第5話 魔王とハヤブサの化身

 魔王と再会したリシャールはフィルの村の北の森までついて来た。そこでドラゴンとジェイドとも出会った。リシャールも魔王城が乗っ取られたことを知った。


 「なるほど。あの闇の魔物にはそんな経緯が。それで腑に落ちましたな」


 リシャールは自分の住んでいる山間の村にもあの魔物が出ると話した。


 「本当に各地に出没しますね」


 ジェイドの言葉に魔王もうなずく。


 「こうも行く先々に現れると厄介だな」


 リシャールは人の姿で山深い場所にある小さな村に住んでいる。翼をしまっていれば人と全く同じ姿になるから、周りもリシャールをただの老人だと思っている。その村では狩人として暮らしている。もうその村に長いこと暮らしており、村人は家族同然になっているのだった。その暮らしを脅かす魔物を狩りたいと思っているが、すぐ森の木の陰に潜んでしまいリシャール一人では追い出せないので狩ることができないらしい。


 そこで、みんなでリシャールの村まで闇の魔物を退治しに行くことになった。魔王はリシャールが困っていることを知って真っ先に村へ行こうと言い出した。もちろんみんなも同じ気持ちだった。


 リシャールは何度も礼を述べた。村までの道のりをみんなに教えると、先に帰って準備をすると言ってハヤブサの姿に戻って飛び去った。


 リシャールの村は城下町の北にある山脈の中にある。普通に行こうとすると道案内人を雇って何日も歩いて山を越える必要がある。山歩きに慣れた行商人さえ、ごくたまにしかやって来ない。リシャールはハヤブサの姿で好きな場所に飛んでいくことができるので、人里離れた山間の村に住むようになった。魔王を待つためには、ここに身を隠すのがちょうど良かったのだ。


 フィルは魔王とジェイドと一緒にドラゴンに乗って行くことにした。ドラゴンに乗れば山を歩いて越える必要はない。いつの間にか自然とフィルもリシャールの村へ行くメンバーに入れられていた。なんでそうなっているんだろうと思いつつも、魔王が危なっかしいのでついて行くことにした。両親に山間の村に出かけることを告げると、せっかくだから特産品を買って来てほしいと頼まれた。


 かくして、ドラゴンは山間の村を目指して飛び立った。この間行った城下町の上空を越えるとすぐに山岳地帯が見えてきた。リシャールに教えられたとおりに飛んでいくと、険しい山々の合間に小さな村があるのが見えた。煙突から細い煙が上がっており人々が暮らしている様子が見える。歩けば何日もかかる山道もドラゴンに乗って行くとすぐに着いた。


 村に着くとリシャールが入り口で待っていてくれた。村の人たちは魔王たちをリシャールの客人だと聞いていたので、温かく迎え入れてくれた。村の人たちは特に勇者とゆかりのない山奥の村に旅行者が来るのは珍しいと口々に話していた。どうやらリシャールは魔王のことを歴史好きの旅行者だということにしたらしい。魔王だと話しても誰も信じないだろうし、分かったら分かったで大騒ぎになるだろう。


 リシャールはみんなを自分の家につれて行った。リシャールは村のはずれにある狩人の小屋に一人で住んでいた。かつては何人もの狩人たちがこの小屋に住んで魔物や獣が入って来ないように見張っていたらしい。今もその名残りでリシャールはこの小屋に住み、山を見張っている。


 闇の魔物は今の時間は山奥に潜んでいるらしい。ほどなくして村に近づいて来るというので、みんなで待っていることにした。


 「リシャールさんは、どうやって魔王様と出会ったんですか?」


 ジェイドはかつて氷の騎士と共に過ごしていたリシャールに興味津々のようだ。


 「そういえば、魔王様と出会ったのはこのような山奥でしたな」


 ハヤブサの化身としてある山で生まれたというリシャールは当然のことながら仲間がおらず一人ぼっちだった。化身とは動物たちのいななきや羽音の中から時折、生まれる存在なので同じ種族の仲間はいない。


 リシャールは当てもなく山々を渡り歩いた。慣れてくると人の姿をとれるようにもなり、人の町から町へ旅をした。リシャールという名前も人の姿で暮らすために自分で付けた名前だった。生きるために弓の腕を磨き、動物を狩る狩人になった。


 ある時、山奥でリシャールは狩人として巨大な獣と戦った。非常に強い獣でリシャールは深手を負った。喰われると思ったその時、通りかかった魔王に助けられたらしい。


 「魔王はそんな山奥で何してたの?」


 「道に迷っていたのだ! そうしたら、人が倒れていたから驚いたぞ」


 魔王は闇の魔法で獣を追い払った。命を救われたリシャールは魔王について行くことにした。そして、彼の傍で弓の腕を役立ててきたと話した。


 「ずっと魔王様にお仕えしてきたんですね」


 ジェイドの言葉にリシャールはうなずいたが、魔王が窓の外を見に行っている間にジェイドにそっと耳打ちした。


 「実をいうと、あの方のことをどうにも放っておけんでな。あの時も山道で迷われていたし。良い方だが目を離しにくいというか。氷の騎士殿も同じようなことを言っておった」


 どうやら魔王は部下にも心配されているらしい。リシャールは恩返しがしたいという気持ちが半分、もう半分は魔王が心配でついて行ったのだった。当の魔王本人は見守られていることを知らなさそうだが。


 そんな話をしていると、闇の魔物が村に近づいて来るのがリシャールの眼に入った。リシャールのハヤブサの眼は遠くから迫って来る闇の魔物を捉えた。


 みんなで慌てて小屋の外に出ると木の陰に潜んだのか闇の魔物の姿が目視できなくなっていた。


 「ここは私に任せろ」


 魔王は以前、ドラゴンにとりついた闇の魔物を追い払った光の魔法を使った。金色の光が辺りに満ちると、驚いた闇の魔物が木の陰から飛び出して来た。


 だが、想定外のことが起こった。飛び出して来たと同時に闇の魔物は大量の棘のようなものを出して攻撃してきたのだ。密かに山奥で力を蓄え続けてきた闇の魔物は城下町にいた魔物よりも強い力を持っていた。魔王はとっさに光の魔法で攻撃を防いだ。攻撃する時や物理的な攻撃を防ぐのは闇の魔法でいいが、この闇の魔物の力を防ぐには光の魔法を使うしかない。光の魔法はバリアのようにフィルたちを包んで闇の魔物の棘の攻撃から守ってくれた。


 リシャールは攻撃がやんだと同時に矢を射かけた。矢は闇の魔物に当たっているが決定打にはならない。闇の魔物の力が強いからだ。普通の矢では攻撃はできても倒すには至らない。


 「仕方がない。私が魔法で奴の闇の力を弱める。弱点が見えたら射抜け」


 魔王は一度、みんなを守っていた光の魔法を解除した。そして、再び闇の魔物に光の魔法を使おうとしたのだが。


 「あれ…」


 いくら魔法を使おうとしても光の魔法が発現しない。まさかと魔王は焦った。


 「どうしたの?」

 「光の魔法が出ない」

 「ええー!!!」

 「バテたのかもしれん」

 「大事な時にバテないでよ!」


 分身の姿で強力な魔法を使いすぎたせいだった。この場の全員を守るためには光の魔法を展開し続ける必要がある。とりついた闇の魔物を追い払うのとは桁違いの魔力を使ってしまう。最近はずっと分身の姿で過ごしていたので分身でいることを忘れて、つい以前と同じような調子で魔法を使ってしまったのだ。


 魔王は少しの光の魔法なら使えそうなことに気づいた。魔王はリシャールを傍に呼ぶと、矢を渡すように言った。魔王は渡された矢に何とか残った魔力で魔法をかけた。矢に光の魔法が宿った。


 「すまんが、今はその矢一本で精一杯だ」


 「いえ、十分です。この矢で必ずや射落としてご覧にいれます」


 リシャールは大切にその矢を矢筒にしまうと闇の魔物へ向かっていった。


 魔物はその間、じっとしていたわけではなかった。巨大な鳥の姿に変わると空へ羽ばたいた。この森に住む鳥たちの姿を写しとったようだ。強烈な風を巻き起こしながら山の上を飛び始めた。


 リシャールは必ずこの一本の矢のみで魔物の弱点をついて倒すつもりだった。だが、闇の魔物を追って飛び立ったものの荒れ狂う風にあおられて、うまく狙いがつけられない。


 それを見ていたジェイドは氷の剣の柄に手をかけた。氷の剣の力で闇の魔物の一部なりとも凍らせられれば動きを止めることもできるかもしれない。だが、この剣の力が暴走しないとは限らない。魔王に助けてもらってから剣の稽古をしていたが、怖くて一度も氷の剣を抜いていなかった。


 「ジェイド、どうしたの?」


 ドラゴンがジェイドの困った様子を見かねて話しかけてきた。


 「俺の剣で闇の魔物を足止めしたいんだけど、うまくいくか分からなくて。また氷の剣が暴走したらって思うと」

 「だったら、ぼくと一緒に戦おうよ。ぼくは竜の火を宿しているから凍らないし」


 ジェイドの顔がぱっと明るくなった。確かにドラゴンの言う通りだ。一人で戦うのが難しければ、二人で力を合わせて戦えばいいのだ。


 ジェイドはドラゴンの背に乗り、空へ翔けた。上空は闇の魔物の起こした風が吹きすさんでいた。


 ジェイドはためらいなく氷の剣を抜いた。ドラゴンの背にいると、ドラゴンの温かさが伝わってきて安心できた。氷の剣の刀身からは既に強い冷気が発せられている。


 「ドラゴンさん、行こう」

 「うん!」


 ドラゴンはジェイドの合図を聞くと、すぐに強靭な翼で一気に荒れ狂う風を突破した。もうリシャールにこちらの作戦を伝えている暇はない。一方、リシャールはドラゴンとジェイドが何かを仕掛けようとしていることに気づいた。距離を取って二人を見守り、いつでも動けるように強風の吹きすさぶ中、闇の魔物の弱点をハヤブサの眼で探した。


 ジェイドは剣を一振りした。剣から発せられた冷気は吹雪となり闇の魔物に襲い掛かった。闇の魔物は更に上空に逃げようとしたが、翼が凍りついて動きが鈍くなった。


 リシャールはその機を逃さなかった。リシャールは闇の魔物の動きが鈍った瞬間に、強風の中で見つけていた弱点をあやまたずに射抜いた。


 闇の魔物は矢にかけられた光の魔法の力で消え去った。








 その日はリシャールの小屋に泊まることになった。かつて複数人の狩人が泊まることもあったので、いくつも客室があったのだ。フィルはその客室の一つをもらった。


 夜になってもフィルは何となく寝つけなかった。昼間にあんなに大きな魔物との戦いを見たのだ。まだ、ドキドキしている。それと同時に魔法が使えなくなった魔王のことが気になっていた。魔王本人は休んでいれば大丈夫と言っていたが、魔法が使えなくなるというのは相当のことだ。


 魔法の元になる魔力は生命そのものが持っている力だ。生き物ならみんな魔力を持っているから、人間もみんな魔力を持つ。だから魔力を魔法に変換する魔法体系があれば、便宜上、どの人も魔法を使うことができる。ただ精霊や魔術書と契約して魔法体系を借りなければならないので、結局、魔法使い以外は魔法を使えないのだが。


 生命の持つ力である魔力が弱まるのは危険なことでもある。あまりに魔力が低下すると体調を崩す原因にもなる。魔法を使えなくなった魔法使いを見たことがないので、フィルは魔王のことが心配になったのだ。もちろん分身の姿でいるという特殊な状況のせいで魔法が使えなくなったのかもしれないが。


 フィルがいろいろなことを考えながら窓の外を見ているとリシャールと魔王が小屋の外で話しているのが見えた。それから、魔王は一人で出かけて行った。


 こんな夜更けにどこへ行くんだろう。フィルは迷ったが、魔王の後を追いかけることにした。外へ出るとリシャールは入れ違いで自分の部屋に戻ったようで会わなかった。


 魔王は山の方へ歩いていって途中で別の道へ曲がった。


 月の光が夜道を照らしている。魔王は思ったより足が速かった。もうかなり先を歩いている。

 やがて開けた場所に出た。そこは一面に金色の光を帯びた花が咲いていた。


 「きれい…」


 フィルはそう思わず呟いた。一般に月見の花と呼ばれる花だ。月の光によって帯びる光の色が変わる。今日の月は金色の光を地上に投げかけている。


 魔王は花の中に座り込んで月を見上げていた。フィルが近づくと魔王がフィルに気づいた。


 「勇者の末裔か。どうした?」

 「いや、何をしているのかなと思って」

 「月光浴だ」

 「え、なんて?」


 日光浴みたいに言ってくるので、さすがのフィルも聞き返した。


 「月見ともいうな。お前は月見をしないのか?」

 「秋にはするけど、いつもはしないよ」


 この言い方だと魔王は頻繁に月見をしているようだ。


 「月の光を浴びると魔力が回復するのだ」


 それでよく月見をしているのだろう。月の光から魔力を得ているというのは魔王っぽい気もする。


 魔王が言うには少しでも月の光に当たると魔力が回復し、満月には魔力そのものが高まるという。逆に月が出ていないと、魔力は回復しないし力が下がることもあるという。


 「そう言えば魔王って光の魔法も使っているよね」

 「ああ、月の光の魔法だ」


 あまり使いたくない理由が魔王っぽくないからだけで、べつに隠しているわけではないので、魔王は普通に答えた。フィルは月の光の魔法だと聞いて納得した。あの金色の光は満月の光だったのだ。


 だが、月の光の魔法というのは聞いたことがなかった。光といえば日の光の魔法が一般的だ。


 日の光の精霊と夜の闇の精霊はこの世界の始まりに現れた始源の精霊だ。彼らは毎日、天の社に交代しながら宿る。そうすることでこの世に昼と夜が生まれ、時間の流れが生まれた。時間が流れるようになると、何もなかったこの世界に変化が生まれるようになる。風が吹き、雨が降るようになり、そこに多くの命が芽吹いた。そこから風、火、水、大地など自然に宿る精霊も生まれた。


 フィルの住む王国も各地で様々な精霊が祀られているが、始源の精霊である日の光の精霊と夜の闇の精霊はどこでも大切に祀られている。そのため、それぞれの精霊の魔法である日の光の魔法も夜の闇の魔法も他の火の魔法や水の魔法と同じように使われているのを見たことがある。もっとも火の魔法や水の魔法などに比べると頻度は多くはないが。


 月や星にも精霊が宿っているとは聞いたことがあるが、その魔法を使っている人は見たことがなかった。よくよく考えたら、彼のことは伝承に登場する魔王ということしかフィルは知らない。この前、彫刻家の青年が言っていたようにフィルも伝承以外の詳しい素性は知らなかった。


 「魔王ってどこで魔法を覚えたの?」

 「覚えたというより、物心ついたら使えていたぞ」


 また適当なことを言っているなと思ったが、嘘をついている様子でもない。本当にいつの間にか月の光の魔法を使えるようになっていたようだ。


フィルが小屋に戻ろうと思った時、魔王はしばらく月の光を浴びてから帰ると言って残った。


 次の日の朝、小屋の一階の窓際の花瓶に月見の花が一輪だけ生けてあった。月見の花は夜に月の光と共に咲く。朝には宿っていた光は消えていたが、昨日と同じ金色の花を咲かせていた。きっと魔王が持って帰ったのだろう。


 魔王はというと再び魔法が使えるようになっていた。フィルは少しだけ安心した。


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