第12話 魔王軍再結集

 とうとう魔王軍のかつてのメンバーが全員そろった。魔王はみんなを集めて今後の方針を話し合いたいと言った。そこで騎士団の病院の空いた部屋を借りて魔王軍会議をすることになった。ちなみにカーテンを閉めて真っ暗にしたり、蝋燭を灯して雰囲気を出そうとするのはフィルが未然に防いだ。


 みんなで部屋に集まる時、フィルは魔術師に百花草の精霊の言葉を伝えた。魔術師と会ってからバタバタしていた。挙句の果てには魔王が月影の民の最後の一人だと聞かされ、すっかり伝言をする機会を逃していた。


 「月が雲に隠れないように気をつけなさい。もし困ったことがあったら、こちらは協力を惜しみませんっていう伝言なんです」


 フィルは伝言を思い出しながら何とか伝えた。


 「なるほどね。気を付けるよ」


 魔術師はこの謎めいた伝言の意味が分かったらしい。さすが月の精霊の眷属だ。


 小さな部屋に魔王軍の面々が集まると、魔王が話し始めた。


 「全員、集まったな。それでは第二回魔王軍会議を始める!」


 丸いテーブルの周りに魔王と五人の部下たちが集まる。フィルは少し離れた所から会議を見ていた。いつの間にか部屋の入り口にフランソワが立って面白そうに成り行きを見守っている。


 「遂に魔王軍が再結集した」


 魔王の言葉に魔王軍の面々から拍手が起こる。


 「いよいよ魔王城を奪還する時がきたのだ! そこで何か良い考えのある者はいないか」


 こういう時は魔王っぽいのになあとフィルは思った。


 「あんまり猶予はないんだよね。あっちが動き出してきたし」


 魔術師はこの前の戦いで、闇の魔物を操る青年の記憶の一部を何とか垣間見たという。それによると、あの青年は人ではなく何らかの精霊や化身に近い存在だろうというのだ。だからこそ闇の魔物の封じられた禁忌の小箱のある高い塔の上にたどり着くことができたのだ。


 「闇の魔物っていうのはね、遥か彼方からやって来る全ての生命を喰らう魔物なんだ。闇の魔物が入ってこないように精霊たちは見守っている。それでも隙をついて侵入してくるから精霊の眷属が対応するんだ。オレは侵入してきた魔物を禁忌の小箱に封じといたんだ」


 青年の記憶からは強い力が欲しいということしか読み取れなかった。力を得るために小箱を開けたのだろう。


 「だけど、それも彼の真意かは分からない。闇の魔物はいろいろなものにとりついて、強い力を得るために本能的に行動する。そして、あらゆる生命を喰らい続ける。彼も既に闇の魔物にとりつかれていた。このまま放っておいたら、まずいんだ」


 魔術師の言葉に全員、押し黙った。無理もない。思ったよりも大ごとになっているからだ。精霊や精霊の眷属が見張っている闇の魔物を相手どって、どうやって魔王城を取り戻したらいいというのだろう。


 「魔術師さんは月の精霊様の眷属ですよね。月の精霊様が何とかしてくださらないんですか?」


 ジェイドの質問に魔術師は首をひねった。


 「うーん、介入はしないだろうね。だいたい表情は変わらないし、何も言わないし、何を考えているのかも分からないんだよね。こっちの苦労が分かっているのかなあ」


 何かいろいろと大変そうだ。一方で魔術師は手がないこともないと言う。


 「闇の魔物には精霊の使う力、つまり魔法で対抗することができる。魔王様の月の光の魔法とかドラゴンの竜の火の魔法とかね。もともと精霊たちが魔法体系を貸してくれるのも闇の魔物に対抗するためだし」


 確かに今までもそうやって闇の魔物たちを退けてきた。


 「それならば、闇の剣を探し出すのがよかろう。あの剣があれば魔王様の力は絶大になる」

 「闇の剣は遺跡を調べに来た人が持って行っちゃったんだよね」

 「うん…」


 グリフォンが申し訳なさそうに落ちこむ。まあまあと魔術師がなぐさめて話を続ける。


 「それも話を聞いた感じだと、かなり前のことだよね。どこかに遺跡の調査資料として保管されているかもね」

 「そういうことなら図書館で調べてみたらどうだ。遺跡の調査資料に記録が残っているかもしれないだろう」


 今までずっと話を聞いていたフランソワが口を挟んだ。その場の全員の視線が一斉にフランソワに集まったので彼は少し動揺した。


 「行くのなら案内しよう。言っておくが、期待しすぎるな。どの遺跡か特定できなければ見つからないんだから」

 「グリフォンさんがいた遺跡はどんな所だったんですか?」


 ジェイドの言葉にグリフォンは当時のことを思い出し始めた。


 「海の近くで谷間にあった遺跡だよ。谷の底が平らになっていて白い柱とか壁がいっぱい残っていたんだ」

 「古代の都市の遺跡ってところだな。そこまで覚えていたら絞れそうだ」


 そう言うとフランソワは再び図書館へ案内した。みんなを送りがてら、フランソワはフィルに話しかけてきた。


 「あの御仁、もしかして本物の魔王か? そうは見えないが。それにしては月の精霊の眷属だの闇の剣だの伝承かというような話がぽんぽん飛び出すし」

 「それは…」


 フィルは答えに詰まった。確かに本物の魔王なのだが、伝承にあるように世界を支配しようとしているわけではない。伝承の魔王は恐ろしいイメージだが、本当はこんなとぼけた人だとは伝わっていない。


 勇者の末裔で貴族で天文騎士団の長に本物の魔王だと伝えたら驚くだろうし、捕まえたり倒そうとするかもしれない。とにかく、ややこしいことになるのは目に見えている。


 フィルが黙っていると、フランソワは意外な反応をした。


 「まあ、どっちでもいい。俺の家には勇者様から直々の言い伝えがあるんだ。もし魔王と相まみえることがあったら、己の目で見極めろってね。そして、自分の意思でどうするか選択しろって」

 「そうなんですか?」

 「そうだ。だから、しばらくは見守ることにする。それになんだか面白そうだ」


 フランソワはフィルたちに慣れてきたのか、ややくだけた調子でそう言った。彼の飾らない性格を考えてみても本来はこういう人なのだろう。見守ると言われてフィルは安堵した。


 「それに剣の手合わせをしてみて思ったんだが、彼の剣技は変な小細工のない素直な剣なんだ。そういう人が何か企むとは思えない」


 確かに魔王は何も考えていない。フランソワには剣の手合わせを通して魔王が恐ろしくないことが伝わっているらしい。


 図書館に着くと、フランソワは二階にある歴史の資料が置いてある本棚へみんなをつれて行った。そこにはありとあらゆる歴史に関する資料が収められていた。


 全員で手分けして資料を探すことになった。グリフォンの話していた特徴に当てはまる遺跡は調べてみると一つしかなかった。ただ、その調査資料だけでも膨大な量があった。やみくもに探していては埒が明かないのでグリフォンが剣をなくしてしまったと思われる年を中心に探した。


 やがてある資料からそれらしい記録を二つ見つけた。一つはこの天文台の街にある歴史の資料館に遺跡から発見された剣として保管されているという記録。もう一つは儀礼用の剣としてある貴族の屋敷に保管されているという記録だ。


 「これ、俺の家の紋章だ」


 フランソワはじっと記録を見て呟いた。フランソワの家は代々、儀礼用の道具や武器を預かってきたという。勇者の末裔の貴族の家はいくつかあって、それぞれが王宮で重要な役割を担ってきた。


 「どっちが闇の剣なのかな…」

 「二手に分かれて、それぞれ確認するしかないだろう」


 魔王の提案にみんなは賛成した。フィルは魔王と別行動になるのは正直言うと不安だった。だが、今はそうするより仕方ない。


 フランソワの屋敷はここから山をいくつか越えた先にある。ドラゴンに乗っていったとしても、ある程度はかかる。そこでフィルと魔術師、ドラゴンがフランソワと共に屋敷に行くことになった。魔術師は自分が剣を見れば、闇の剣か判断できるという。


 魔王はリシャール、ジェイド、グリフォンと共にこの街に残って資料館へ向かうことになった。


 フランソワは出発する前に魔王に天文騎士団の長としての手紙を渡した。


 「これさえあれば資料館の長は協力してくれるはずだ。話の分かる人だよ」


 フランソワは領地に戻るから、その間の留守を頼むと騎士たちに申し付けた。騎士たちは整然と並んで見送ってくれた。


 ドラゴンは魔王と別行動になるのを怖がっていたが、フィルも魔術師もついて行くと知って少し安心したようだった。


 「闇の剣を見つけたら、すぐに戻って来るからね」


 ドラゴンはそう言うとフィルたちを乗せて飛び去った。












 フィルたちが去っていくのを見送った魔王たちは資料館へ向かうことにした。グリフォンは平原で遊んでいたいと言ったので、魔王とリシャール、ジェイドの三人で資料館へ足を運んだ。


 資料館は天文台や図書館から少し離れた閑静な場所にあった。二階建ての赤い屋根の建物で、煙突からは煙が出ている。図書館や天文台と違って生活感がある。誰かが住みこんで働いているのだろう。資料館といっても資料の展示をしているわけではない。歴史の資料を保管したり、調査や研究をする施設だ。研究機関というほうが近いかもしれない。


 扉をノックしてしばらくすると、中から返事があった。だが、誰も出てくる気配がない。仕方がないので魔王はそっと扉を押して中へ入った。


 入ってみると扉のすぐ傍から資料がしまわれた本棚が所狭しと並んでいる。それでも資料を置く場所が足りなかったのか、床や机に本や資料が大量に積み重なっている。


 「すみません。ちょっと立て込んでいて…」


 部屋の奥から気の弱そうな青年が出て来た。持っていた紙の束を傍の棚に置くと、慌ててこちらへやって来る。


 「こちらこそ急に押しかけてしまって。長の方にお会いしたいのですが」


 リシャールがそう言うと青年が僕ですと答えた。彼はポールといい、若いながら資料館の長に任じられた学者だった。ここは歴史的資料を保管しつつ研究も担う機関だ。といっても大きな機関ではなく、ここに在籍する研究員もポールを含めて三、四人ほどしかいない。他の研究員は博物館へ手伝いに行ったり、遺跡の調査に行ったりして全員、出払っている。


 ポールは来客用の客間に三人を案内し、お茶を出してくれた。リシャールはフランソワからもらった手紙を渡し、協力を仰いだ。三人は素直に遺跡から発見された刀身まで黒い剣を見てみたいと話した。闇の剣は魔王の夜の闇の魔法で作り出されているので、刀身も柄も全てが漆黒でまるで黒曜石でできているように見える。ポールは三人を歴史好きの旅行者だと思ったらしい。嬉しそうに目を輝かせた。


 「あの剣に興味がおありなんですね! 刀身まで黒いなんて珍しいですよね」


 ポールは資料館に現在保管してあるか調べてみようと約束してくれたが、刀剣の資料は専任の研究員でないと調べられないと言う。資料は展示のために貸し出されることもあるので、調べてみるまで所在は分からない。


 「明日になれば帰って来ると思います。それまで待っていていただけますか?」


 ポールはもし宿が決まっていなければ、この資料館に泊まってもいいと言ってくれた。それは申し訳ない気もした。だが、宿が決まっていないのも事実だったので泊めてもらうことにした。


 ポールは非常に研究熱心だった。三人と話が終わると、しばらく資料の整理をしていたが、その後はずっと自分の机に向かっていた。机にはメモやら本やらが山積みになっている。彼は古代の人々の生活を研究しているらしい。今は古文書の解読をしているのか、古い文書を見てじっと考え込んでいる。


 魔王はふと机の上にある文書に目がとまった。小さな紙片に古代の文字で何か走り書きがしてある。魔王はその古い文字に見覚えがあった。かつて、一人で旅をしていた時に覚えた文字の一つだった。長い年月を生きてきた魔王はその時々で必要な言葉を覚えてきた。あまり人と関わらないように生きていた時でさえ、買い物のために人の街へ行かなければならなかった。そのうち日常生活に必要な言葉や文字を覚えた。


 「懐かしい文字だな。これは買い物のリストのようだが」

 「え、読めるんですか!?」


 ポールは心底、驚いた。彼は魔王を人間だと思っている。その文字が使われていた時代も生きていたことを知らない。この古代の言葉は単語の意味や文法が失われていて難解になっているのだ。


 「なんて書いてあるんですか」


 好奇心を抑えきれない顔で尋ねてくる。


 「そうだな…。石鹸、卵、砂糖、蝋燭…日用品が羅列してあるな」

 「あまり脈絡がなかったのはそのせいですか。日常生活の中の走り書きのメモですね」


 どうやら腑に落ちたらしい。前後の文脈が分からないと解読は苦労するようだ。


 「もしよかったら、こっちも見てもらえませんか」


 そう言って次々と資料を見せてくる。もちろん魔王は日常でよく使う文字は読めるが、難しい単語の多い本格的な文書は読むことができない。ただ、魔王もかつての旅の話をするのが楽しくてポールに求められるまま話をした。


 魔王はきりのいいところで一旦、別れた。夜更けにもう一度、来てみるとまだ起きているので驚いた。


 「寝ないのか?」

 「もう少し頑張ろうかなって」


 そういうポールの顔色はあまり良くなかった。近づいてみると魔力がやや低下していることに気づいた。


 「あまり頑張りすぎるのも身体に毒だろう」


 ポールは自分が資料館の長なので頑張らないといけないと気を張っているようだった。


 「みんな本当に頑張って調査や研究をしているんです。だから僕が一番、頑張らないと」


 だが、それ以外にも眠れない理由があった。最近、悪夢ばかり見るので寝つけないというのだ。


 「それは心配だな」


 悪夢が始まったのは図書館に闇の魔物が出始めた頃だと言う。本人は疲れのせいだと思っているが闇の魔物の影響かもしれない。図書館にいた闇の魔物は全て倒したはずだが、まだ潜んでいるのだとしたら困る。


 「悪い夢を見なくなるよう魔法をかけてやろうか? 気休め程度だが」

 「魔法が使えるんですか?」

 「そうだな」

 「よかったら、お願いします」


 よほど悪夢に悩んでいたのだろう。ポールは魔王を魔法使いだと思ったようだった。藁にも縋る想いで頼んだのだった。


 魔王は彼の額に触れ、月の光の魔法をかけた。


 「これで大丈夫だろう。それでも困るようなら月見の花を枕の下に敷いて眠るんだな」


 月の精霊の力の宿る月見の花なら夢を守ってくれるだろう。このまま悪夢を見なくなれば、魔力も自然と回復するはずだ。


 ポールは半信半疑だったようだが、お礼を言った。


 その夜は月が出ていたので魔王は遅くまで資料館の屋根の上で月見をしていた。闇の魔物が来ないか見張る気持ちもあった。


 勇者の末裔はどうしているだろうかと魔王は思った。フランソワの領地で闇の剣を探しているに違いないが、初めての別行動だったので、そう思わずにはいられなかった。


 魔王は屋根の上にいたので平原で遊んでいたグリフォンが飛んで来て羽を休めた。しばらくはグリフォンと話していたが、夜が更けていくとグリフォンは眠くなって森へ去って行った。


 やがて空が白み始めた。とうとう闇の魔物はやって来なかった。


 魔王は胸をなでおろして屋根の上から降りた。それから人に眠るよう言っておいて、自分はまた夜更かししてしまったなと思った。


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