第17話 勇者じゃないからできること 前編

 フィルたちは妖精の王とお付きの妖精の騎士たちと共にフィルの村への道を急いでいた。妖精の王はあの後、小夜啼き鳥の歌を教えてくれた。といっても長い呪文などはなく小夜啼き鳥を呼ぶときの短い呪文と魔法の使い方を教えてもらったのだ。小夜啼き鳥は目の前に深く眠っている人がいないと現れないため練習することができなかった。ただ、妖精の王は小夜啼き鳥を呼ぶ時、光の剣を使いながら呪文を唱えるように教えてくれた。光の剣に宿る日の光の力を借りることで、フィルが魔法を使ったことがなくても小夜啼き鳥の歌を使うことができるようになるらしい。


 妖精の王はフィルの村まで送っていくと言ってくれた。魔王城はそこから近いからだ。妖精の王は自らの騎士団と共にフィルたちを送ってくれた。フィルとジェイドは騎士たちの乗る馬に一緒に乗せてもらった。一見、妖精の騎士たちの乗る馬は普通の馬に見えたが毛並みが妖精の羽と同じように薄っすらと光を帯びている。他の魔王軍のみんなは空を飛んでついて来た。


 妖精の王が率いる騎士の一団は途中の湖の上をそのまま駆け抜けた。この妖精の馬たちは水の上も地面の上と同じように走ることができるらしい。


 やがて湖を越えると百花草の精霊の森へ出た。森には木々が生い茂っているのに馬たちはまるで平原を進むかのごとく軽やかに駆け抜けていく。


 森を抜けるとフィルの村が見えた。長い間、妖精の王の城にいたと思ったのに、あまり時間は経っていないらしい。妖精の領域が時間の流れていない所にある影響だった。


 妖精の王と騎士たちが村へ近づいて行くと、森の入り口におばあさんと村人たちが集まって心配そうに待っているのが見えた。フィルの両親の姿も見える。


 「あ、フィルが帰って来た!」


 村の子どもたちが口々に言う。フィルは馬から降りると村のみんなの元へ駆け寄った。フィルの後ろから妖精の王と騎士の一団が現れたので村人たちは驚いた。


 「長い間、留守にしていたから心配したのよ」

 「お母さん…」


 フィルは両親の傍に走って行った。フィルは天文台の街へ出かけてから一度も村へ戻れていなかった。状況が落ち着いた時、村へ手紙を送って連絡していたが心配をかけたことに変わりはない。


 おばあさんはフィルの両親も含め村人たちにフィルの話したことを伝えた。魔王が本物の魔王だということに驚く村人もいたが、みんな彼があんな感じだと知っているので誰も怖がらなかった。それより魔王城に巣くう闇の魔物の方がまずいと思った。


 フィルはみんなに百花草の精霊に会えたこと、妖精の王から勇者の光の剣を託されたことを話した。


 「わたし、魔王を助けに行ってくる。魔王軍のみんなと一緒に」

 「危険を伴うことは分かっています。ですが、これは勇者の末裔であるフィル殿にしかできぬこと。我々が魔王城まで彼女を見送ります」


 村人は妖精の王の言葉に静まり返った。目の前に勇者の光の剣があり、伝承に登場する妖精の王その人がいることに現実感がわかないのだ。まるで伝承の中に入ったかのようだ。


 「本当はそんな危険な場所に娘を行かせたくはない。でも、行くなと言っても行くつもりだろう」


 やっとフィルの父が口を開いて、そう言った。フィルはうなずいた。


 「必ず元気で帰ってくると約束してちょうだい」


 母にそう言われフィルは分かったと言った。そして、再び馬に乗った。


 「フィル、がんばれー!!」


 子どもたちが応援をしてくれる。


 「みんなで無事を祈っているから、いってらっしゃい。魔王ちゃんはきっと大丈夫」


 おばあさんのその言葉にフィルは背中を押してもらったように思った。


 「みんな、ありがとう。いってきます!」


 妖精の王の一団は村を出発した。目指すは魔王城だ。そこで魔王が待っている。


 魔王城は隣町にあって乗り合い馬車である程度、時間がかかる場所だが妖精の馬に乗るとあっという間に隣町までやって来た。


 魔王城へは傍の森に隠し通路があるから、そこから入ろうと魔術師が提案した。魔王城の周りを囲むように存在する森の中に開けた場所がある。よく見ると木々に隠れるようにして小さな洞窟があった。その奥に魔王城の中へと続く隠し通路があるらしい。


 妖精の王はその森までついて来てくれた。


 「隠し通路なんてあったんだ」

 「魔王城を作った時にオレがこっそり作っといたんだよ。何かの役に立ちそうだからね」


 今まさにその隠し通路が役に立つ時がきたのだ。妖精の王たちに見守られながらフィルたちは洞窟の奥へ進んだ。妖精の騎士たちは魔王城の傍で待機し、何かあったら助けると約束してくれた。


 洞窟の中は暗かったが魔術師が杖で明かりを出してくれたので迷わなかった。洞窟はほぼ一本道で突き当りには何もなかった。だが、魔術師が手をかざして月の光の魔法を使うと扉が現れた。


 扉の向こうは階段が続いていた。みんなでその階段を登る。かなり大きな螺旋階段でドラゴンも中へ入ることができた。


 「どこに出るの?」

 「魔王城の倉庫。ほら、いろいろ物を置いていた場所だよ」

 「あそこか」


 リシャールが納得したように言った。一番上まで登りきると魔術師が天井の板を外した。たくさんの物が無造作に置かれた暗く広い部屋に出た。


 「魔王はどこに封印されているんだろう」

 「玉座の間ではないな。あそこに青年が居座っているはずだから」


 確かにリシャールの言う通りだ。玉座の間には青年しかいなかったのだと魔王が言っていた。そこで追い返され、魔王城を立ち去ったのだと。


 「もしかして木のある所かな」

 「案外、そうかもしれないね。こっちから魔王様の力を感じる」


 ドラゴンの言う木のある所というのは魔王城の中心になる庭のような所のことだった。中央に木があり、その周りに花が咲いている。かつては屋根がなかったが、後でガラスの丸天井が付けられた。そこから日の光が差し込み、夜は月の光が差し込んだ。魔王城の憩いの場でドラゴンはよくそこで昼寝をしていた。


 フィルたちは中庭を目指して最短距離で移動した。魔術師を先頭に走っていく。途中で闇の魔物に出くわしたら面倒だ。


 だが、運よく闇の魔物に出会わずに中庭にたどり着いた。あの隠し通路は月の光の魔法で隠されていたので闇の魔物には見つけられない。そのため、フィルたちが魔王城に入ってきたことにまだ気づいていないのかもしれない。


 中庭は庭と呼ばれているが本当の庭ではなかった。もとは古城の一室だったようだが、長い年月の間に床の中央がはがれて地面が出ていた。そこに木や草花が生えて庭のようになったのだ。


 その中庭に魔王が封印されていた。


 中庭の真ん中にある木にもたれかかるようにして魔王が眠っている。魔王が眠っている周りには月見の花が咲いている。月見の花は月の光の魔法と同じ金色の光を帯びている。木の下には巨大な魔法陣があった。妖精の眠りの魔法が働いているのだろう。


 「魔王…」


 不思議な光景だった。この間まで一緒に過ごしていた魔王が目の前で眠り続けている。今まで一緒にいた魔王は分身で本人はここでずっと何百年も封印されてきたのだ。


 フィルが魔王のもとへ駆け寄ろうとすると結界に阻まれてしまった。青年はこの結界があるために魔王に手が出せなかったのだろう。


 「勇者の末裔ちゃん、どうしよう」

 「任せて。わたしが魔王を起こすよ」


 みんなにそう言うと、フィルは深呼吸してから光の剣を抜いた。光の剣の刀身はかすかな日の光を宿している。光の剣を地面に突き刺すとフィルは意識を集中する。


 『小夜啼き鳥よ。その歌声で深き眠りにある者に目覚めをもたらしたまえ』


 フィルはそう唱えた後、ただ強く魔王が目を覚ましてほしいと願った。妖精の王はこの魔法を成功させるのに必要なのは強い想いだと言った。誰かを目覚めさせたいという強い想いに応じるように小夜啼き鳥が現れるのだと。


 魔法を使ったことがないフィルにできるのはただ強く願うことだけだった。


 しばらく、フィルは願い続けた。魔王軍のみんなは固唾をのんで見守っていた。


 やがて、フィルの耳に澄んだ鳥の鳴き声が聞こえた。慌てて声の主を探すと、どこからやって来たのか小さな鳥が一羽、飛んできた。羽ばたくたびに金色の光が舞う。


 小夜啼き鳥だ。フィルの想いに応えて現れたのだ。


 フィルはただ祈るような気持ちで小夜啼き鳥を見つめた。小夜啼き鳥は木の枝にとまると高く澄んだ美しい声でさえずり始めた。小夜啼き鳥の歌が中庭に響き渡る。


 だが、魔王に変化はない。少しだけ身じろぎしたが深く眠りこんでいるのか目を覚まさない。


 「そんな…」


 フィルは妖精の王の言っていたもう一つの方法を試すしかないと思った。小夜啼き鳥と共に魔王の夢の中へ入って彼を起こすのだ。


 フィルは小夜啼き鳥を見上げた。迷っている暇はない。


 「小夜啼き鳥さん。わたしを魔王の夢の中へつれて行って」


 小夜啼き鳥は小さな黒い瞳でフィルを見ると、一声応えるように鳴いた。そして、光の剣の柄を握っているフィルの手の上にとまった。


 途端にひどい眠気におそわれた。フィルは慌ててその場にしゃがんで座った。そのままフィルは眠り込んでしまった。

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