第3話 魔王と氷の騎士
「こんな所で遊んだら危ないでしょ」
フィルは村の子どもたちに注意した。子どもたちは不服そうにフィルを見てくる。ここで遊ぶのが楽しいらしく、怒られて不満そうだ。
「ここは変な魔物が出るんだから」
フィルはあれから時々、魔王の部下探しを手伝っていた。本人は自分で探すと言って聞かないが、覚えているのは数百年前の地理だ。現在の地理に疎い魔王に質問責めにされるのが面倒で結局、ついて行っている。代わりにフィルの用事もたまに手伝ってもらっている。今日はこの辺りにかつての部下の氷の騎士が住んでいたというのでつれて来たら、住処が廃墟になっていたのだ。
氷の騎士はフェンリルの牙を研いで作ったあらゆるものを凍てつかせる呪われた剣を持った騎士だったそうだ。思ったよりも強そうな感じだが、この前のドラゴンのことを考えると本人はイメージと違うのかもしれない。
氷の騎士は人ではなく妖精や精霊に近い薄雪の民という種族で、代々、氷の剣を受け継いでいた。フェンリルは氷の精霊でありながら半分は魔物でもある氷の狼だ。その牙には強すぎる冷気が宿っていた。フェンリルは自然に牙が生え変わる時期がある。フェンリルの抜けた牙から作られた剣は強大な氷の魔法の力を宿していて、周りにある物全てを氷漬けにした。強すぎる力に呪われているとまで言われるようになった。
その氷の騎士を探すためかつての住処を訪れたら、住処の廃墟で子どもたちが遊んでいたのだ。廃墟と言っても建物の形は残っておらず、森の中に石の壁の一部が点々と残っているだけだ。数百年も経ったのでそれもおかしなことではない。
子どもたちにとっては隠れる場所も多いここは格好の遊び場になった。最近は闇の魔物も出て危ないので近づかないように言い聞かせているが、面白いので何回も遊びに来てしまう。
フィルが子どもたちを注意していると、あらかた廃墟を調べた魔王が戻ってきた。
「あー、魔王のおじさんだ」
「おじさん、きれいな石ころ見せて」
子どもたちは魔王を知っているのか、わらわらと集まってきた。
「いつの間に仲良くなってるの」
「この前、川で遊んでいるのに付き合ったのだ」
「おじさん、きれいな石ころ見つけるの、うまい」
子どもたちはよく村の傍を流れている小川できれいな石を探す遊びをしていた。それに付き合ってあげたらしい。それにしてもきれいな石を見つけるのが得意とは意外な特技があるんだなと感心しかけ、フィルはぶんぶんと首を振ってその考えを打ち消した。魔王の特技がそれでいいのだろうか。
「お前たち、これを見たら帰るんだぞ」
そういうと魔王はどこかから取り出したきれいな色の小さな石を子どもたちに渡した。子どもたちはそれをもらって楽しそうに帰って行った。廃墟遊びには飽きたらしい。
「今の石、どこから出したの」
「ポケットだが?」
「そういうの、いつも持ち歩いてるの?」
「珍しい物は持って帰りたいからな」
まさか自分の部下の魔物たちともこういう風に遊んでいたのではないだろうか。そう思うと、勇者が魔王の扱いに困って封印したのも分かるような。
フィルは気を取り直して、話題を変えた。
「最近、ここで遊ぶのが流行っているみたいなんだよね。子どもたちは肝試しもしているみたい」
「肝試し?」
魔王がぴんときていないようなのでフィルは慌てて説明した。
「ここって夜にお化けが出るって噂があって。夜に人影を見たとか。だがら、夜に肝試しに来る子どももいるから」
肝試しをしていて人影を見た子どももいた。噂には尾ひれがついて、やがて村の子どもたちの肝試しスポットになったのだ。昼間は全く怖くない陽光差し込む穏やかな森だが、夜は不気味になる。
「人影か」
魔王は考え込みながら、廃墟を眺めた。それから、思いついたようにこう言った。
「夜にもう一度、ここへ来るぞ。肝試しだ」
いきなり肝試しをしようと魔王が言い出した時には、何を言っているんだろうと思った。だが、魔王はこの廃墟に氷の騎士が隠れているかもしれないと言う。
「この辺りから魔法の気配を感じる。結界でも張って隠れているのかもしれん」
そういうわけでフィルと魔王は夜に廃墟を再び訪れた。ちなみに肝試しと聞いてドラゴンはお化けが怖いから行かないと言ってついて来なかった。
子どもたちは昼間にあれだけ言ったからか、肝試しに来ていなかった。
「本当に肝試しするの?」
「肝試しをしていて人影を見たというのなら、同じ手順を踏まねばなるまい」
と言いつつ、魔王が肝試しをしたいだけなのではという気がするフィルだった。
「肝試しは廃墟の一番奥に行って戻って来るってだけだから、それで行ってみよう」
フィルを持ってきたカンテラを前に出した。カンテラの光は明るいが、それでも照らしてくれるのは足元だけだ。思ったよりも暗い。森の木々が真っ暗な中、枝を張り出しているのが気味悪く見える。とりあえず歩き出したが、怖くてなかなか先に進まない。
「何か薄気味悪い所だな」
気づくと魔王が微妙に後ろからついて来ている。
「まさか怖くなったんじゃないよね。行きたいって言ったのは魔王でしょ」
「怖くなんかない。勇者の末裔よ、さっさと前に進め」
「魔王が先に行ってよ」
そう話している拍子に魔王が小枝を踏みつけ、その音に驚いた鳥が一斉に飛び立った。
二人は思わず顔を見合わせたが、鳥のせいだと気づくと胸をなでおろした。
「こんな所、さっさと行って帰るよ」
フィルは何とか勇気を振り絞って前へ歩き始めた。廃墟を進むと、森の木々が減っていき足元が見やすくなってきた。昼間に陽光が差し込んでいた所からは月の光が差し込んでいる。魔王が空を見上げると、小さく空に月が輝いているのが見えた。二人とも少しだけ怖いという気持ちが薄らいできた。もちろん廃墟の石の壁の傍を通るとその暗がりが不気味に感じた。そちらは見ないようにして、ひたすら足早に歩く。
あと少しで廃墟の奥まで着くというところで急に霧が出始めた。
霧が出るような季節ではないはずだ。このまま前が見えなくなったら森で迷子になってしまう。フィルはすぐに引き返そうと思ったが霧はどんどん濃くなっていく。フィルは思わず立ち止まった。後ろを振り向いたが魔王の姿も見えない。
やがて霧の向こうから誰かがやって来る気配がした。霧の中にランタンの明かりがともっているのが見える。ランタンを持っている所を見るに、どうやらお化けではなく人のようだ。ランタンの明かりはフィルの前で立ち止まった。
「こんな時間にここを歩いていると、危ないですよ」
こちらを心配するような声だ。もしかして、この近くに住んでいる人なのだろうか。だけど、ここに人が住んでいるという話は聞かない。フィルは警戒しつつも答えた。
「すみません。道に迷ってしまって」
「おい、勇者の末裔!」
「魔王?」
フィルの後ろから魔王が追いかけて来た。魔王は霧の中でも道が見えているのか、あまり霧に困っていない。
「これは普通の霧じゃない。魔法で作られたものだ。さっさと森を出るぞ」
「え、魔王様…?」
フィルと魔王が会話をしているのを傍で聞いていた声の主が動揺したように呟いた。
「誰だ? 私を知っているようだが」
声の主はどう答えたものか迷っているようだった。
「この時間はおかしな魔物もいて危険です。よかったら、こちらへ」
そう言うと霧の向こうへカンテラは遠ざかっていく。フィルと魔王は明かりを追いかけて行った。
少し歩くと、すぐに霧が晴れた。そこには一軒の石造りの家が建っていた。さっきの廃墟と造りが似ている。家の入り口にはカンテラを持った少年が立っていた。フィルより少しだけ年上に見える。腰には剣をさしている。魔王は少年の剣を見ると、驚いたように言った。
「それは氷の騎士が持っていた…」
「じゃあ、この人が?」
「いや、別人だ」
「氷の騎士は俺のご先祖様です。彼は天寿を全うしたと聞いています」
彼はジェイドと名乗った。ジェイドは氷に似た色の瞳を持ち、少しだけ氷の魔法の力をまとっていた。ジェイドが氷の騎士と同じ薄雪の民というのは間違いないだろう。
ジェイドは二人を家の中に入れてお茶を出してくれた。そして、氷の騎士のことについて知っていることを話してくれた。
薄雪の民は妖精や精霊に近いと言っても寿命は人間と同じぐらいだという。氷の騎士はずっと魔王城の近くのこの森で魔王が目覚めるのを待ち続け、やがてこの世を去った。自分の子孫たちに氷の剣を託して。薄雪の民は今もずっとフェンリルの氷の剣を受け継いでいる。数百年も経った今、氷の騎士はジェイドの遠いご先祖様だという。
ジェイドは最近、一人前と認められてフェンリルの氷の剣を受け継いだばかりだった。剣を受け継いだ後は修行のため親元を離れて、かつて氷の騎士の住処があったこの地に住む習わしになっている。この家の周りに魔法の霧を作って家そのものを隠しているらしい。魔物から見つからない結界の役目も持っている。子どもたちが見た人影は夜に水を汲みに外に出たジェイドだったのだ。
ジェイドの家の裏手には大きな氷の騎士の像が祭ってあった。フィルと魔王はジェイドに案内されて氷の騎士の像を見に行った。足元には花が供えてある。ジェイドが供えたものだった。
「そうか。お前はもう、いないんだな」
石像を見てそう呟いた魔王の横顔はどこか寂しそうだった。自分が封印されている間に仲間がいなくなったのだから無理もない。
ジェイドとフィルはしばらく魔王をそっとしておくことにした。ジェイドは幼いころから氷の騎士と魔王の話を聞いて育った。彼はずっと魔王に憧れていた。本当はつれて行ってほしいと思っていたが、とてもそんなことは言えなかった。
ジェイドはフィルと家に戻ろうとした時、魔物が霧の結果を破ろうとしていることに気づいた。それと同時に森から闇の魔物の叫び声が聞こえた。
「ご心配なく。俺が見てきます」
ジェイドは二人にそう言って剣を手に結界の外へ出た。ジェイドからここにいているように言われたフィルと魔王だったが、そういうわけにはいかないので二人でジェイドを追いかけた。
霧の結界を抜けると、外ではどこからやって来たのか闇の魔物が暴れていた。魔王を追いかけて来たのだろう。
魔王は再び闇の魔法で攻撃したが、闇の魔物はするりと森の中の木の陰に溶け込んで隠れてしまった。引きずり出すのは難しい。光の魔法を使おうかと悩んでいると、空から声が聞こえて来た。
「魔王様―!」
はっとして空を見上げるとドラゴンがこわごわ飛んでくるのが見えた。
「遅いから迎えに来たよ。お化け、いないよね?」
肝試しは行かないと言ったドラゴンだったが、魔王とフィルがなかなか帰って来ないので心配になって様子を見に来たのだ。
魔王はドラゴンが来たので、あることを思いついた。竜は生まれつき竜特有の魔法を使うことができる。それはこのドラゴンも例外ではない。特にエルダーである彼は強力な竜の火の魔法を操ることができた。竜の火の魔法を全ての魔物は恐れている。特にエルダーの魔法ならなおさらだ。その力で闇の魔物を引きずり出すことにした。
魔王はドラゴンの背に乗ると、再び空へと翔けた。
「ちょっと自信ないなあ」
魔王からそのことを聞くとドラゴンは困ったように言った。火を吐くのはなんでもないことだが、竜の火の魔法を使うのは苦手だった。
「お前ならきっとできる。だから、頼むぞ」
背中にいる魔王は確信を持ってそう言った。そう言われると元気が出た。
「魔王様がそう言うんなら、ぼく、頑張るよ」
ドラゴンは目を閉じて集中する。やがて頭上に炎が生まれた。決して大きな炎ではないが竜の魔法なので辺りを煌々と照らした。すると木の陰に潜んでいた闇の魔物が驚いて飛び出して来た。
魔物が飛び出して来た時、すぐに動いたのはジェイドだった。ジェイドは剣の柄に手をかけずっと闇の魔物が動かないか見張っていたのだ。ジェイドは氷の剣で魔物を一刀両断した。闇の魔物は凍りつきながら消えていった。
フィルはジェイドの剣さばきに感心した。しかし、ジェイドの様子がおかしい。ジェイドの手が凍り始めている。フェンリルの氷の剣が暴走しているのだ。冷気が刃から伝って手や腕、足を凍りつかせようとしている。
ジェイドの様子がおかしいことに魔王とドラゴンも気づいた。慌ててジェイドの傍に戻ってくる。魔王はジェイドの様子を見て全てを察した。
魔王はためらいなくジェイドの持っている剣を握ると剣を鞘に戻し始めた。当然、魔王の手も腕も凍りつき始める。
「魔王様!」
「お前は絶対に剣から手を放すな」
魔王はジェイドにそう言うと力ずくで剣を鞘に戻した。剣が鞘に戻るとフェンリルの冷気は消えていった。
「二人とも大丈夫?」
ドラゴンが心配そうに近づく。ドラゴンの頭上にあった炎も一緒に近づくと、二人の体に付いていた氷が溶けた。
「魔王様、ごめんなさい。俺が未熟なばっかりに」
一人前として認められたといってもジェイドはまだまだ修行中でフェンリルの氷の剣の力を完全に操れるわけではない。無理をして力を使うと、今のように暴走する。
一方、魔王は凍りつきそうになったことを全く気にしていなかった。
「氷の騎士もその剣の力には手こずっていた」
氷の騎士と出会った時も氷の剣が暴走して困っていたらしい。その時も今のように二人で力を合わせて剣を鞘に戻した。氷の騎士は助けてもらったので仲間になったらしい。
「お前も一緒に来ないか?」
魔王の言葉にジェイドは驚いて、しばらくぼーっとしてしまった。まさかそう言われるとは思っていなかったから。
「でも、いいんですか? まだ、うまく剣を使えないのに」
「構わんぞ。魔王軍はお前を歓迎する」
「ぼくも怖がりを直したくて、魔王様について行ったんだ。だから、気にしなくていいと思うよ」
こっそりドラゴンがジェイドに耳打ちした。ジェイドは嬉しそうにほほ笑んだ。
こうして氷の騎士の子孫であるジェイドが仲間に加わった。ジェイドは憧れの魔王について行くことができて、とても嬉しかった。早速、故郷の両親にそのことを手紙で知らせた。
なんとか二人目の部下と出会った魔王。だが、魔王軍が再結集するまでの道のりはまだまだ遠いのだった。
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