第6話 魔王とグリフォン 前編

 フィルが薬草を集めて帰ってくると魔王が子どもたちと遊んでいるのが見えた。魔王とフィルが出会ってから魔王はこの村で過ごすことが多くなった。魔王は魔王の格好をした勇者と魔王伝説の名所巡りをしている旅行者だと思われていて、村人に受け入れられていた。魔王本人が伝承の魔王のイメージとかけ離れすぎているので無理もない。


 そういえば以前も村の子どもたちの川遊びに付き合ったと言っていたが、どうやって遊んであげているんだろう。気になったフィルはこっそり遠くから遊びの様子を見守ることにした。


 「勇者と魔王ごっこやろうー!」


 勇者と魔王ごっこは村で人気の遊びだ。どうやら今日はその遊びをするらしい。


 「じゃあ、僕は勇者!」

 「俺も」

 「わたしも」

 「おいらも」


 勇者役が多いなとフィルは思った。子どもにとって勇者は憧れなので、みんな勇者役をやりたがるのだ。


 「おじさん、魔王やってよ」

 「お、いいぞ」


 まさかの魔王は本人役だったのでフィルは何と言っていいか分からなくなった。確かに子どもたちが勇者役をしたがるので、魔王役は村の大人たちが頼まれることが多い。しかし、魔王本人が魔王役をやるのはありなのだろうか。一方、魔王本人はわくわくして参加している。


 「こらー、魔王! 悪いことはやめろー!」


 どうやら遊びが始まったようだ。というか、勇者が五人ぐらいいないか。ものすごい状況になっているが、魔王はどうするんだろうか。


 「よく来たな、勇者ども。我が野望を阻止したければ全力でかかってこい」


 思ったよりもちゃんと魔王をやってあげている。言動だけはちゃんと魔王っぽい。魔王は野望とかないでしょ、とフィルは言いたくなった。


 その後は戦いという名の子どもたちとのじゃれあいが始まったのだが、魔王は思っているよりも身のこなしが軽い。うまく子どもたちをいなしている。そして、何となく勇者役の子どもたちに負けた感じを出している。


 「私の負けだ。覚えていろ!」


 それらしいセリフを言って魔王は逃げていく。こうやって遊んでいたんだなとフィルは納得した。魔王はもしかしたら、勇者との戦いを懐かしんでいるのかもしれない。この前、彫刻家の青年に思い出話をしてあげていたように。


 「面白かったー。もう一度、やろう!」


 子どもたちはもう一回やろうと盛り上がっている。さすがにあんな体力を使いそうな遊びを何度もしたら魔王がバテるんじゃないだろうか。この前もバテて魔法が使えなくなっていたので少し心配だ。


 フィルが出て行こうとした時、一人の女の子が思い出したように言った。


 「わたし、おばあちゃんのお手伝いをしなくちゃ」


 その女の子の祖母は村で最高齢の物知りなおばあさんだった。村のおばあちゃんという立場で村の子どもたちによく昔話をしてくれる。フィルも小さい頃から昔話を聞いて育った。そういえば、勇者と魔王の伝説もこのおばあさんから聞いたのだ。


 子どもたちはみんなで手伝いに行こうということになった。なぜかそのまま魔王もついて行くことになっていた。出て行くタイミングを失ったフィルも仕方なくついて行った。


 子どもたちはよくおばあさんの手伝いをしているから行くのは分かるが、魔王も当たり前について行っているのは、なんでなんだろう。フィルの知らないところで、村人と交流しているのだろうか。


 おばあさんは家の前で座ってひなたぼっこをしていたが、女の子が帰って来るのを見るとほほ笑んで迎えた。子どもたちがやってくると、おばあさんは様々なお使いを頼んだ。子どもたちは頼み事を聞くと方々に散っていった。おばあさんは足腰が弱くなって自分では遠くへ出かけることが難しいので、何かを持って行ったりする簡単なお手伝いを子どもたちがすることがある。お礼にお菓子をもらえるので、子どもたちはよくお手伝いをしているのだ。


 魔王が近づいていくと、おばあさんは魔王に挨拶した。どうやら顔見知りのようだ。


 「魔王ちゃん、今日は観光はいいのかい?」

 「ああ。今日はここにいることにした」


 おばあさんも魔王のことは旅行者だと思っているらしい。勇者の生まれ故郷と言われるこの村は観光客も訪れるので自然とそう思ったのだろう。


 「それなら、これを石窯の所に持って行ってくれるかねえ。焼けたら、みんなにあげるからね」


 おばあさんはごく自然に魔王に手伝いを頼んで、焼き菓子ののった天板を渡した。この感じだと以前から手伝いを頼まれている気がする。本当にいつの間に仲良くなっているんだろう。


 「よし、分かった」


 魔王は威勢よく返事をしているが、多分、どこに石窯があるか分かっていない。フィルはとうとう出て行くことにした。このまま村の中を迷うのもどうかと思ったのだ。


 「勇者の末裔か。いつから、いたんだ?」

 「ちょっと前から。出て行くタイミングを逃しちゃって。おばあちゃんが言っている共用の石窯の場所はこっち」


 以前、村長が村に共用の石窯を作ったのだった。それがあれば、少し手の込んだ料理もできるし、野菜や肉を入れておけば焼いておくこともできる。これは村人たちに重宝した。石窯の管理をしている人もいて、その人が朝に火を起こしてくれる。村人はスペースが空いていれば好きなものを料理することができた。


 「ちょうど今は空いているからいいよ。おばあちゃんだよね」


 管理人はそう言うと天板を預かってくれた。おばあさんがよく焼き菓子を作ることは村中の人が知っている。彼女の焼き菓子は絶品で子どもたちは、よくもらっている。フィルもおばあさんのお菓子で育った一人だ。


 家に戻ると、おばあさんはまた、ひなたぼっこをしていた。だが、さっきと違って何か考え事をしているように見える。フィルたちが戻って来るとおばあさんは、お手伝いのお礼を言った。


 「何か考えごと?」


 フィルが気になって尋ねると、おばあさんは困ったように笑った。


 「この時期になると、子どもの頃のことを思い出してね」


 おばあさんは幼い頃、村の東の森で迷子になったことがあった。帰り道が分からなくなって泣いていると、どこからともなく萌木色の髪と瞳を持ち、花冠をかぶった不思議な雰囲気の女の人がやって来た。


 どことなく浮世離れしたその人はおばあさんを家に招いて、お茶と苺のタルトをご馳走してくれた。そして、おばあさんがどこから来たかを尋ねて、森の入り口までつれて行ってくれたそうだ。


 「あの時に食べた苺のジャムの入ったタルトは今までに食べたことがないぐらい美味しかった。それに、その女の人は優しくわたしをなぐさめて、話を聞いてくれた」


 その女の人の家には広い庭があった。そこには不思議なことに全ての季節の草花が咲いていた。女の人は庭から真っ赤に熟れた苺を摘んできて、タルトを作ってくれた。苺の実る季節でもないのに庭には苺があったという。


 「苺を持ってキッチンに入ったら、いつの間にかタルトを持って来てくれた。キッチンで何かを作っている音もしなかったのにね」


 おばあさんはその人にお礼が言いたくて何度も森へ行ったが、とうとうその人に会うことができなかった。


 「今ぐらいになると、どうしても思い出してしまって。あの人にもう一度会ってお礼が言いたくてね。それにあのタルトの味も忘れられなくて」


足腰の弱ってしまったおばあさんはもう一人で東の森へ出かけることが出来なくなってしまった。


 「こういう時に、あいつがいればな」


帰り道に魔王がそう呟いた。


 「あいつ?」


 「我が部下のグリフォンだ。あいつはお菓子が好きで、食べたものの材料を当てられるほどだった。その不思議なタルトのことも、どこかで聞いているはずだ」


 どうやら四人目の部下のグリフォンは食いしん坊だったらしい。グリフォンは魔王の闇の剣を守る役目を持っていた。グリフォンという生き物はもともと、遺跡や宝物庫の番人をしていることが多く何かを守る習性がある。


 魔王の部下のグリフォンも例外ではなく、何か大切なものの番をしたかったらしい。その頃、ちょうど魔王が自分の魔法で闇の剣を作ったところだった。魔法で作られた剣なので闇の剣には鞘がなかった。


 「抜き身で置いておくのも危ないな」


 玉座に立てかけてみたりと置き場に困っていた魔王はグリフォンに剣を預けた。グリフォンは魔王の大切な剣を守れることになって喜んだ。


 そのグリフォンの行方はまだ、つかめていない。


 「案外、すぐ近くにいるかも」


 今まで思ったよりすぐ傍に魔王の部下たちはいた。もしかすると、ひょっこり現れるかもしれない。


 そういう話をしながらフィルの家へ戻ると、フィルのお父さんと行商人が話し込んでいた。この行商人はフィルの宿に時々、必要なものを売りに来てくれる人だ。どうやら今回は来るのに時間がかかったらしい。


 「参りましたよ。街道を変な魔物がふさいでいて」

 「変なのというのは、あの闇の塊のような…」

 「いやいや。そういうのではなくて、グリフォンですよ。頭が鷲で後ろは獅子の姿をしたね。通り行く旅人に変な謎かけを出して、答えられないと通さないんです」

 「ねえ、魔王。まさかそのグリフォンって…」

 「そんな遊びをするのは我が部下かもしれん」

 「やっぱり」


 魔王とフィルは村へ続く街道を歩いて行った。


 すると、街道の手前の木の上にグリフォンが乗っていた。グリフォンは思っているよりも小さく、獅子を一回り小さくしたぐらいの大きさだ。


 そのグリフォンは街道を通る人に謎かけを出している。思ったより幼い話し方だ。出している問題は謎かけというより、子どものなぞなぞだった。


 厄介なのは一度、正解すると喜んで半永久的に問題を出すところだ。通行人はなるべく話しかけられないように別の道を探して去っていく。


 「ねえ。それって謎かけじゃなくて、なぞなぞだよ」

 「え、違うの」


 だいぶ違う気がする。急にフィルに話しかけられたグリフォンは驚いて問題を出すのを忘れてしまった。通行人はこれ幸いにと通り過ぎていく。


 「こんな遊び、前はしていなかっただろう。どうしたんだ?」

 グリフォンは魔王がやって来たのを見て驚いた。


 「魔王様!? やっと会えた!」


 グリフォンはぴょんと木から飛び降りてきた。グリフォンが謎かけという名のなぞなぞをやめたので、多くの人が街道を通るのを再開した。


 グリフォンが謎かけをしていたのは本人曰く番人っぽいかららしい。


 「遺跡を守っている友達がそういうのをやっていて、かっこよかったんだ」


 そこからなぞなぞやらクイズやらを通行人に出すのが好きになったらしい。何とも迷惑な話だ。


 「お前は闇の剣を持っていただろう。私が封印された後、どうなったか知らないか?」


 魔王城が乗っ取られている話をし、どうしても闇の剣が必要だと魔王が言うとグリフォンは黙ってしまった。みるみるうちにグリフォンの目に涙が溜まっていく。


 「闇の剣、なくしちゃった。ごめんなさい!」


 グリフォンは魔王が封印されてすぐ、玉座のある広間の地面に刺さっていた闇の剣を見つけて持って逃げたらしい。魔王が目覚めるまで守ろうとしたのだ。


 「ボク、ずーっと剣を守っていたんだよ」


 この数百年の間、来る日も来る日もグリフォンは闇の剣を守っていたという。ところが、ある日、うたた寝をしている間に人間に持ち去られてしまった。


 「ボクが寝ていた遺跡を調べに来た人たちが持って行っちゃったんだ。これも調べようって」


 その後、あちこち探したが闇の剣の行方は分からなくなってしまった。それももうかなり前のことだ。


 「そうか。お前にも苦労をかけたな」


 魔王は泣きじゃくるグリフォンの頭を優しくなでた。グリフォンは落ち着いてきたようだった。


 「闇の剣はまた探せばいい。もう一つ聞きたいことがある」


 魔王はグリフォンにおばあさんの食べた苺のタルトについて話した。グリフォンは話を聞くと即答した。


 「それ、知ってるよ。食べたこともあるし」

 「本当に!?」

 「百花草の精霊のタルトだと思うよ。ボクもお茶会で食べたことあるもん」


 百花草の精霊は森に住む精霊で、この世の全ての植物が育つ不思議な庭を持っている。とても古くから存在する植物を見守る精霊である。文献によっては全ての植物を司るという意味で百花草の王と書かれているものもある。


 百花草の精霊は気まぐれに森に訪れた人を自身のお茶会に招くという。森で迷っていたおばあさんをお茶会に招き、助けてくれたのだろう。


 「こっちから会いに行けないのかな」

 「会いに行く方法ならあるよ」


 クローバーでブーケを作り、それを森の中にある大きな木に捧げれば気づいてくれるらしい。問題はそのブーケの中に四つ葉のクローバーが必ず入っていなければならないところだ。百花草の精霊は人々を招く時、クローバーの道を作って人々を導く。


 思ったよりも難しそうだ。四つ葉のクローバーはそう簡単には見つからない。


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