第2話 魔王とドラゴン

 「おじさん、どうだった?」


 魔王が気になったフィルは魔王城の入り口まで様子を見に行った。そこには、ものすごく落ち込んでいる魔王がいた。切り株に座って頭を抱え、誰が見てもわかるような落ち込み方をしている。


 「何かあった?」

 「魔王城が知らん奴に乗っ取られていた」


 何を言っているか全く理解できなかったが、かなり深刻そうなので、ちょっとかわいそうになってきた。そもそもこの言い方だと城の中に入ったような口ぶりだが、どうやって入ったんだろう。というか、乗っ取られたということは城の中に誰か居座っているんだろうか。それが本当なら、大問題だが。


 「だいたい、魔王城の中にどうやって入ったの」

 「それは普通に鍵を開けて。我が城だし」


 お前も自宅ではそうするだろうと言わんばかりだ。このおじさん、いつまで魔王ということでいくんだろうか。いや、もしかして、魔王城の鍵を開けられるということは本当に…?いやいや、ないないとフィルは頭の中で否定する。


 「よくわからないけど、元気出してよ」


 そう話しかけようとして、森の木の陰から魔物が飛び出してきた。とっさのことにフィルは身動きが取れなくなってしまった。あのおかしな闇の魔物が出るから注意していたのに、こんな所にも出てくるなんて。


 「また、こいつか。私は落ち込んでいるんだから、後にしろ!」


 魔王はそう言うなり、闇の魔法を全力で放った。魔物は魔法をもろに喰らって消し飛んだ。魔王は魔法を放ってみて、以前よりもやはり威力が落ちていることを痛感する。それどころか、この程度の魔法の連続使用で息があがっている。分身の姿では戦うのにも限界がある。


 一方、フィルは魔王が魔法を使ったことに驚いた。魔法使いでもない一般人が魔法を使うことはほぼないからだ。魔法を使うには、魔力を魔法に変換する魔法体系という知識が必要になる。精霊と契約して魔法体系を貸してもらうか、魔法体系が記録された魔術書と契約するか、どちらかの方法をとることになる。魔法の専門家である魔法使いたちはそのどちらかの方法を学んで、魔法を使えるようになる。その上で、うまく魔法を使うための修練も積む必要がある。精霊や魔術書と契約したら、すぐに魔法が使えるというものでもない。それなのに魔王は当たり前のように魔法を使ったのだ。


 「おじさんって魔法が使えるの?」

 「魔法ぐらいお前も使えるだろう」

 「魔法使いじゃないんだから、無理だよ」

 「勇者は使っていたぞ。普通に」


 そうだったんだと妙に納得しかけてフィルは我に返った。


 「とにかく、いつまでもこんな所にいたら危ないよ」


 フィルは半ば強引に魔王を町へつれて行った。そうでもしないと、ずっと森の入り口で落ち込んでいそうだ。魔王は思ったよりも素直についてきた。さっき魔物を撃退して、ちょっと気分がましになったのだ。


 フィルとしてはさっさと馬車を拾って村に帰りたかった。しかし、町に戻ってみると多くの人が慌ただしく移動を始めていた。行きは空いていた馬車の乗り場も長蛇の列だ。思わずフィルは何かあったのかと周りの人に尋ねた。


 「何って、すぐ近くの谷で眠っていたドラゴンが暴れてるんだよ! ずっと谷でじっとしていたと思ったら、急に暴れ出して。迷惑な話だ」


 谷間に大きな白いドラゴンがいつの間にか住み着いていて、急に暴れ出したという。そんなドラゴンがいたなんて初耳だ。あまりにおとなしかったので今まで話題にあがらなかったらしい。そんな物騒なことが起こるなんて、さっきの闇の魔物に襲われたのといい、災難続きだ。町にいた人たちは逃げるために馬車の乗り場に詰めかけていたのだ。


 フィルは何とか馬車に乗って早く逃げようと思った。が、魔王は白いドラゴンと聞くと慌てて尋ねた。


 「そいつはエルダーという珍しい種類のドラゴンか?」

 「さてね。学者連中がそういうようなことを言っていたと思うがね」


 それだけ聞くと、魔王はなぜか谷のある方へ向かおうとする。


 「そっちはドラゴンが暴れている方だよ!?」

 「そのドラゴン、我が部下かもしれん」


 フィルは耳を疑った。だが、魔王の真剣な様子に冗談を言っているようには見えなかった。


 「魔王のかつての部下ってこと? でも、勇者と魔王の戦いは何百年も前の出来事だよ」

 「エルダーは最も長命な竜の種だ。数百年ぐらい訳なく生きている」


 そんな簡単にそこら辺に魔王の部下がいるのは困るなと思いつつも気になるのでフィルはついて行くことにした。


 谷に着いてみると、大きな白いドラゴンが大暴れしていた。辺りの岸壁を爪や尻尾で破壊している。魔王の部下というだけあって凶暴な竜なのだろうか。


 「おかしい。あいつが暴れているところは見たことがないぞ」

 「いつもああじゃなかったの!?」

 「怖がりで、昼寝の好きな奴だったな」


 思っていたのと、だいぶ違うなとフィルは思った。魔王の部下なのに吞気すぎる。


 フィルは魔王と一緒にじっとドラゴンを見ていたが、ドラゴンの周りに薄く黒い霧がまとわりついているのに気付いた。


 「ねえ、あの黒いのって」

 「あのおかしな魔物にとりつかれたのか…!」


 この闇の魔物は魔王城を乗っ取った青年が呼び出していた。きっと魔王の行く先に闇の魔物を放ったのだろう。城を乗っ取っただけでなく、自分の部下にまで手を出すとは。


 魔王はドラゴンを鎮めるために一歩、前に出た。


 「もしかして、止めるの?」

 「部下が困っていたら、助けるのが魔王の務めだろうが」


 魔王ってこういう感じなんだっけとフィルは考えた。ちょっと考えて、細かいことを考えるのはやめておくことにした。


 「お前は岩の後ろにでも隠れておれ。あいつは火を吐くからな」

 「えっ、そんなの聞いてない…」


 フィルが言うか言い終わらないうちにドラゴンは炎を吐き出した。魔王の姿が炎に呑まれて見えなくなる。だが、魔王は慌てる様子はない。闇の魔法で障壁を作り出し、炎を防いだ。


 とりつかれた魔物を追い払うのは、闇の魔法ではできない。魔王が生まれついて使うことができるもう一つの魔法を使う必要がある。あの魔法は魔王っぽくないのであまり使いたくないが、そんなことを言っている場合ではない。数百年ぶりに使うが、何とか使えるだろう。


 ドラゴンが尻尾で薙ぎ払ってきたのを跳躍してかわすと、魔王はドラゴンの背につかまった。ドラゴンは魔王を振り落とそうと暴れる。


 「こら、暴れるな!」


 フィルがはらはらしながら見ていると、魔王がドラゴンの頭の上に何とかよじ登ったのが見えた。魔王が魔法を使い始める。


 「私の部下を返してもらうぞ」


 魔王はドラゴンの額に触れ、魔法をかけた。淡い金色の光が辺りを包む。フィルの目には光の魔法のように見えた。フィルは首をかしげた。魔王は光の魔法を使うものだろうか。

 金色の光に包まれたドラゴンは暴れるのをやめ、その場に倒れた。


 「いてててて…誰? せっかく寝てたのに」


 ドラゴンが頭をおさえつつ、起き上がった。さっき暴れていたのが嘘のように穏やかな声をしている。


 「お前は闇の魔物にとりつかれて、大暴れしていたんだぞ」


 ドラゴンは魔王にそう話しかけられると、大きな丸い目で魔王を見つめた。途端、ぱっと笑顔になる。


 「あ、魔王様だ!」


 ドラゴンがなんのためらいもなく、そう呼んだのでフィルは驚いてしまった。


 「このおじさん、本物の魔王だったの!?」

 「そうだよ。この人が魔王様だよ」

 「いくら魔王だと言っても信じなかったからな」

 「だって目の前に歴史上の人物本人ですって言って現れても、すんなり信じられなくない!?」


 しかも魔王本人が伝承のイメージと全然、違う。


 「本当に世界を支配しようとした魔王なんだよね」

 「そうだな。目標は大きい方がいいからな」


 意味、分かって言ってるんだろうか。


 「魔王の部下って当時は何をしていたの? 人間を食べちゃうとか?」

 「え、食べないよ。ぼくは炎しか食べないし。そんなの怖いよ」


 なぜかドラゴンの方が怖がっている。


 「もしかして魔王城に集まって遊んでいただけ?」

 「うん。集まってたよ。よくお昼寝してた」


 もしかしてと思うが、魔王っぽいという理由だけで世界を支配と言っていただけなんだろうか。フィルは勇者が魔王を封印した理由が初めて分かった。強すぎて封印するしかなかったのかと思ったが、そうではない。魔王の扱いに困って封印したのだ。


 「勇者が来た後、お前はどうしていたのだ?」

 「えーっと、勇者さんが来たら追い返そうと思って。だけど、魔法をかけられて眠くなって、ちょっとお昼寝してたんだ。そうしたら風景が変わってて」

 「エルダーの言うちょっとは当てにならんからな。大方、百年ぐらいは眠っていたんだろう」


 どうやらあまりに長命すぎて時間感覚がかなり大雑把らしい。何百年も経ち、魔王がどうしているのか分からなくなっていたようだ。一人でうろうろしているうちに闇の魔物にとりつかれたのだ。


 魔王は自分も封印されていて、やっと目覚めたことと魔王城が何者かに奪われていたことを伝えた。


 「大変だ。そんなことになっていたなんて」

 「正直、どうしていいかさっぱり分からんな」

 「みんなを集めようよ。魔王様なら、きっとみんなを見つけられるよ」


 ドラゴンが明るくそう言う。魔王はそうだなと頷いた。


 「よかろう。ならば、魔王軍を再結集し魔王城を奪還しようではないか!」


 ドラゴンは嬉しそうに返事をした。それをフィルは本当に大丈夫かなと思って見ていた。


 「ところで、魔王軍ってどれだけいたの?」

 「5人」

 「少なっ!それって軍じゃなくない?? 幹部が5人ってことじゃなくて?」

 「5人で全員だったよ」

 「少数精鋭だったのだ!」


 少数すぎるだろう。その5人も1人がこんな呑気なドラゴンなら、他のメンバーもそういう感じかもしれない。魔王軍が全員揃ったところで、魔王城を取り戻せるのだろうかという気がしないでもない。


 とにもかくにも、魔王はかつての部下たちを再び探し出すことに決めた。フィルはとんでもないことに巻き込まれたのではと今更、気づいた。


 ドラゴンが暴れたせいで町が大騒ぎになったので、別の場所へ移動することになった。フィルが自分の村の北にある穏やかな森を教えてあげると、そこに住むことにした。


 「帰りはぼくが送っていってあげるよ」


 ドラゴンは魔王とフィルを乗せて村まで飛んで行った。魔王もさすがに空は飛べないらしい。フィルはドラゴンの背に乗ったことがなかったので必死にしがみついていたが、魔王は慣れているようだった。


 「前もこうやって、よく月夜を散歩したな」

 「懐かしいよね。ところで、その勇者さんにそっくりな人は誰?」


 今更、ドラゴンもフィルのことに気が付いたらしい。かなり前から一緒にいたのだが。


 「こいつはな、勇者の末裔だ!」

 「よろしくね。勇者の末裔ちゃん」

 「やっぱりわたしの名前、覚える気ないでしょ」


 若干の不安を抱えつつフィルは空の上から自分の村を眺めた。自分の家の宿があんなに小さく見える。不安だが、少しだけ面白そうだと思っているフィルであった。

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