ものすごく前向きな魔王様と勇者の末裔ちゃん
kuroa
第1話 魔王、目覚める
その昔、世界を支配しようとした魔王がいた。魔王は魔物を従え、強力な闇の魔法を操っていた。そして、自身の魔法で作り出した闇の剣を持っていた。闇の剣を持った魔王の力は絶大だったという。
そこに一人の勇者が現れた。勇者は妖精の王から光の剣をもらうと、たった一人で魔王に立ち向かった。激しい戦いの末、勇者は魔王を討ち倒し、魔王を深い眠りの中に封印した。
魔王が封印されて、数百年が経った今、勇者と魔王の戦いは歴史上の出来事として語り継がれている。
激しい戦いを最後に制したのは勇者だった。闇の剣は弾き飛ばされ、遠くの地面に突き刺さっている。
勇者は魔王が思いのほか、強かったので驚いていた。剣の達人であった勇者は、いつも負けなしだった。それゆえ、周りの人から疎遠になっていることも多かった。
そんな時だ。魔王のうわさを聞くようになったのは。魔物をたばね、その王となり、世界を支配しようとしている。しかし、そのようなことを豪語するわりに、この魔王はどこか抜けていた。世界を支配すると言いつつ、大して何もしていない。意味が分かって言っているのかも怪しい。魔物をたばねるといっても、従っている魔物の数はせいぜい片手で数えられる程度だ。しかも、こちらもどこか、のほほんとしている面々ばかりだ。
だが、魔王城を作り、そこに魔物が集まっているのも事実。放っておけなくなった国王は魔王を倒す勇者を募った。要は魔王を何とかしてこいという面倒な役である。当然、誰も行きたがらない。
それに一人だけ、手を挙げた青年が後の勇者だった。故郷で強すぎる剣の腕を持て余し、一人で過ごすよりは、魔王を倒す旅に出る方が面白いだろうと思ったのだ。そして、青年は勇者と呼ばれるようになった。
そんな成り行きで勇者になったので、魔王が本当に強かったことに驚いたのだ。剣を交えてわかったのは、彼も勇者と同じく剣の達人であるということと、さほど何も考えていないということだった。魔王っぽいから、世界を支配すると言っているだけで、細かいことは考えていない。
だから、勇者は魔王を眠らせることにした。妖精の王に教わった深い眠りにより、相手を封印する魔法を使った。
「何をするつもりだ!」
「君を眠らせることにした。遠い未来まで」
「おのれ…私は必ず再び、目覚める。その時にはもう、お前はおらんだろう」
しゃべる言葉は魔王らしいんだけどなあと勇者は微笑む。
「大丈夫。勇者の意思を継ぐ人が、また現れるから」
こうして魔王は深い眠りの中におちていった。魔王は抗いがたい眠気に襲われながら、こんなことなら、夜更かししなければ良かったと思った。勇者が来ると思うと、気になって眠れなかったのだ。卑怯だぞと思いながら、魔王はぐうぐう眠り始めた。
だが、封印から数百年たったある日、封印が緩み始めた。肉体は眠ったままだったが、意識のみが目覚めた。魔王は自分の魔法で分身を作り、外へ出た。
「見たか、勇者!復活してやったぞ!」
魔王の大きな声が辺りにこだまし、びっくりした鳥が羽ばたいて行った。が、このセリフを聞いている人は一人もいなかった。というのも、魔王がいたのは人のいない平原だったのだ。
「どこだ、ここは?」
魔王城で勇者と戦って封印されたはず。多分、肉体は今も魔王城にあるのだろう。分身を作った時、分身を出現させる地点がずれてしまったようだ。
山に囲まれた盆地にある平原で足元には草花が生い茂っている。とりあえず歩いていくと、一人だけ人間がいた。どうやら草花を集めているらしい。その人間の顔を見て、魔王は歩みを止めた。何と勇者がそこにいたのだ。
「そこにおったか、勇者!」
ものすごい勢いで走って来る魔王を見て、明らかに人間は引いている。
「ここであったが百年目。今こそ決着を…」
「おじさん、誰? わたしは勇者じゃないけど」
少女の声がした。勇者は若い男だったはずだと思ってよく見ると、勇者によく似た少女が立っていた。面差しがとても似ていたので、見間違えたのだ。
「なんだ、人違いか」
「もしかして旅行の人? 勇者と魔王伝説のファンとか」
「違うぞ。我こそは魔王!」
意気揚々とそう告げた魔王に、少女は明らかに胡乱な目を向けてきた。魔王としては堂々と言ったつもりだが、全く信じていそうにない。
「なんでもいいけど、この辺りは勇者と魔王伝説の史跡とか名所とか、ほとんどないよ。わたしの村は勇者の生まれ故郷って言われているけど、そんな村、全国にあるし」
今度は魔王が首をかしげる番だった。
「どういう意味だ。お前は勇者の末裔なのか」
「えっと、そうなるかなあ。でも、勇者の末裔なんていっぱいいるでしょ。歴史上の偉人だし」
魔王との戦いから数百年。その間に二人の戦いは伝承となり、歴史上の偉人となった勇者の末裔と言われる者は国中に散らばっていた。勇者と魔王の伝承が残る場所は観光地になり、名所を巡る旅行者は毎年、たくさんいる。中にはかなり熱心なファンもいるのだ。勇者の生まれ故郷を名乗る村や町も複数、存在している。というのも、勇者の生まれ故郷は諸説あるからだ。
少女の家は、村で一つしかない宿を経営している。この田舎の村まで来る旅行者はあまりいないが、季節によっては宿が満室になることもある。少女は魔王のことを魔王の格好をした熱心なファンの一人だろうと思ったのだ。まさか伝承の魔王本人が目の前にいるとは思っていない。
「つまり、私が封印されてから何百年も経ったのか?」
「経ったのか?って聞かれても…」
「勇者の末裔、お前の村は勇者の生まれ故郷だといったが、どんな所なのだ」
「えーっと、村を観光したいの? 見る所はあんまりないと思うけど」
「勇者の故郷は一度くらい、見といてやらんとな」
いつまで魔王っぽいしゃべり方をするんだろうな、と呆れつつ少女は暇なので案内することにした。
「そうと決まれば、さっさと行くぞ、勇者の末裔!」
「勇者の末裔って…。わたしにはフィルって名前があるんですけど!」
さっぱり人の話を聞いていない魔王を追いかけて、フィルは走り出した。
フィルの村は自然の豊かなよく見かける村の一つだった。宿は一つのみで、後は民家がぽつぽつと建っている。魔王も数百年前、こういう人間の村は見かけたことがあった。その頃からあまり変わっている様子が見受けられない村なので、本当に数百年も経っているのか、魔王にはよく分からなかった。
一応、村の中心には光の剣を持つ勇者の石像が立っている。村長が勇者の生まれ故郷だから、石像ぐらい必要だろうと建てたのだ。
「勇者の生まれ故郷というのは本当らしいな」
「こういう村、多いんだけどね。宿には勇者と魔王の戦いのタペストリーがあるけど。それぐらいかな、うちの村は」
自分がどんな風に語り継がれているのか、わくわくしながら魔王はフィルについて行った。確かに宿の壁には大きなタペストリーが掛かっていたのだが。
「ちょっと顔、怖くない!?」
「そ、そうかな。魔王なんだし、怖いでしょ」
「いや、もうちょっとかっこよく描いてくれても」
「わたしに言われても」
「他に魔王の絵はないのか?」
「そうだね…」
フィルはタペストリーの傍に置いてある本棚から一冊の本を出してきた。その本棚には旅行者向けに勇者と魔王の伝説の本がいくつか置いてあるのだった。宿屋の娘として旅行者から質問があることが多いので、読んで内容は把握している。
「これとか、魔王だけ描いているけど」
魔王のみを描いた絵はあまりない。その絵は魔王の恐ろしさを伝えるため、魔王と付き従った魔物たちを描いているものだった。
「おお、これは我が部下たちがよく描けているな」
「そうなんだ」
フィルは適当に笑ってごまかした。思っていたより変わったおじさんだと思っていた。だけど、喜んで絵を見ている様子から悪い人ではなさそうな気もする。
絵には玉座に座る魔王とその部下の魔物が描かれている。魔王の左右にはドラゴンと闇の剣を守るグリフォンが控えている。他には氷の刃の剣を持つ騎士、弓の使い手、鳥の仮面をかぶった魔術師が描かれている。
「ところで、魔王城はどこにある?」
魔王はふと、魔王城のことが気になった。数百年も経ったのなら、肉体が封印された城はどうなっているのだろう。すると予想外の答えがフィルから返ってきた。
「魔王城なら、隣町にあるけど」
「思ったより近い所にあるな」
それなら、分身の出現した地点がずれたのも納得だ。それぐらいのずれなら、あり得る。
「中には入れないけど、外から見れるよ。でも、今はやめておいた方がいいと思う。変な魔物が出るから」
「変な魔物だと?」
「うん。闇の塊みたいな姿で突然、襲ってくる。それに、すごく強いし」
魔王城も観光名所になっているらしい。それにしても、魔王も知らない魔物がうろうろしているとは。これは一度、見に行っておいた方がいいだろう。そんな魔物がうろついていると、封印された自分の肉体が無事か不安になる。
「魔王城は我が居城。よし。今すぐ行くぞ、勇者の末裔!」
「話、聞いてた!? 危ないんだったら。まあ、いいけど。あと、わたしの名前、覚える気ないでしょ」
フィルの村から隣町に行くには乗り合い馬車に乗るしかない。広めの馬車に何人かの乗客が乗り合わせる形式の馬車だ。隣町に旅行者を案内したことはあるが、このおじさんを連れていくと目立つだろうなとフィルは思った。一抹の不安を抱えながらも、フィルは馬車乗り場へ向かった。
不安は的中した。魔王本人は全く気にしていないが、周りの客はものすごくじろじろと見てくる。フィルは知らないふりをしてやり過ごした。当の魔王は馬車に乗ったことがないのか、やたらはしゃいでいる。フィルは人生で一番、早く着いてほしいと思った。
「ここから先に魔王城があるけど」
フィルは森の入り口を指さした。隣町の森の中に魔王城はある。この先魔王城とかすれた字で書かれた看板が森の入り口に置いている。
「わたしはもう、ついて行かないからね!」
「そうか。ここまでの案内、恩にきるぞ」
慣れた足取りで魔王は魔王城へ歩いていく。大丈夫かなと思いつつ、フィルは魔王を見送った。
一方、魔王は魔王城の正門まで迷わずに歩いていく。数百年も経ったせいで周りの森の木々が増えている。だが、観光できるように道は整備されているので歩きやすい。
フィルの言ったように正門は鎖でぐるぐる巻きにされ、南京錠がさがっている。外から見るだけと言っていたように、中には入れないようになっている。
魔王は閉ざされた正門を無視して、塀を飛び越えた。そして、入り口の扉に手をかざす。魔王の力に反応して扉が勝手に開いた。数百年前と変わらない。
中に入ってみると、内部も変わりなかった。魔王が封印された影響で、城の中も変化がないらしい。一つ違うのは、とても静かだということだ。数百年も経ったのだ。部下たちは散り散りになってしまったのだろう。
だが、城内を歩いていて、おかしなことに気づいた。なぜか玉座のあった広間から妙な気配がする。しかも、大きな力の気配だ。
思いきって魔王は広間の扉を開け放った。自分がかつて座っていた玉座に見も知らぬ青年が座っていた。
「あれ、封印はまだ解けないと思ってたんだけど」
「だ、誰だ、お前は!?」
青年は不敵な笑みを浮かべる。
「まさか何百年も、自分の玉座が空のままだと思っていたの。だから、甘いんだよ」
青年が手を挙げると、陰から闇の魔物が現れた。フィルの言っていた変な魔物だ。
「僕が禁忌の小箱から解き放った闇の魔物だよ。なんの意思もないけど、その代わりになんでも僕の言うことを聞くんだ。僕はこの力で魔王になる。そして、この世界を支配するんだ」
「お前が魔王になるだと。笑わせるな。魔王は私一人だけだ。だいたい、なんだ。その禁忌の小箱っていうのは」
「なんだ。やっぱり、なーんにも知らないんだねえ」
青年の合図で一斉に魔物がとびかかってきた。魔王は自身の闇の魔法を魔物に放った。全力で放った魔法に、魔物は吹き飛んで消えた。だが、すぐさま別の魔物が何体も現れる。魔王はその魔物たちもまとめて魔法で薙ぎ払った。
「この子たちはいくらでも出てくるよ。いつまでその分身の姿がもつかな?」
痛いところを指摘された。この分身の姿では、いくら全力で魔法を使っても本来の自分の魔法より威力が下がってしまう。そもそも、あまり魔力を使いすぎると、この分身の姿も消えてしまう。そうなってしまったら、また眠ったままの肉体に戻るしかない。何もできなくなってしまう。
「お前はどうなんだ。お前だって魔力が尽きるだろうが」
「僕は平気だよ。この子を呼ぶのはほとんど、魔力を使わないし。ほぼ無尽蔵にこの子たちを呼ぶことができるんだ」
青年は複数の魔物で魔王を取り囲む。
「今日から、この城は僕のものだ。君はさっさと出て行きなよ」
一人で戦うには分が悪すぎる。悔しかったが、魔王は一人で魔王城を立ち去った。
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