第14話 魔王と闇の剣

 ドラゴンは氷の竜を追い払ったことで天文台の街ではちょっと有名になった。そのドラゴンはというと氷の竜との戦いで疲れてしまい、体力が戻るまでしばらくかかった。ドラゴンは火を食べて生きているので騎士団の台所にあるかまどの火をもらった。これは騎士団も歓迎した。ドラゴンに火を食べてもらうと、かまどの火を安全に消すことができるからだ。


 フィルがフランソワの屋敷から持って来てしまった闇の剣のレプリカは後でフランソワに返した。そうこうしている間に資料館に刀剣の管理をしている研究員が戻った。さっそく刀剣がどこに保管されているのかを調べてもらうと、かなり前に資料館から王宮に移されていたことが分かった。


 遺跡でグリフォンが眠っていた時に回収されたので闇の剣は古代の都市で使用されていた儀礼用の剣だと思われていた。魔王の闇の剣だと誰も分からなかったのは魔王と戦った勇者以外、誰も本物の闇の剣を見たことがなかったからだ。勇者が闇の剣を回収しなかったので、まだ魔王城にあると思われていた。誰もグリフォンが持ち出したことは知らない。


 「王宮には儀礼用の武器を飾る部屋がいくつもありますが、一部は一般公開されています」


 王宮は非常に広いため、一部を一般人も入れるように公開している。もちろん王宮の奥は王侯貴族のみしか立ち入ることができない。一般公開されているエリアは毎年、観光客が訪れている。王宮はかつて当時の国王が勇者に魔王を何とかするように命じた場所だ。当然、勇者と魔王伝説のファンにとっては人気のある観光スポットになる。


 展示は時折、入れ替わるらしいがいつもなら儀礼用の剣は展示されているらしい。そんなに観光客が多いなら魔王と見に行っても目立たないだろう。問題は展示されている闇の剣を勝手に持ち出せないだろうということだ。


 「だが、考え込んでいても仕方ない。見に行ってみようではないか」


 魔王の一言でまずは本当に闇の剣があるのかを確認しに行くことになった。行くなら魔王軍全員で行く方がいいということで、ドラゴンが元気になるのを待ちながら王宮へ行く準備をした。


 そして、いよいよ王宮へ向かう日になった。フランソワとポールの二人と天文騎士団が見送りに来てくれた。氷の竜と戦ったドラゴンを一目見ようと街の人々も集まった。


 「俺はこの街のことがあるからついて行けないけど、気を付けて」


 氷の竜に破壊された箇所の復興があるのでフランソワは天文台の街からそうそう離れられない。


 来た時と同じように魔王、フィル、ジェイドの三人はドラゴンの背に乗った。リシャールと魔術師、グリフォンはドラゴンの横を飛んでついて来た。


 「みんな、ありがとう」


 お礼の代わりにみんなで手を振ると、見送りに来ていた人々も手を振ってくれた。フランソワが剣を手に礼をとると、騎士団全員が一斉に剣をもって礼をとった。


 天文台の街がだんだん小さくなっていく。魔王たちはみんなが見えなくなるまで手を振っていた。











 今回はドラゴンに乗って飛んで行ったので、王宮の近くの丘の上まですぐに着いた。ドラゴンとグリフォンはこの丘で待つことになり、残りのメンバーで王宮へ向かった。


 みんなは闇の剣を探そうと意気込んで王宮へ向かった。魔王は王宮に行くのを面白そうだと思っているようで、明らかにわくわくしている。


 一方、魔術師は今宵が月の出ない新月の日であることに少しの不安を抱いていた。新月は魔王の魔力が回復しないし、場合によっては魔力が下がることもある。魔王も新月であることは分かっていたが、さほど気にしていなかった。闇の剣が展示されているのを見に行くだけだから何も起こるはずがないと魔術師は自分に言い聞かせた。


 王宮の前は大勢の人でごった返していた。観光客以外に何らかの申請をしに来た人、王に謁見を申し込む人、城で働きたい人など必要があって来ている人もいる。王宮の一部を一般人に開いているのはこのような場合に対応するためでもある。申請や謁見、仕事の受け入れなどを滞りなく進める必要があるからだ。


 魔王たちは観光客が歩いていく方へついて行った。仕事の人たちとは違って少々、王宮へ入るのに迂回する道を進む。庭園の中を歩く必要のある道で、王宮へ至る道中も見る所が多くなるように工夫されている。


 魔王たちは特に衛兵に呼び止められることもなく王宮の門をくぐった。観光客の一団と思われているようだ。まさかその中に本物の魔王が紛れているとは思っていないだろう。伝承の魔王が観光していること自体、ちょっとおかしいのだが。


 王宮の中に入るとすぐに巨大な白亜の階段がエントランスの中央に見えた。階段の幅だけで数十人は並んで立てそうだ。階段は真ん中で二手に分かれて二階へ続いている。廊下の壁には端から端まで金色の装飾が入っている。二階はそれぞれの部屋を自由に出入りできるように、各部屋の扉は開け放ってあった。


 フィルは初めて入った王宮の豪奢な造りに圧倒されてしまった。想像の何倍も大きい。大勢の観光客がこの階段を登っているのを見なかったら、しばらくは足がすくんでしまっただろう。


 魔王はというとすぐ階段を登り始めていた。魔王城は外から見るとこの王宮より小さく見えたが、中は広くて迷宮のようになっているのかもしれない。だから広大な王宮に足がすくむこともないと思ったのだが。


 「いや、魔王城はもっと狭いぞ」

 「え、そうなの? 中が迷宮化してるとかトラップがあるとか」

 「そんな訳ないだろう。広すぎると迷子になる」


 この場合、迷子になるというのは魔王本人のことだろうなとフィルは思った。リシャールがこっそり耳打ちする。


 「うち捨てられていた古城を改装したのが魔王城だった。トラップなどももちろんない。魔王様が引っかかられては困る」


 確かに魔王は深く考えずに歩いているから古典的な落とし穴にさえ、はまる気がする。


 二階はいくつもの部屋が複雑につながっているが、部屋をつなぐ扉が全て開いているので見通しが良い。


 「こっちに武器が飾ってありますよ」


 ジェイドの指さした部屋に全員で入ると壁に剣や盾などが飾ってあった。だが、刀身まで黒い剣はない。魔王も闇の剣はここにはないという。


 「全部の部屋を回ってみよう。別の場所にあるかも」


 みんなで順に部屋を回った。武器ばかりを飾っているわけではなく絵画や彫刻などの美術品を飾っている部屋、王国の歴史が展示されている部屋もある。


 途中の部屋には勇者が国王に任命されている場面が再現してある場所もあった。現在の玉座の間は謁見することを許可された人しか入れないので、この部屋に当時の玉座の間を再現してある。玉座にいる国王とひざまずいて魔王討伐の任を受ける勇者の人形がある。ここは人気のスポットらしく観光客が一段と多い。


 魔王にしてみれば自分を倒すように勇者が頼まれている場面なので複雑な気持ちになるはずだが、本人は全く気にしていない。


 「ほお、こうやって勇者になったのか」


 かなりのんきな感想だ。ちなみに勇者の人形はまあまあ本人に似ているらしい。


 最後の部屋にやっと儀礼用の武器が飾ってあった。全員で目を皿のようにして端から端まで展示されている剣を見た。


 「ない…」


 みんなで手分けして何度も確認したが、どう見ても闇の剣はない。ジェイドは部屋で刀剣の解説をしていた研究員に尋ねた。


 「刀身も全て黒い剣は展示していないですか?」


 研究員は申し訳なさそうに答えた。


 「ただ今、展示の入れ替えを行っておりまして、その剣は王宮の奥に飾っています」


 つまり王侯貴族しか入れない王宮の奥にあるのだ。これは困ったことになった。王宮のどこにあるのか見当がつかない。


 「困りましたね」

 「展示されるまで待っている訳にはいかないからね」


 魔術師の言う通りだった。展示の入れ替えを待っていると数か月はかかるだろう。そのうちに闇の魔物の方が剣を奪うかもしれない。ただでさえ魔王の部下は五人しかいないのだから、闇の剣がないと魔王城を取り戻せるか分からない。


 そんな話をしていると、フィルの目の端にうごめく闇のようなものが映った。慌ててそちらに目を向けると闇の魔物が廊下の隅を移動していた。


 「あれって…!」


 フィルが指をさすと、みんなも闇の魔物に気づいた。闇の魔物は王宮の奥へと続く扉の下から中に入って行った。闇の剣が王宮の奥にあることに気づいたようだ。


 「こうなったら我々も追いかけるぞ」

 「でも、どうやって?」

 「見つからずに行って戻って来たらいいんだよ」


 そんなことが可能なのだろうか。万一、衛兵にでも見咎められて本物の魔王が復活していると知れたら、それこそ大混乱になりそうだが。フィルの不安そうな表情を見た魔王が大丈夫だと言った。


 「それに闇の魔物を野放しにすることはできん」


 確かに王宮の中で闇の魔物が暴れたり、いろいろな人にとりついても困る。


 魔王はリシャールに頼んでグリフォンとドラゴンを呼んだ。先にリシャールと共にグリフォンが戻って来た。魔王の話を聞いたグリフォンは任せてと言う。


 「ボクがこの扉を見張るよ。謎かけで足止めする」

 「よし、任せた」


 みんなはグリフォンを見張りに残し、奥の扉へ入った。それを見ていた衛兵が注意しようと近づいてきたが、グリフォンが立ちふさがった。


 「ここを通りたかったら、ボクの謎かけに答えてね」

 「なんだ、こいつは?」

 「それじゃあ、第一問!」


 グリフォンが謎かけという名のクイズを出し始めたので衛兵たちは困惑して立ち止まった。その隙に魔王たちは王宮の奥へと進んだ。


 扉の向こうは広い廊下が続いていた。何百本もの蠟燭の灯るシャンデリアが頭上に輝いている。王侯貴族しか入れない場所だけあって、さっきまでの喧騒が嘘のようにとても静かだ。廊下には見回りの衛兵もいない。


 闇の魔物は廊下の突き当りの扉の下をくぐっていった。魔王たちもその扉を開ける。先は中庭になっていて、ちょうど衛兵たちが訓練しているところだった。彼らも急に一般人が現れたので驚いた。


 「どこから入った!?」


 追い出されそうになったところで空から遅れてやって来たドラゴンが中庭に降り立った。衛兵たちは急に空から白い竜が現れたので困惑した。


 「ここはぼくに任せて、先へ行って!」


 ドラゴンは魔王たちを先に行かせると扉の前に立った。


 「がおー! ぼくは怖いドラゴンだぞー。火とか吐いちゃうぞ」


 本人なりに必死で怖がらせようとしているつもりらしい。衛兵たちも怖いのかそうでないのか判断に迷っている。だが、火を吐くと聞いてうかつに手が出せない。


 魔王たちは更に先の扉へ進んだ。またも廊下が続いているが、次の扉の手前で王宮付きの魔法使いたちが追いかけて来た。魔王たちが歩いて来るのが見えたからだろう。


 「事情を説明してもややこしくなるだけか。ここはオレが何とかするよ」


 魔術師は魔王たちに身振りで先へ進むように促した。魔法使いたちは魔術師をぐるりと取り囲む。


 「勝手に王宮の奥まで入り込むとは不埒な輩め。一人で我ら全員を相手にするつもりか?」

 「だてにこっちはあの方の魔術師を長年、やってないんだよね。こういうのは慣れたよ」


 相手の魔法使いたちが詠唱を始めたのを見て、魔術師は杖を構えた。


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