第4話 魔王の城下町観光

 「フィル、ちょっと城下町までおつかいに行ってくれない?」


 そう頼んだのはフィルのお母さんだ。家族で宿を経営しているので、いつも忙しい。必要な材料や資材が足りなくなると、それを買いに行くのをフィルは頼まれることも多い。お母さんはフィルに買い物の長いリストを渡した。多そうに見えるが全て顔なじみの店で買うことになるため、どれも簡単に手に入るだろう。


 「ちょっと多いけど、お願いね。魔王ちゃんと行ってきなさい」

 「魔王ちゃん!?」


 フィルのお母さんは魔王のことを魔王の格好をした歴史好きの旅行者だと思っていた。勇者と魔王伝説のファンで名所巡りをする旅行者は多いし、そう思うほうが自然だ。にしても、どういう風に見えているのだろうか。


 「一人で行くよりはいいでしょう。城下町は言っても都会で危ない所もあるし。魔王ちゃん、この前も荷物を運ぶのを手伝ってくれたから」


 いつの間に手伝いを魔王に頼んでいるのだろうか。おそらく、お母さんのことだから通りかかった魔王に半ば強引に手伝いを頼んだのだろう。


 余ったお金で好きなものを買ってもいいからと言われ、フィルは早速、買い物に行く準備をした。魔王に買い物に出かけないか誘うと、面白そうだからついて行くと言った。歩いて行くと遠いのでドラゴンに乗って行くことになった。


 フィルはドラゴンの背に乗るのは二度目だが前よりはコツがつかめてきていた。顔を上げて周りの風景を見ると自分の村が小さく見える。風が穏やかに流れていって気持ちがいい。


 「ところで魔王って、わたしのお母さんの手伝いをしたの?」

 「通りかかったら荷物が重いからと頼まれてな。お礼にお菓子をもらったぞ」

 「ええ…」


 話を聞いてみると、フィルとフィルのお父さんが買いつけに出ていて留守の時に頼んでいたらしいことが分かった。人手が足りない日なのに頼んでいた資材が大量に届いた日だ。帰ってみたら、あらかた荷物が片付いていたので、ちょっと不思議だったのだ。人手が足りない時は村人同士で手伝うのが普通だから今回もそうだろうと思っていたが、まさか魔王に頼んでいたとは。お母さんもまさか本物の魔王に頼んだとは思っていないだろう。


想像してみると手伝いをする魔王というのは、なかなか目立つ絵面ではある。そして今からフィルは魔王と買い物に行くことになることを考えると、少しだけ不安がよぎるのであった。絶対に目立つことは確定である。


 ドラゴンは城下町のすぐ外にある平原で二人を降ろしてくれた。


 「ぼくはここで遊んでいるから、終わったら言ってね」


 ドラゴンは身体も大きいし、目立つので城下町に入るつもりはないらしい。それに町へ行くよりも平原で遊ぶほうが好きなのだ。


 城下町は以前に来た時と同じように活気にあふれていた。遠くには小高い丘の上に建てられた王宮がかすかに見える。城下町の中心には運河が流れていて、何本もの橋がかけられている。もちろん運河を行き来するボートもある。運河沿いには多くの店が並んでいてレストランや酒場もある。この城下町の中心地だ。


 運河を離れて通りに入っていくと雑貨店など細々とした店が続く。さらに進むと市場のある広場に出る。市場には野菜、果物、薬草、香辛料、更には肉や魚まで何でも揃う。それぞれの屋台が所狭しと並び、その合間を縫うようにして人々が買い物をしている。城下町に住んでいる人もここで買い物をするが、観光客も多い。お母さんに頼まれている料理の材料はほぼ、ここで手に入る。フィルは買い物リストを見ながら順に店を回って行った。


 どの店も以前からの知り合いの店ばかりだ。時々、両親の代わりにフィルが買いものに来るので店の人はフィルのことをよく知っている。

 フィルは魔王と歩いていると目立つかなと心配したが特にそんなことはなかった。どの店の主も一緒について来ている魔王を見て一瞬、首をひねったがフィルが普通の顔をしているので誰も魔王のことは聞いてこなかった。


 それにこの城下町は勇者と魔王の伝説の観光の中心地であるといってもいい。数百年前、勇者は王宮で当時の国王から魔王討伐の命令を受け旅立っていった。魔王を封印した後、勇者はこの城下町に凱旋している。熱心な歴史のファンは必ず訪れる定番の観光地だし、毎日、多くの観光客が訪れる場所だ。魔王の格好をした熱心な旅行者だろうぐらいにしか思わなかったのだ。魔王は魔王で勇者と魔王の伝説が多く残されている城下町だとフィルが話しておいたので、面白がって勝手に辺りをうろうろしていた。ずっとフィルといたわけではないので店の人の目にとまりにくかったのかもしれない。


 そうやって黙々と店を回ると、ここで買わないといけないものはあらかた買えた。後は資材を買って帰ればいいのだが、それは大通り沿いに店がある。


 魔王に声をかけて移動しようとして、彼が傍にいないことに気づいた。どこへ行ったんだろうと辺りを見回すと、広場の角にできた人だかりに紛れ込んでいる。どうやら勇者と魔王の戦いの人形劇か何かをやっているらしい。見ているのは子どもが多いが地元の大人や観光客も見ている。


 「わくわくしながら見てる」


 フィルがどうしようか考えながら見守っていると魔王がやや落ち込み始めたのが見えた。魔王が勇者に倒された場面になったのだろうと思っているうちに劇はお開きになった。観客が解散した流れに乗じてフィルは魔王の元へ駆け寄った。話を聞いてみると、どうも魔王が倒された場面で落ち込んでいたわけではないらしい。そのことは本人はさほど気にしていない。


 「やっぱり雰囲気が怖い」

 「あー、そこ。それは魔王だし、怖くしてるんじゃない」

 「私ってそんなに怖いか?」


 魔王本人は全く怖くない。それだけは断言できる。


 「せめてもうちょっとクールに…」

 「クールに??」


 本人のどこらへんにクール要素があるんだろうか。というか、気にするのはその辺だけなんだろうか。ちょっとずれている気もするが、気にしない方がいい気もしたので黙っておいた。


 フィルは魔王をつれて大通りにあるお店へ向かった。しかし、大通りに向かう道の途中でならず者の集団がたむろしていた。城下町はいろいろな人が行きかうから、こういうこともある。傍を通りたい人々は困ったように遠巻きに眺めていたり道を迂回している。そのうち、傍を通っていた青年が運悪く物を落としたせいで絡まれ始めた。


 「どうしよう」


 フィルは困って立ち止まってしまったが魔王はというと、ならず者たちを全く気にする様子がない。案の定、傍を通ろうとして絡まれてしまった。


 「おい、おっさん。面白い恰好してるじゃねえか」


 どういう絡まれ方なんだろうという気はしたが、魔王はなぜか絡まれたと思っていないらしい。


 「この魔王に挑むつもりか? いいだろう。どこからでもかかってくるがいい」


 なぜか自信満々に勇者に対して言いそうなセリフを言う。なんでそんなにノリノリなんだ。


 「あの人、大丈夫ですか?」


 はじめに絡まれていた青年が隙を見て逃げてきて、フィルに尋ねた。フィルはどう答えていいか分からなかった。魔王は闇の魔物に難なく対処していたが今回は魔王に対して相手は複数人いるのだ。魔王本人は全く平気そうだが心配ではある。

 だが、フィルの心配は杞憂に終わった。


 「おーい。こいつら、弱いぞ」


 魔王は彼らをあっさり返り討ちにしたのだ。やはり魔王だけあってちゃんと強いらしい。ならず者たちは覚えていろという典型的な捨てゼリフを残して逃げていった。


 一時はどうなるかと思ったがフィルは胸をなでおろした。再び歩き出そうとして、さっき絡まれていた青年がフィルと魔王を呼び止めた。青年は助けてもらったお礼を言うと意を決したように口を開いた。


 「行きずりの方にこんなことを頼むのもどうかと思いますが、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか」


 フィルも魔王も急にそう言われて、きょとんとしてしまった。青年の切羽詰まった様子から大切な話だろうと思った。青年は話が長くなるので歩きながら話そうと提案した。運河沿いを歩きながら青年の話を聞くことにした。


 青年は彫刻家だという。この前、とうとうコンクールで賞を取り、貴族に仕えることになった。パトロンの貴族に初仕事として他の貴族が見たことのないようなユニークな石像を作ってくれと頼まれた。この貴族は美術品を集めるのが好きで何人もの芸術家のパトロンにもなっている。自邸でパーティを開き集めた芸術品を自慢するのが好きな貴族だ。今度、自邸でパーティを催すからそこで石像をお披露目して自慢したいらしい。ただ、頼まれたテーマが勇者と魔王の戦いの場面だった。


 「それで困ってしまったんです。僕は今まで精霊や自然物の石像ばかり作っていて、戦いをテーマにした石像は彫ったことがなかったんです」


 像を彫りかけてみたが、どうしても生き生きとした様子を表現することができなかった。うまくイメージがつかめないまま日数だけが経っていった。青年は勇者と魔王のテーマを題材にした様々な芸術作品を学び直した。歴史書や勇者の伝記まで読んだという。そこまでして、かろうじて勇者の人となりはつかめてきた。問題は一向に魔王のイメージが湧かないことだった。勇者に比べ魔王の記述は少なく、よく分からなかったという。


 「なんとなくのイメージはあります。でも、それだけでは生き生きとした像にはならないんです。自分で調べるのは限界があります。そんな時、お二人を見かけて。なんだか勇者と魔王の伝説にお詳しそうですし」


 詳しいも何も伝承に登場する魔王本人である。どうやらこの彫刻家にも魔王は熱心な歴史ファンの旅行者だと思われたらしい。初めて魔王と会ったフィルと同じように相手が本物の魔王とは夢にも思っていない。ならず者に絡まれる前、フィルと魔王が話しているのを見ていたらしい。そこで気を取られ持っていた道具を取り落として絡まれたのだった。


 「これは試しに彫ったものなんですけど」


 そう言って彫刻家は小さな石像を取り出した。完成品はもっと大きくなるがイメージをつかむために試し彫りを小さな石にしたという。そこには魔王と対峙する勇者が彫られていた。フィルの目からはとても精巧で素晴らしい石像に見えた。


 「とても素敵だと思うんですけど」


 だけど、彫刻家は困ったように言った。


 「貴族の方にお見せしたら、もっと大胆な構図がいいらしいんです。僕も納得はできていなくて」


 難しいなとフィルは思った。


 「それなら、まず私をかっこよくしてみたらどうだ?」

 「変な決めポーズをとりながら、はた迷惑なことを頼まないでよ」


 魔王本人は決め顔で言っているが明らかに変なポーズだったので、さすがにフィルもつっこまざるを得なかった。


 「何!? 私としては切実な問題だぞ。どの絵も雰囲気が怖いではないか」

 「そうだけど」


 彫刻家が苦笑いしているのが見えてフィルは困ったなと思った。魔王本人が実際はこういう人だということは歴史書には、きっと伝わっていない。芸術作品のヒントになるような話ができるか不安だった。


 「でも、確かに魔王って詳しいことはどの本にも書いていないんですよね。勇者の伝記でも急に記述が現れるし。勇者と魔王の戦いも細かい描写がなくて、二人が闇の剣と光の剣を手に戦ったっていうことが書いてあるだけなんです。勇者もそうだけど、勇者の前に立ちふさがった魔王って何を考えていたんだろうって」


 「まあ、勇者と戦った時は傍で見ている者はおらんかったからなあ。だが、あいつは今まで戦ってきた他のどんな剣の使い手よりも強かった。剣の達人だ」


 魔王はかつてを懐かしむように話した。彫刻家は魔王がまるで見てきたように話すので、面食らっていた。


 「あいつは一人で来た。実力は互角で長い間、剣を交えることになった。片方が隙をつこうとしても、必ず片方が防いだ。不思議なことだが、あんなに楽しい剣の勝負は今までなかった。自分の剣の技量をもっと試したくなった。それは勇者も同じらしかった」


 フィルは初めて聞く話だと思った。魔王は剣での戦いが得意だったようだ。読んだことのある本にも魔王が闇の剣を持っている様子が描かれたものがあった。そういえば、今は闇の剣を持っていない。魔王城にあるのだろうか。


 三人はいつの間にか運河にかかる橋の上まで来ていた。大きな橋で馬車がすれちがえるぐらいには広い。この橋を渡ると大通りのお店だ。


 フィルはふと、運河に目を向けた。運河の上に何か黒いものが浮かんでいる。小さくて誰も気づいていないが異質な光景だ。その黒いものはあの闇の魔物だった。フィルが立ち止まったので魔王と彫刻家もつられて立ち止まった。


 「ねえ、あれって」

 「また、あの魔物か。性懲りもない」


 魔王は闇の魔物を魔法で攻撃しようとしたが、運河のなかほどに浮いている魔物には届きそうもない。


 「仕方ない。ドラゴンを呼ぶか」


 魔法か何かで呼び出すのかなと思って見ていると魔王は懐からメモを取り出した。なぜか欄干に留まっている小鳥へ近づいてメモを渡そうとする。


 「待った待った。テレパシーとかで呼ぶんじゃないの」

 「なんだ、それは。そんなことはできんぞ。鳥に手紙を持たせて伝えてもらう」

 「魔王なのに、なんでそんなファンシーな方法なのよ。だいたい、鳥の言葉が分かるの?」

 「鳥の言葉は分からんが、文字を書くときに魔力を乗せている。文字にかかった魔力が鳥に行き先を伝えるのだ」


 すごいんだか、すごくないんだか、よく分からない。魔王は何とか小鳥に近づいてメモを渡そうとするが逃げられてしまう。


 その様子を屋根の上から見ているハヤブサがいた。このハヤブサは魔王の部下の一人、ハヤブサの化身の弓使いだった。彼もかつて勇者と出会い、眠らされた一人だった。魔王が封印されてからは人の姿で山奥の村で暮らしていた。魔王が目覚める時を待っていたのだ。


 ハヤブサの化身、リシャールは目の前に魔王がいたのに驚いた。何百年も眠っていたのにそのことを一向に気にしていないのが彼らしい。リシャールは時折、ハヤブサの姿に戻って城下町へやって来ていた。山奥にいたのでは情報が入ってこないからだ。まさか、とうとう魔王本人と城下町で再会できるとは。


 リシャールは屋根から飛び立ち、橋の欄干に降りた。ハヤブサを見た小鳥たちは逃げていく。魔王はリシャールを見ると何かに気づいたようだった。魔王からメモを受け取るとリシャールは何も言わずに羽ばたいた。今もこの方法で連絡をとっているとは、懐かしいとリシャールは思った。リシャールはメモの文字から城下町の外にドラゴンもいることを知った。風に乗って上空高くに舞い上がると白い竜が平原にいるのが見えた。


 リシャールが飛び去ってほどなくしてドラゴンがやって来た。彫刻家は空から大きなドラゴンが飛んで来たので心底、驚いてしまった。


 魔王は橋の上から飛んで来たドラゴンの背に飛び乗った。ドラゴンは魔王をその背に乗せると運河の上を飛んでいく。それを彫刻家はただぼんやりと眺めていた。まるで伝承の魔王とドラゴンのようだと感じた。彫刻家は何かがつかめた気がした。今までぼんやりと眺めていた勇者と魔王の戦いが急に色彩を帯びて見えた気がした。


 ドラゴンに乗った魔王は運河の上を飛んで逃げる闇の魔物を追いかけた。闇の魔物は空を飛んで逃げていたが、運河の水にとりついて移動を始めた。不自然に水面が波うつ。あそこまで素早く移動されると魔法が当てられない。


 「魔王様」


 すぐ傍で自分のことを呼ばれて振り向くと一羽のハヤブサが飛んできた。その声を聞いた途端、魔王は部下のリシャールであることが分かった。


 「おお、リシャールか」

 「ようやくお目覚めになりましたな」


 リシャールは人ではなくハヤブサの化身であったため、この数百年を生き抜くことができたのであった。そうしながらずっと魔王が目覚めるのを待っていた。


 「この老骨、魔王様のお役に立てとうございます」


 そう言うや否やハヤブサは一人の弓矢を持った老人の姿に変わる。背にはハヤブサの翼が生えている。

 リシャールは加速しつつ、水面にいる闇の魔物に近づくと振り向きざまに矢を射かけた。驚いた闇の魔物は水にとりついたまま、空へ逃げた。水でできた魚のような姿になって飛んでいく。


 「リシャール。お前はあの塔の上で待機しろ。魔物をそこまで誘導するから、やって来たら射落とせ」

 「しかし、それでは…」


 その方法は魔王の身を危険にさらすことになるので、リシャールはためらった。


 「これはお前にしか頼めないことだ」

 リシャールは魔王にそこまで言われ、ためらいを捨てた。

 「心得ました」


 リシャールはドラゴンの傍を離れると物見のための高い塔の屋根の上へ向かって飛んだ。リシャールが飛び去ったのを見届けた魔王は闇の魔物に向かって軽く魔法を放った。攻撃を受けた魔物は逃げるのをやめ、魔王を追ってきた。魔王を乗せたドラゴンは全速力で逃げ始める。


 ドラゴンは魔王と共に巧みに建物の合間を縫って飛んだ。いくつかの背の高い建物を回り込み少しずつ物見の塔へ近づいていく。怖がりな性格のドラゴンだが、魔王とはずっと一緒に空を飛んできたので彼と一緒だと安心できた。


 「そろそろ塔に着くよ」

 「上に着いたら、すぐに右にそれるんだぞ」

 「分かった」


 ドラゴンは勢いをつけて塔に沿って上へ飛んでいく。闇の魔物もついて来た。そして、塔の頂上まで着くと不意に右にそれて急降下した。闇の魔物は巨大な魚の姿をしていた。その巨体では、そのような急な動きにはついていけない。


 塔の頂上には弓をつがえたリシャールが待ち構えていた。ドラゴンの後ろをついて上がってきた闇の魔物の弱点をリシャールはハヤブサの鋭い眼で瞬時に捉えた。リシャールの放った矢は正確に魔物の弱点を射抜いた。闇の魔物は射抜かれた瞬間、弾けて消えた。


 さて、魔王がハヤブサに戻ったリシャールと一緒に橋へ戻ってみると城下町はちょっとした騒ぎになっていた。町に闇の魔物が現れたせいもあるが、大きな白い竜が町中を飛び回ったのだから無理もない。資材を買ったフィルはややこしくなる前に出ようと言った。


 フィルは魔王と一緒にドラゴンに乗って飛び上がった。橋の上には人だかりができかけていた。

 ふと、近くの塔の上に彫刻家が登ってきて手を振っているのが見えた。人だかりを避け、ドラゴンに乗った二人の見える位置まで来てくれたのだ。


 「みなさんのおかげでアイディアが思いつきました。ありがとう!」


 そう叫ぶと、飛んでいく白い竜が見えなくなるまで手を振ってくれた。彫刻家は晴れやかな顔をしていた。もう悩みはなくなっていた。











 若き彫刻家はその後、一心不乱に作品づくりに取り掛かった。思いついたアイディアを早く形にしたかった。


 出来上がった作品をパーティで披露した時、招かれた貴族たちからは感嘆の声があがった。竜に乗って飛来した魔王と、それにたった一人で立ち向かう勇者の石像だった。その像には今にも動き出しそうな躍動感があった。パトロンである貴族にも褒められたが、それよりも自分の納得のいく作品が完成したことが嬉しかった。


ただ、魔王がやはり怖くなってしまったのは申し訳なかったなあと内心、思った。


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