第13話 エルダーの力

 ドラゴンは一路、フランソワの領地を目指して飛んでいく。さっきまで傍で飛んでいた魔術師はどこにフランソワの屋敷があるかを聞くと、いつの間にか姿を消していた。勝手に自分で現地へ向かったようだ。


 フランソワの領地は天文台の街の北東にあり、二つほど山を越えた先にある。山のすぐ麓に大きな湖があり、その傍に街がある。フランソワの屋敷は街から少し離れた場所にあった。空から見てもかなり広い庭を持つ屋敷だ。庭では生け垣を刈り込む庭師の人々が見える。


 庭を越えると大きな屋敷が見えてきた。領主にふさわしいたたずまいの大きな屋敷だ。


 「あそこに降りてくれ」


 フランソワが屋敷の入り口を指さした。ドラゴンが降りると、屋敷から大勢の使用人が出て来た。中には屋敷を守る騎士の姿もある。ドラゴンはあまり大勢の人が押しかけてきたので怖かった。しかし、使用人たちはフランソワがドラゴンの背から降りてくるのを見ると礼をとった。


 「急にお戻りになられるとは」

 「ちょっと家の武器を調べに戻った。彼らは客人だからもてなしてやってくれ」


 てきぱきと使用人たちに指示を出すフランソワを見ていると、ここの領主なのだと実感してきてフィルは緊張した。貴族の屋敷に客人として招かれたことなどないので、どうしていいか分からない。着いた時は夕方だったので泊めてもらうことになってしまった。


 フィルは客室に案内してもらったが、部屋の広さだけでもフィルの実家の部屋の五倍ぐらいの広さがある。天蓋付きのベッドは一人で眠るとスペースがかなり余る。三人ぐらいは横になれそうだ。部屋の家具もかなり多く数々の調度品がある。机や椅子だけでもいくつかあるし、大きなソファもある。中には何に使うのか分からない豪華な調度品もあった。


 フィルはどうも落ち着かなくて椅子に座ってみたり、窓の外から景色を見たり、意味もなく歩き回った。


 フランソワはきっと明日、闇の剣について調べてくれるつもりだろう。確かに今日はもう日が暮れている。はやる気持ちを抑え、窓の外から景色を見た。夜の闇に輝く月が見える。魔王は天文台の街で闇の剣の手がかりを見つけることができたのだろうか。


 初めて魔王と別行動になった。傍に魔王がいないのは逆に不思議な感じがする。それほどまでに一緒に行動することが当たり前になっていた。


 フィルは夜が更けても寝つけなかった。そういえばドラゴンも客人として、どこか大きな部屋に案内されていた。もしかしたら魔王と離れて心細い思いをしているかもしれない。探しに行ってみようと思ってフィルはそっと部屋を出た。


 屋敷の廊下は落ち着いた照明が灯っていたので怖いとは思わなかった。さすがにこの時間は誰も歩いていない。


 フィルは昼間にドラゴンが案内されていた部屋を思い出して、そこに入った。ちょっとした広間のような部屋だ。大きなカーペットの敷かれた床にドラゴンが丸まっている。


 フィルが近づくと驚いたように首をもたげた。来たのがフィルだと分かるとほっとしたようだった。


 「勇者の末裔ちゃんか。びっくりした」

 「ごめんね、驚かせて。なんだか眠れなくて」

 「ぼくも」


 二人は同じ気持ちだったのがおかしくて顔を見合わせて笑った。フィルは丸まったドラゴンの身体にもたれるようにして傍に座った。ドラゴンの身体は竜の火が宿っているため暖かい。


 「魔王様、どうしてるかな」

 「わたしも同じことを考えてた。うまくいったのかな」


 ドラゴンの部屋の窓からも明るく輝く月が見えている。魔王は今頃、月見をしているかもしれない。


 「そういえば、ドラゴンちゃんはどうやって魔王と出会ったの?」


 ふと気になってフィルはドラゴンに尋ねた。ドラゴンは少し考え込んで、ゆっくり話し始めた。


 「魔王様と初めて会ったのは、こういう月夜だったよ」


 その頃、ドラゴンは一人で森の中で暮らしていた。エルダーは創世の時代から生きる個体もいる非常に長命な竜の種だ。そのため、エルダーと呼ばれる竜はほとんどいない。物心ついた頃から一人ぼっちだったドラゴンは人目を避けて森の中で過ごしていた。今よりもずっと臆病だったという。人はドラゴンを恐れていたが、ドラゴンも人が怖かった。


 そんなある月夜の晩に魔王が森へ迷い込んできた。魔王は道に迷った挙句、よく前を見ていなかったので寝ていたドラゴンにぶつかった。お互いに飛び上がらんばかりに驚いた。だが、魔王を人だと思って怖がるドラゴンを見て、魔王の方が心配して声をかけた。話してみると怖くないと分かったドラゴンは魔王と打ち解けた。


 魔王はドラゴンを見てエルダーだとすぐに分かった。今よりも古い時代にはエルダーをよく見かけたからだ。


 「お前はエルダーだろう。他の竜から尊敬される竜だ。何も怖がる必要はない」


 魔王に励まされてドラゴンは少しだけ怖いという気持ちがましになった。その晩は遅くまで話していた。


 次の日の朝、魔王は旅立っていったので、それっきりの出会いだと思っていた。だが、ほどなくして二度目の出会いがあった。


 夜の森で獣の群れに魔王が襲われているのに出くわしたのだ。ドラゴンが慌てて近づくと獣はドラゴンを恐れて逃げて行った。魔王に近付くと怪我をしていることが分かった。


 魔王はうっかり獣たちの機嫌を損ねて追いかけ回され、その途中で怪我を負った。ちょうど通りかかった行商人の家族に心配されたが、彼らに大丈夫だと言って森の中を進んだ。そろそろ獣たちをまけたと思っていたら、先回りされていた。獣たちに囲まれて困っていたところにドラゴンがやって来たのだ。


 「怪我してるの? 大丈夫?」

 「大丈夫だ。少し休めば良くなる」


 だが、大丈夫と言うわりには魔王の息が荒く苦しそうだった。それでも魔王は心配ないとうわ言のように繰り返した。ドラゴンの鼻先に触れた手に力がなかった。


 さっきの獣たちの爪には毒があることをドラゴンは思い出した。あの獣に傷つけられて困っている人を何人も見て来た。このままでは魔王が危ない。


 「ぼくはその時、すごく怖いって思ったんだ。放っておいたら助からないかもしれない。すぐ病院につれて行かなきゃって」


 もちろん病院は人が大勢いる街にある。そこへ近づくのも怖い。だけど、苦しむ魔王を放っておくことはできなかった。ドラゴンは勇気を出して街へ向かうことを決めた。


 「待ってて。絶対、病院につれて行くから!」


 ドラゴンは両手で魔王を抱えると街へ向かって飛び立った。ドラゴンの力強い翼のおかげで街へはすぐに着いた。


 ドラゴンは病院の入り口まで魔王をつれて行くとドアを何度か叩いた。そして人を怖がらせないために自分はすぐに隠れた。病院から医者が出てきて魔王を見つけたのが見えた。ドラゴンは魔王のことが心配だったが、自分の森へ帰って行った。


 「そんな大変なことがあったんだ」

 「うん。でも、魔王様はすぐ良くなったんだ。ぼくを探してお礼を言いに来てくれて」


 ドラゴンがすぐ病院へつれて行ったので処置が間に合ったのだった。魔王はすっかり元気になってドラゴンに会いに来た。ドラゴンは魔王の元気な姿を見てほっとした。


 そんなことがあって、いつの間にか魔王とドラゴンは旅路を共にすることになった。はじめは少しだけの間、一緒にいるつもりだったのに気が付けば友達になっていた。


 「ぼく、勇者の末裔ちゃんが怪我をした時、魔王様のことを思い出してすごく怖かったんだ。今度は勇者の末裔ちゃんが怪我をしたって」

 「そうだったんだ」


 フィルが怪我をした時、病院まで運んでくれたのはドラゴンだと後で聞いた。フィルのことも心配して、すぐに運んでくれたのだろう。


 「わたしはもう大丈夫。心配してくれたんだね」


 フィルがドラゴンの背をなでるとドラゴンは安心したようだった。その夜、フィルとドラゴンはずっと一緒に過ごした。










 翌日の朝からフランソワはフィルを武器庫につれて行ってくれた。そこには普段から使う武器も儀礼用の武器も全て収められているらしい。


 「記録によると、この奥にあるんだが」


 武器庫の中は薄暗くひんやりしている。壁には剣、盾、槍などあらゆる種類の磨きあげられた武器が並んでいる。


 「これだな」


 武器庫の片隅に古い真っ黒な剣が保管されていた。二人で外へ持って出ると、いつの間にやって来たのか魔術師が外で待っていた。


 日の光のもとで見ると刀身も柄も全て漆黒の剣だということが分かった。フィルが魔術師に剣を渡すと魔術師は手をかざして魔法で剣を調べてくれた。


 「これは闇の剣じゃないね。ただの黒曜石でできた剣だよ」

 「ということはレプリカか。保管のために作ったんだな」

 「じゃあ、魔王様の行った先に本物があるのかな」


 ドラゴンが嬉しそうに言う。確かにそうなったらちょうどいいが、魔王のことなのでそうすんなり、いくかは分からない気もする。


 ふとフランソワが空をじっと見ていることにフィルは気づいた。その様子がただ事ではない。フィルがどうしたのか尋ねようとした直前、血相を変えて使用人の一人がやって来た。


 「フランソワ様、氷の竜が出ました!」

 「俺も確認した。各自、警戒にあたってくれ!」


 フィルが空に目を向けると冷気をまとった大きな竜が雪山から飛んでくるのが見えた。


 「この辺りの雪山に住み着く暴れ竜だ。こんな時に出てくるなんて」


 氷の竜はたびたび、フランソワの領地にやって来ては暴れるので騎士たちは日々、監視をしているという。


 「その氷の竜、こっちに向かって来てない?」

 なぜか氷の竜はまっすぐフィルの方へ向かってくる。

 「乗って!」


 とっさにドラゴンに促されてフィルはドラゴンの背に乗った。ドラゴンは氷の竜から逃げるように飛び立った。氷の竜はすさまじいスピードで追ってくる。


 「どうして追ってくるんだろう」

 「もしかして…」


 フィルは持って来てしまった闇の剣のレプリカを見た。それから振り向いて氷の竜の様子を見た。暴れ竜というわりにはこちらを的確に狙ってきている。ちょっとおかしい。よく見ると氷の竜の周りに黒いもやのようなものが漂っている。


 「闇の魔物にとりつかれているかも」

 「また!?」

 「闇の剣を探しているんだ」


 ただ本物の闇の剣かどうかは見分けがつかないらしい。それでも魔王の闇の剣探しを妨害してきているのは事実だ。


 ドラゴンと飛んでいくと目の前に大きな街が見えてきた。いつの間にか湖の傍の街まで来てしまったのだ。このまま氷の竜が街の中で暴れたらまずい。


 「街を迂回して雪山の方へ行こう」

 「分かった」


 ドラゴンは街の上空で大きく回り込んで雪山へと進路を変えた。雪山は湖の向こう側にある。大きな湖面にドラゴンと氷の竜、二体の竜の姿が映る。氷の竜はドラゴンのぴったり後ろをついて来た。


 湖を越えると雪山が見えてきた。この雪山で何とか氷の竜を諦めさせたい。


 「低く飛んで」


 ドラゴンは高度を下げて飛んでくれた。氷の竜はそれに応じてやはり低く飛んでついて来る。フィルはドラゴンに起伏をつけて飛んでもらうことで氷の竜をまこうと考えていた。そのことはドラゴンにも伝わったらしい。


 低く飛びながらドラゴンは雪山にある崖の下を通る。岩肌がごつごつと突き出し、ところどころトンネルのような穴が開いている岩もある。ドラゴンはその天然のトンネルを飛びながらくぐる。氷の竜もうまく岩の隙間を抜けてきた。


 ドラゴンも何かないか辺りを見ながら飛んだ。そして、ドラゴンの目が雪山に発生した上昇気流を捉えた。


 「この先に上昇気流が見える。そこで今度は高く飛ぶよ」


 ドラゴンは上昇気流にさしかかると翼で風を受けて一気に上空へ駆けあがった。だが、氷の竜も急上昇について来た。


 「困ったな」

 フィルはとっさに辺りを見た。空の高い所から雪山全体を見渡すことができた。フィルの目に山から大きな岩の塊が突き出しているのが見えた。


 「ねえ、あれに氷の竜をぶつけられないかな」

 「そうか…!」


 ドラゴンはフィルの指さした岩の塊に向かってほとんど突進しそうな勢いで下降し出した。氷の竜もやはり後を追ってくる。ドラゴンはぎりぎりまで氷の竜を引き付けて飛ぶと岩の塊にぶつかる寸前で横にそれた。まっすぐに飛んできた氷の竜はまともに岩の塊にぶつかった。


 さすがにこれで諦めるだろう。だが、氷の竜は岩の塊にぶつかったというのに平気そうだ。ドラゴンを見失ったのかきょろきょろと辺りを見回している。そして何かを見つけたように空を見上げた。氷の竜にとりついている闇の魔物の力が強くなったように見えた。


 氷の竜は別の方向へ飛び去った。全く迷いがない。もしかすると本物の闇の剣の場所に気づいたのだろうか。


 フィルは氷の竜の飛び去った方角を見た。あっちは天文台の街がある方だ。そのことにドラゴンも気づいた。


 「大変!」


 ドラゴンはフィルと共に氷の竜を追いかけた。


 二体の竜が雪山から天文台の街へ向かって飛び去るのをフランソワと魔術師も見た。


 「天文台の街へ行くつもりか!?」

 「あらら、置いていかれちゃったね」

 「笑いごとじゃないぞ。あれじゃ追いつけない」

 「普通ならね。今回は大サービス。魔法でつれて行ってあげるよ」


 魔術師はフランソワに触れると一瞬で姿を消した。










 フィルとドラゴンは氷の竜を追いかけていた。簡単には追いつけない。さっきよりも氷の竜の飛ぶスピードが上がっている。氷の竜は全く迷いなく最短距離で天文台の街へ向かっている。


 あの氷の竜が闇の魔物にとりつかれて魔王の剣を探しているのだとしたら、天文台の街に本物の剣があると気付いたのだろうか。だとしたら、天文台の街にいる魔王を襲うつもりかもしれない。


 同じことをドラゴンも考えていた。ドラゴンは魔王と出会った時のことを思い出していた。大丈夫と苦しそうに呟く声と力なくドラゴンをなでる手を思い出した。あんな思いはもう二度としたくない。


 元来、臆病なドラゴンにとって氷の竜を追うのは怖いことだった。でも、同じ竜である自分しか氷の竜を止めることはできないだろう。


 「ぼくが魔王様を守るんだ」


 言い聞かせるようにドラゴンは呟いた。


 氷の竜は天文台の街の資料館の傍まで飛んで行った。大きな竜が飛んできたので天文台の街は大混乱に陥った。


 魔術師の魔法で先に天文台の街に戻っていたフランソワは天文騎士団を指揮して街を守ろうとしていた。人々の避難を始め、それと同時に氷の竜へ立ち向かおうとしていた。


 氷の竜が近づいて来るのが見えた魔王はリシャール、ジェイドと共に資料館の外へ出た。


 「竜がどうしてこんな所に…」


 氷の竜は外に出て来た魔王に自らのかぎ爪を伸ばそうとした。


 「やめろー!」


 間一髪のところに空からドラゴンがやって来た。ドラゴンは猛スピードで氷の竜に体当たりした。その衝撃で氷の竜は横ざまに吹き飛ばされる。氷の竜が態勢を立て直している間にドラゴンはフィルにここで降りるように伝えた。


 「ここからはぼく一人で戦うよ。でないと、勇者の末裔ちゃんを巻き込んじゃう」

 「でも…」

 「大丈夫! ぼくがあの竜を追い払うよ」


 そういうとドラゴンは天文台の街から氷の竜を引き離すために飛び去った。氷の竜は邪魔をしてきたドラゴンを追って飛んで行った。


 「大丈夫かな」

 「大丈夫だよ。彼はエルダーだから」


 いつの間にか傍にいた魔術師がそう言った。


 「エルダーは全ての竜から尊崇を受ける竜。エルダーの魔法は、使いこなせば圧倒的な力を持つ。戦う姿は天災のようだと言われている。氷の竜のような一般の竜にはまず負けない」

 「ドラゴンちゃんにそんな力が…」

 「ただ、あの子にその自覚があるかどうかなんだけど」


 魔術師の言葉とドラゴンの様子から、魔王はドラゴンがみんなを守るために一人で戦おうとしていることを理解した。そして、いてもたってもいられなくなりドラゴンの飛んで行った先へ走り出した。みんなも後に続いた。


 ドラゴンは天文台の街の外にある平原に降りたち、氷の竜と対峙した。


 氷の竜は霜まじりの息を吐き出した。だが、ドラゴンも火を吐いて応戦した。霜のまじった息は火の熱で溶けて消えた。


 続いて氷の竜は魔法で氷の弾を作り出して飛ばしてきた。いくら一般の竜といえども、竜独自の生まれついて持つ魔法は使うことができる。ドラゴンも火の弾を魔法で呼び出し、氷の竜に放つ。お互いの弾がぶつかり合って消えた。


 戦いながらドラゴンは自分の身の内に宿る竜の火の力が強まっていることに気づいた。いや、今までこの火の力の強さに気づかなかっただけだ。自分の身体の奥底には全ての物を燃やし尽くすエルダーの竜の火の力が宿っている。


 今まではその力が怖くて竜の火の魔法を使うことも苦手だった。だが、同時にこの力は誰かを守り暖めることもできることに気づいた。以前、ジェイドの氷の剣の力を抑えたように。


 ドラゴンはこの力をみんなを守るために使いたいと思った。もう二度と誰かが傷ついたりしないように。


 氷の竜は空へ飛び立つと、上空から更に多くの氷の弾を撃ってきた。ドラゴンも再び空へ昇ると己の中にあるエルダーの火の魔法の力を解放した。数十はある火の弾を一気に呼び出し氷の弾を相殺する。一部の火の弾は氷の竜にも当たった。


 気がつくとドラゴンの翼は竜の火をまとっていた。それはエルダーが魔法の力を使う時の本来の姿だった。


 氷の竜はその翼で吹雪を巻き起こした。ドラゴンは反対に自分の翼で炎を巻き起こして吹雪とぶつけた。すさまじい氷と炎の嵐が起こる。


 「エルダーが戦うと天災のようだと言うけど、これはまずい」


 魔術師は二体の竜の周りに結界を張った。このまま戦い続けると辺りもただでは済まないからだ。


 氷の竜の力が少しずつ弱まっている。疲れてきているのだ。それと共にエルダーに対する畏怖の念が起こってきていた。


 氷の竜は残った力を振り絞ると強力な吹雪を起こした。範囲の広い猛烈な吹雪に魔術師の結界も削られていく。ドラゴンはうかつに氷の竜に近付けなくなった。だが、ドラゴンは直感的にどの魔法を使えば吹雪を止められるかが分かった。


 ドラゴンは再び上空へ向かって飛ぶと火の竜の魔法を使うために魔力を集中させた。巨大な赤い魔法陣が空に現れる。ドラゴンの頭上に巨大な炎の塊が生み出される。ドラゴンはその炎を吹雪にぶつけた。炎ともろにぶつかった吹雪は一気に消し飛んだ。吹雪と共に氷の竜にとりついていた闇の魔物も燃えて消えた。


 ドラゴンが空から降りてくると氷の竜はあとずさりした。そして、一目散に雪山へ飛んで行った。当分、人里へは降りてこないだろう。ドラゴンは急に気が抜けて、その場にへたりこんだ。


 「大丈夫か!」


 魔王が近寄ってきてドラゴンの鼻先に触れた。あの時と違って力のある暖かい手だ。良かったとドラゴンは思った。魔王は怪我をしなかったのだ。


 「お前、どうして…」

 「ぼく、魔王様が怪我してほしくなかったんだ。誰も傷ついてほしくなくて」


 魔王はドラゴンを抱きしめてやった。ドラゴンに宿る竜の火の暖かさが伝わってきた。


 「私は何ともない。みんな無事だ。お前のおかげだな」


 ドラゴンは嬉しそうにほほ笑んだ。

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