第7話  魔王とグリフォン 後編

 「そういうことなら私の出番だな」


 なぜか魔王が自信あり気に言ってくる。魔王は意気揚々と村の傍にある平原へ歩いて行く。そこはフィルと魔王が初めて出会った場所だ。ここは野の花が咲き乱れる場所でクローバーが群生している場所もある。魔王はじっとクローバー畑を見ていたがおもむろに一本だけクローバーを摘んだ。


 「ほら、あったぞ」

 「え、はやっ。もう見つけたの?」

 「こういうのは得意だからな」

 「魔王様、昔からそうだったよね」


 そういえば魔王はきれいな石を見つけるのが得意だと言っていた。探し物が得意なのかもしれない。魔王っぽくない特技のような気もするが。


 三人は辺りにあるクローバーとシロツメクサの花を集めてブーケを作ると東の森へ向かった。グリフォンは百花草の精霊に会ったことがあるという言葉どおりに迷いなく森の中を進んでいく。森の中にある大木にたどり着くとグリフォンはブーケを木の根元に置いた。


 「ちょっと待っていて」


 森の中を風が吹き抜けて行った。風が大木の葉を揺らしていく。


 その風がやむと、大木の周りにいつの間にかクローバー畑が現れていた。そのクローバー畑は大木の後ろから一本の道のように森の奥へ続いている。


 「百花草の精霊が気づいてくれたみたい。この先だよ」


 グリフォンは元気にクローバーの道に沿って歩き出した。グリフォンについて行くと、やがて森の奥に一軒の小さな家が見えた。精霊の住む家にしては普通の家だ。フィルの村に建っている家とほとんど変わりがない。


 グリフォンが戸口に近づくと中から萌木色の髪と瞳を持った女性が現れた。頭に色とりどりの花で作った花冠をかぶっている。人に見えるが不思議な雰囲気をまとっている。彼女がおばあさんと会ったという百花草の精霊だろう。


 百花草の精霊はまるで昨日、会った友達のようにグリフォンに話しかけた。


 「あら、久しぶり。魔王様には会えたのね」

 「うん! 今日はどうしてもお願いしたいことがあって来たの」


 百花草の精霊はグリフォンのことも魔王のことも知っているようだった。もっとも古くから存在する力の強い精霊なので何でも知っているのかもしれない。


 百花草の精霊はおばあさんのことを聞くと懐かしそうに目を細めた。


 「覚えているわ。森で迷子になっていた女の子ね。ついこの間のことと思っていたけれど、もうそんなに経つのね」


 百花草の精霊にとっては女の子がおばあさんになる年月はほんのひと時のようだった。百花草の精霊はその間、闇の魔物が森に近づかないように守っていたらしい。闇の魔物は魔王が目覚める少し前から活動していたのだ。


 おばあさんのことを聞いた百花草の精霊は少し考えこんだ。


 「この森には来られないのね」

 「そうなんです。どうしたら…」

 「それなら夢の中で会えばいいわ」


 それは文字通り、夢の中で実際に百花草の精霊と会うということだった。百花草の精霊が作る特別なお茶があり、それを飲めば夢の中で会うことができるという。


 「それには月見の花が必要なの。わたしの庭にあるから摘んできて。もし分からなくても、月の光があれば、すぐに見つかると思う。その間にタルトを作っておいてあげるわ。それはおばあさんに持って行ってあげてね」


 百花草の精霊はそれだけ言うと、三人を家の裏手にある庭につれて行った。庭の入り口は大きな銀の門で閉ざされている。百花草の精霊が触れると、門はひとりでに開いた。


 三人が門をくぐるとそこには見かけよりもずっと広い庭があった。バラのアーチのある所や花壇に整然と花が植えられている所、木の実のなる果樹園もあれば、ハーブ畑もある。


 不思議なのは歩くうちに辺りの四季が移り変わっていくことだった。桜の舞い散る春になったかと思えば、南国のフルーツが実る夏になり、紅葉が始まる秋になった後、雪の積もる冬になる。それぞれの季節にしか咲かない草花が一斉に咲き始める。こんなに植物がたくさんあったら、月見の花を見つけられない。


 「百花草の精霊さんは月の光があれば見つかるって言っていたけど、どうしたらいいんだろう。今は昼なのに」

 「それは私の月の光の魔法を使えということだろう。話した覚えはないが」

 「この森に来た人のことなら、なんでも分かるって前に言っていたよ」


 きっとこちらが何も話さなくても、何でも分かってしまうのだろう。


 魔王は片手を挙げて月の光の魔法を使った。金色の光が辺りに満ちる。すると、その光に呼応するように光を帯びた花があった。


 「あった!」


 すぐ傍に月見の花が凛と咲いていた。三人は月見の花を摘んで持って帰った。広い庭だったが帰ろうと歩き出すと、すぐに門の場所まで戻ってくることができた。まるで元からとても狭い庭だったかのように。


 戻ってみると百花草の精霊は既に苺のタルトを作り終えていた。彼女は三人から月見の花を受け取るとキッチンへ消えた。ほどなくして出て来た時には手に紅茶の入った小さな袋を持っていた。月見の花をブレンドした紅茶だという。おばあさんの話していたとおり、百花草の精霊がキッチンへ入っても何かを作る音はしなかった。


 「ちょうど一人分のお茶があるわ。これも渡してあげてね」


 月見の花は月の精霊の力が宿る花だという。月の精霊の力が強い場所に咲く性質がある。


 「月見の花を入れたから、月の精霊の力がこのお茶に宿っているの。その力が飲んだ人をわたしの夢の中に導いてくれる。もしわたしに会いたいときは、寝る前にお茶を飲んでね」


 百花草の精霊は月の精霊のことも知っているらしい。


 三人はお礼を言って立ち去ろうとした。すると、百花草の精霊がフィルを呼び止めた。傍に来るように手招きをしている。フィルが何事かと思って近づくと、百花草の精霊は小声で話を始めた。


 「魔術師さんは今、いないの?」

 

 いきなりそう言われて面食らったが、フィルは魔王の部下の最後の一人が魔術師だということを思い出した。以前に見た魔王とその部下を描いた絵に魔術師が描いてあった。


 「まだ会えていないんです」

 「会えたら伝えてほしいことがあるの」


 百花草の精霊はフィルに伝言を耳打ちした。


 「月が雲に隠れないように気をつけなさい。もし困ったことがあったら、こちらは協力を惜しみませんって」


 フィルは意味の分かるような分からないような伝言だと思った。だが、何か大切なことを伝えようとしているということは分かった。


 「分かりました。きっと伝えます」


 フィルがそう約束すると、百花草の精霊はにっこりと微笑んだ。


 「ありがとう。よろしくね」


 三人はおばあさんの所へ戻ると苺のタルトとお茶を渡した。百花草の精霊からだと伝えると、おばあさんは心の底から喜んだ。


 「そう。あの人は精霊様だったの。フィルと魔王ちゃんが探してくれたのね、ありがとう」

 「礼ならこのグリフォンに言ってやってくれ。こいつがいなければ、見つからなかった」

 「グリフォンちゃん、ありがとうね」


 おばあさんにお礼を言われて、グリフォンは照れたように笑った。


 おばあさんはちょうどできた焼き菓子と苺のタルトでお茶にしてくれた。おばあさんが言ったように百花草の精霊のタルトは今まで食べたどのタルトよりも美味しかった。


  





 おばあさんはその日の夜、月見の花のお茶を寝る前に淹れた。はじめは、そんなすごいものを一人で飲むのは気が引けて、やめようと思った。でも、せっかくフィルと魔王とグリフォンが探してきてくれたのだからと思い直した。 


 お茶を淹れてみるとティーカップの中に一瞬、満月が映って見えた。飲んでみると、ほっとするようなわずかに甘い味のするお茶だった。


 その晩、おばあさんは夢の中で百花草の精霊と再会した。夢の中で、あの日と同じようにお茶会をしていた。百花草の精霊はおばあさんが女の子だった時に出会った当時と全く同じ姿をしていた。


 「あなたにやっと会えました。ずっと、あの時のお礼が言いたかった。助けてくれて、ありがとう。おかげでこの歳になるまで長生きできました」

 「森で迷う人の子を導くのがわたしの務め。当たり前のことをしただけよ。でも、そう言ってもらえると嬉しいわ」


 二人はまるで親しい友達が再会したかのように様々なことを語り合った。その二人を月の光が優しく照らしていた。


 翌朝、目が覚めても、おばあさんは百花草の精霊と夢の中で会ったことを覚えていた。フィルたちが話していた月見の花のお茶の力が二人を引き合わせてくれたのだ。


 ベッドから降りてみると、いつもより足腰が痛くなかった。これなら、もう少し遠くへ行けるかもしれない。


 孫娘の女の子に呼ばれているのが聞こえた。いつもの穏やかな一日が始まった。










 ある高い塔の上。人間がおよそたどり着くことができない高い塔の上に禁忌の小箱は置かれている。今はその小箱の封が解かれて、中は空っぽになっていた。


 「やっぱり開けられている…。ここなら誰も来ないと思っていたのに」


 そうやって独り言を呟いたのは鳥のような仮面をかぶった魔術師だった。彼は魔王の部下の最後の一人だ。

 

 「こうなったら、こっちが手を出すしかないか」


 魔術師はそう呟くと塔の下を覗いた。塔の遥か下には緑豊かな大地が広がっている。このどこかに魔王がいるはずだ。


 「さて、どうやって魔王様を探しますかね」


 面白がるようにそう言うと、魔術師はその姿を消した。


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