6「記憶」

夏休みなった。


温水は、夏休み中のアルバイトはホテル勤務になった。

時間は、午後一時から午後四時までの三時間である。

曜日は、月曜日から木曜日の四日間。

お盆は休みである。

アルバイト推奨の学校でも、宿題時間も取れるように調整した。


駅前にあるホテルに向かう。

すると、何故か、初めてくる建物だが、中はどんな作りになっているのか、わかっていた。


一階が受付、ゲームセンター、コインランドリー、売店。

二階が食堂、喫茶店、美容室、ウェリング。

三階と四階が客室で、五階に大浴場がある。


そして、地下には職員の更衣室と、保管庫、社長室がある。


ホテル前にくると、ドアマンが声を掛けた。

ドアマンは、アルバイトの学生だと知ると、案内をした。

案内された場所は、やはり地下であった。

更衣室があり、制服に着替えて待つように言われた。


更衣室を見ると、とてもきれいにしてある。

ロッカーを見ると、一つ一つにネームプレートがあったが、一つのロッカーだけは、張られていなかった。

何故か、懐かしさを覚えている。


「あっ、そのロッカーは、誰も使ってはいけないんだ。」

「何故ですか?」

「神聖なロッカーだからと、確か女子更衣室にも同じ扱いをしているロッカーがあると言われていてね。理由は分からないけど、そう伝えられているんだ。あっ、こっちのロッカー使ってね。」


指示されたロッカーを開けて、自分の持ち物と着ていた服を備え付けのハンガーにかけた。


『おう、今日はよろしくな。』


そんな声が聞こえて来た。

振り向くと、そこにはドアマンの人がいるだけで、話かけてもいない様子。

制服に着替えると、この制服ではない感じがして、似合っているのかな。


「おお、制服似合うな。」


ドアマンの一人が言うと、更衣室にある姿鏡に映して見る。

確かに、この身体には似合っていた。


「就職先、見つからなかったら、来いよ。あっ俺は、ドアマンをしている熱田太陽あつだたいよう。よろしくな。」

「こちらこそ、天地温水、よろしくお願いします。」


太陽と聞いて、懐かしさを覚えると共に、悲しい気持ちにもなった。

もう、この感覚の正体が知りたかった。


すると、社長がきた。

社長の名前は、野田明のだあきらである。


熱田は社長が来ると、その場を去り、自分の仕事へ戻った。


「今日から入るバイト君だね。天地温水君か。ホテルの仕事なのですが、君には、見回りをお願いするよ。困っているお客様がいたら、連絡して。」

「分かりました。」

「早速、ホテルの中、案内するよ。」

「ホテルの中は、なんとなく分かります。」


ホテルの中を、口頭で説明をすると、野田は関心していた。


「ほう、そんな細かい所まで、よく勉強してきているね。」

「そうですか?このホテルには、初めてきたのですが、なんとなくこんな感じじゃないかなって、この頃、懐かしいっていう感覚があって、ホテルの情報もその一部といいますか。」

「それを人は、既視感というらしいね。まあ、そこまで話せるなら、案内はいらないかな?それと、なんか、君、料理出来そうに見えるんだけど。」

「そうですか。包丁なんて、学校の調理実習位しか持っていませんよ。」


野田は、温水の手を取ると、確かに、料理人の手ではない。


「まあ、今日の所は、見て回ってね。困った事があったら、この小型のトランシーバーで連絡して。」

「わかりました。」


トランシーバーから伸びているイヤホンを片耳に着けて、本体を胸ポケットに入れる。

胸ポケットには、アルバイト天地温水の名前が入ったプレートがあった。


ホテルの中を歩いていると、本当に懐かしい感覚だ。

変わった所がない。





自然と、食事をする所へと足が向いた。

レストランの入り口には賞の数や、保健所からの許可などの証明書が、額に入れられて飾られている。

その中に一つに、二人の料理人がいた。

じっくりと見ようと近寄ると。


「ねえ。」


声を掛けられた。

声は、下からだった。

見ると、女の子だ。


「お母さん、いなくなっちゃた。」


女の子と同じ目線になって。


「お母さん、どこまで一緒にいたのかな?」

「ここの椅子に座っていて、横見たらいなかったの。」

「では、お兄さんと一緒に待っていようか。きっと帰ってくるよ。」

「でも。」

「ねえ、今から、このレストランで食べるの?」

「そうだよ。」

「だったら、手を洗っておいでよ。」


レストランの階にあるトイレに案内し、手を洗ってくるようにいうと、女の子はトイレに入る。

すると、声が聞こえて来た。

トイレから出て来ると、女の子は笑顔になっていた。


「お母さん、トイレにいた。」

「すみません。急に気分が悪くなって。」


女性を見ると、お腹が大きかった。


「何かお手伝いする事ありますか?」

「いえ、大丈夫です。」

「もし、小さな事でも迷われたら、お知らせください。今から、レストランで食事とお嬢様に教えてもらいましたが、よろしければお持ち帰りを作れますよ。」

「そうなんですか。」

「ええ。」


少し悩んだ後、温水の提案を飲んだ。


温水は、トランシーバーの通信をオンにしていて、誰でも聞こえていた。

提案を受けたレストランの責任者は、そこから聞こえてくる情報を頼りにお持ち帰り出来るメニューを即座に組み立て、その人専用に作る。


温水は、女性と女の子の傍にいて、ゆっくりとゆっくりと、レストランの入り口に向かうと、そこにレストランの案内をする人が立っていた。

レストランを案内する人が、耳にあるイヤホンを、人差し指で叩くと、温水は女性と女の子を任せた。

レストランを案内する人は、女性で、男性の温水がいるよりは、頼りになるだろう。


「では、他の仕事に向かいます。」

「了解しました。」


その時に、トランシーバーの通信をオフにした。

女性と女の子に、手を振り、去っていく。




その後は、何事もなく、午後四時になった。

更衣室に行くと、社長とレストランの責任者がいた。


アルバイト初日で、何かしたのでは?と思い、背筋を伸ばした。

すると、褒められる言葉だった。


「お前、いい仕事したな。」


レストランの責任者が、笑顔で褒めた。






「後、三分、お待ちいただけますか?」

「えっ。」

「お持ち帰りが出来上がります。」

「私、先程の男性にすすめられたばかりですよ。」

「本当にどんな魔法ですかね。」


女の子は、魔法と聞いて、目を輝かせた。

レストランの案内をする女性は、女の子の母に。


「トランシーバーでやり取りをしました。」


耳元で女の子に聞こえない声で、話をすると。


「あの人アルバイトって書いてありましたが、本当にアルバイトなんですか?」

「ええ、今日から入ったと訊いてます。」

「すごいわ。彼。」


その後、お持ち帰りの品が出来て、お金を払い、お礼を言って、笑顔で帰っていく親子。






「というわけで、喜んでいたよ。」

「そうですか、良かったです。てっきり、俺、怒られるかなって、ドキドキでした。」


ただ、社長とレストランの責任者は、疑問があった。


「でも、お持ち帰りが出来ることは、記載していないんだけどな。ここに泊まられているお客様限定で頼まれた時のみ、お持ち帰りを提供している。今回は、状況が状況だったから受け入れたが、どこでこの情報を?」

「えーと、どうしてかな?」


社長は。


「既視感か。」


一言発して、今日の所は、帰宅させた。

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