっさにボートに結界を張った。水にとりついた闇の魔物の攻撃は結界によって弾かれた。
「フィル、君は先に行くんだ!」
魔術師は魔法でフィルの身体を浮かせるとドラゴンの背に乗せた。ドラゴンとグリフォンはフィルをつれて全力で妖精の王の城へ飛んで行った。
「さて、こやつはどうしてくれようか」
リシャールは矢をつがえながらそう言った。だが、足場のおぼつかないボートの上では狙いが定まりづらそうだ。更に、ボートの上は狭いから適当に矢を放つと魔術師やジェイドに当たるかもしれない。魔術師は結界を維持しているから攻撃ができない。今、最も動きやすいのはジェイドだった。
ジェイドの心にある考えが浮かんでいた。氷の剣を使って闇の魔物を凍らせるしかない。フェンリルの持つ強力な冷気ならとりついている闇の魔物も倒せるはずだ。
ジェイドは剣の稽古の時、魔王に行ってもらった言葉を思い出した。
「氷の剣を使うことを恐れるな。お前なら使いこなせる」
「でも…」
魔王と初めて会った時、氷の剣の力が暴走してからジェイドは氷の剣を使わなくなった。ドラゴンといる時は大丈夫だと分かったが一人で力を使うのは不安だった。もし、また力が暴走したらと思わずにはいられなかった。
「大丈夫だ。フェンリルは半分が精霊で半分が魔物という強大な力を持つ存在だが、己が認めた者には力を貸すと聞いたことがある。お前にはきちんとした剣の実力がある。自信を持って使えば剣が力を貸すはずだ」
そう言われた時、ジェイドにはそんなに自分に剣の技量があるか実感がなかった。だが、魔王の剣の実力は疑いようがない。その魔王が誰かの剣の技量を見誤ることはない。彼がそう言うのなら本当に力がついてきているのだろう。
ジェイドは時折、魔王に剣の稽古をつけてもらっていた。だが、それ以外の時も毎日、一人で剣の稽古に励んでいた。そのことは剣の手合わせをすればすぐに魔王には分かった。毎日の鍛錬の積み重ねがジェイドを強くしていたのだ。
ジェイドは王宮にいた時、魔王を守ることができなかったことを悔いていた。それは他のみんなも同じだった。
自分がもっとためらいなく氷の剣を使えていれば、魔王の力になれたかもしれないのに。
ジェイドは今度こそためらいを捨てた。ここで氷の剣を使わなければ、いつまでたっても変わらない。
ジェイドは氷の剣を抜くと、ボートからジャンプして、水の塊となっている闇の魔物に剣を思いっきり突き刺した。氷の剣から発せられる冷気で水の塊はあっという間に凍り付いた。水にとりついていた闇の魔物は冷気に呑み込まれて消えた。
「やった…」
無我夢中で戦ったが、何とか氷の剣を暴走させずにすんだ。ジェイドは確かな手ごたえを感じつつ、氷の剣を鞘に収めた。
「みんな、大丈夫かな…」
フィルはドラゴンの背にしがみついて妖精の王の城を目指していた。湖を抜けると深い森が広がっている。その中に妖精の王の城があるようだ。闇の魔物が追ってこないところを見るとジェイドたちが足止めをしてくれたのだろう。
フィルは後ろを見て闇の魔物が追ってこないのを確かめると、目の前に視線を戻した。
すると、木が密集している所が目前に迫っていた。ドラゴンも後ろの闇の魔物に気を取られていて、ちゃんと前を見ていなかった。
「うわー! 前、見て!」
ドラゴンはフィルの声で前を見たものの木々をよけきれず枝の中に突っ込んだ。そのまま勢いあまって開けた場所まで転がっていった。
「いたたた…。ここ、どこだろう」
フィルが立ち上がると、そこは妖精の王の城の庭だった。すぐに大勢の妖精の兵士たちが集まってくる。その後ろから銀の冠をかぶり、細い剣を腰にさしたひときわ立派な身なりの人物が現れた。服装にはところどころ草花の模様があしらわれている。人のように見えるが背中には透明な妖精の羽が生えていた。
きっとこの人が妖精の王に違いない。王はフィルたちを見ると、兵士に武器をさげるように命じた。
「勇者の末裔よ。そろそろ来る頃だと思っていました」
勇者の末裔と聞くと周りの妖精たちはみんなフィルに礼をとった。そんなことをされたことがなかったので、フィルは困ってしまった。
妖精の王の城は王宮と同じような造りだが、ところどころに見たことのない大きな草花が使われている。
フィルたちは客間に案内された。客間は暖炉のある広くて温かみのある豪華な部屋だった。深紅の絨毯が敷き詰められ、大きなソファがいくつもある。そこにはジェイドたちが既に案内されていた。ジェイドたちは闇の魔物を倒した後、湖を渡りきって妖精の王の城にたどり着いたのだった。
全員が集まると妖精の王はフィルにどうしてもつれて行きたい場所があると話した。魔王軍のみんなは心配そうにフィルを見た。
「大丈夫。行ってくる」
フィルはずっと持っていた闇の剣をグリフォンに渡した。グリフォンは大切そうに闇の剣を持った。
「今度こそ、なくさないよ」
グリフォンは闇の剣を持って、そこから動かないつもりらしい。魔王軍のみんなは客間でフィルが戻るのを待つことにした。
フィルは妖精の王につれられて客間の奥へと進んだ。そこからは白い廊下が続いている。その廊下を進みながら王はフィルに話し始めた。
「勇者の末裔殿がまさか魔王の部下とここへ来るとは。何があったのかおおよその見当はつきますが、一体、どうされたのですか?」
フィルは緊張しながら今までのことを話した。おばあさんに一度、話した時よりはスムーズに話すことができた。
「おかしく聞こえるかもしれませんが、魔王はわたしの大切な友達なんです。だから、助けたい。百花草の精霊さんに聞きました。妖精の王様なら眠りの魔法を解く方法をご存知かもしれないって」
妖精の王はじっとフィルの話を聞いていた。どう思われたんだろう。勇者の末裔が魔王を助けたいと言ったら怒られるだろうか。
だが、妖精の王は優しそうにほほ笑んだ。
「あなたの気持ちは聞かせてもらいました。そのように心に決めているなら、あれをお渡ししても大丈夫でしょう」
妖精の王は廊下の突き当りにある大きな白い扉を開けた。中は真っ白なドーム状の屋根を持つ小さな部屋だった。真ん中に祭壇があり、その中に柄も刀身も白い剣が浮かんでいた。
「これって光の剣…?」
本物を見たことはないが伝承の絵にある勇者の光の剣と同じものだ。
「そうです。勇者殿から光の剣を今まで預かっていました。いつか使う時がくるかもしれないからと」
勇者は魔王を封印した後、光の剣を妖精の王に返していたのだ。
「今こそ光の剣を勇者の末裔殿にお返しする時でしょう」
聞き間違いかとフィルは思った。魔王を助けるのに勇者の光の剣を託すというのはあべこべのような気がする。フィルが困った顔をしているのを見て妖精の王は言葉を続けた。
「勇者殿は聡明な方でした。彼はもし魔王が何も悪いことをする気がない場合、魔王を倒す訳にはいかないから封印したいと言いました。そして、私に眠りによって封印する魔法を教えてほしいと頼みに来たのです」
勇者は魔王とその部下たちの様子を観察し、世界を支配すると言いながら、全くその気がないかもしれないことを見抜いていた。そこで魔王と戦うための光の剣と魔王を封印する眠りの魔法の両方を準備して魔王討伐に赴いた。
「勇者殿の読みは正しかった。ここへ戻った勇者殿は魔王を封印したことと、彼が世界を支配する気がなかったことを伝えました。そしてもし、いつか必要があったら光の剣を使えるようにここへ置いていかれたのです」
妖精の王が祭壇に手をかざすと光の剣はフィルの目の前に静かに降りてきた。
「闇の魔物が相手ならば、この剣はきっと必要になる。光の剣は夜の闇の魔法で作られた闇の剣に対抗し、日の光の魔法を刀身に宿すように妖精たちの手で作られました。その強い光で闇の魔物を追い払う力になるでしょう」
光の剣を使うと日の光が辺りに満ちると言われている。妖精の王に促されるまま、フィルは光の剣を持ってみた。思ったよりも軽い。かすかに刀身に光が宿っているのが見えた。
妖精の王は一緒に保管されていた美しい装飾の入った鞘もくれた。フィルは鞘に光の剣を収めると、光の剣を腰にさした。
「勇者殿がかけた眠りの魔法ですが、あれは特別な魔法。我々、妖精にも扱いが難しいのに勇者殿は短期間で使いこなせるようになった。彼には魔法の才能もあったのです」
聞けば聞くほど勇者はすごい人だ。フィルはじっと妖精の王の話を聞いた。
「あの魔法は厳密に言えば、相手を眠らせることはできるのですが、魔法を解いたら起きるというものではないのです。自然と魔法が薄れて目が覚めるのを待つしかない。故に扱いが難しいのです」
「そんな…」
フィルの顔が青ざめたのを見て別の方法があると妖精の王が言った。
「どんな深い眠りからも目を覚まさせる小夜啼き鳥の歌という古い魔法があります。その魔法を教えましょう」
小夜啼き鳥とは夜に美しい声で歌う魔法の鳥である。その歌声には夜明けを呼ぶ力があると言われている。
「この魔法は小夜啼き鳥を呼び出し、その歌声で深い眠りにおちた人の目を覚ますことができるのです」
もともとは魔法の力を持つ歌として伝わっていたものが、妖精たちの間で魔法として残ったものだった。光の剣と小夜啼き鳥の歌の二つを使って魔王を助けるようにと妖精の王は言いたいのだろう。何やら大ごとになってきた。
「でも、わたしにできるのでしょうか。魔法も使ったことがないし、わたしは勇者じゃないし、勇者さんのように強くもないのに」
魔王を助けると決心したフィルだが、ついそう口にした。自分はただ勇者の生まれ故郷と言われる村の出身だというだけだ。剣を使って戦ったことも魔法を使ったこともない。小夜啼き鳥の歌を使いこなせる自信もない。まして勇者の光の剣を使えるなんて思えない。
だが、妖精の王は思ってもみなかったことを口にした。
「勇者ではないから、できることもあるかもしれません」
フィルは思わず妖精の王の方を見た。
「かつて勇者殿は私に言いました。自分は勇者だから魔王と対峙する他ない。勇者とはそういう役目だからと。戦って倒すか、封印するかしか選ぶことができなかったと私に話しました。あなたは勇者ではない。それなら、他の選択肢を選ぶこともできるのでは」
それは考えたことがないことだった。自分だからこそできることがあるかもしれないということは。
「小夜啼き鳥の歌を成功させるのに最も大切なのは強い想いです。誰かを深い眠りから目覚めさせたいという。その想いに応えて小夜啼き鳥が姿を現すのです」
フィルはうなずいた。自分がやらなければならないことはもう分かっていた。
「もしも小夜啼き鳥の歌声だけで目を覚まさない時は相手の夢の中へ入って、そこから起こす必要があります。その時は小夜啼き鳥に頼めば夢の中へ導いてくれるでしょう。ただし、あまり長居すると戻れなくなるので注意してください」
できれば、そんなことにはならないでほしい。だが、いざという時には夢の中まで魔王を迎えに行く必要があるだろう。
「わたし、魔王を助けに行きます。だから小夜啼き鳥の歌をどうか教えてください」
大勢の勇者の末裔の一人というだけで勇者ではない自分にできること。それは魔王と友達になった自分が魔王を助けに行くことだろう。
妖精の王はフィルの決心を聞くと、ほほ笑んだ。
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