4「計画」
温水と寒水がお互いの高校に通い始めてから、四か月経った。
夏休みが近づいてきていた。
「兄貴の夏休みは、何時からだ?」
「俺は、七月二十日から八月だ。舎弟は?」
「こっちは、七月十三日から九月一日までだ。」
「舎弟は、長いんだな。」
「そうだね。長いね。」
夏休みの計画表が渡されて、居間の机で書いている。
それを訊いているゆかりは、お盆はどうしようか、となった。
すると、寒水が行きたいところがあると言った。
ゆかりは聞くと。
駅前にあるホテルの料理が食べたいと言った。
友達が話してくれた内容を話す。
すると、温水は、何かが引っ掛かった。
なんだろう。
この心にある高揚感。
ホテルの名前を訊くと、心が温かくなる。
「いいよな?兄貴?」
いきなり振られた言葉に、温水は適当に。
「ああ、楽しみだ。」
返していた。
ゆかりは、一冊の本を取り出す。
そして、口元をニヤニヤさせていた。
「母さん、何、その顔。」
「私ね。今日、図書館に行ってきたの。これ、借りて来たわ。」
「あっ、その本。」
アルバイトでやった図書館の仕事で、受け持った本だった。
「紹介文がとっても良くてね。つい、借りちゃった。」
「あー、もしかして、先生から訊いたの?」
「うん。先日の懇談で。それでね。紹介文、撮ってきちゃった。」
スマートフォンを取り出すと、温水は寒水に見せるなって、顔を真っ赤にしている。
でも遅かった。
既に、寒水には見せていたから、寒水は温水とゆかりの言い合いを見学している。
「お父さんにも見せなくちゃね。」
「恥ずかしいから、止めろ。」
「いいじゃない。これが初めてのアルバイトよ。親には見せなさい。」
「あーもう。」
温水は、家族以外には、知らせるな、見せるな、と言い、落ち着いた。
「そういえば、宿題って出ているの?」
椅子に座り直した温水に、寒水は聞く。
「あるぞ。本を読むのが多いな。本を読んで、学校が始まった時に、読んできているのかをテストされる。結構、暗記に近いかも。それと、夏休み中はアルバイトが主で、その結果報告を書くのもある。」
「へー、面白そうだな。」
「今は、夏休み中のアルバイト、どうしようかと思っている。自分の得意なのあればいいけど。」
アルバイト一覧の用紙を渡されていたが、どれもパッとしない。
でも、駅前のホテル勤務が、なんだか惹かれていた。
候補は、一から三までかけるようになっていた。
「第一希望、ホテル勤務。第二希望、コンビニ。第三希望、牛乳配達。」と、書いた。
「舎弟は?」
「宿題、すっごく沢山。休みが長い分、書くのが多いよ。それに、全て、先生のお手製問題だから、何が出るか。教科書や参考書以外の問題も出るから、大変だと思う。でも、英語の宿題が、楽しいよ。」
「どんなの?」
「英語で日記を書くんだ。これは、毎年同じらしい。」
「英語かぁ、お互いに苦手だよな。」
「でも、日記だから、自由度はある。」
すると、総蔵が帰ってきた。
総蔵は、居間のテーブルに広げられた計画書を見ると、顔をしかめる。
「温水、ここの計画、見直せ。こっちをこっちにすると、無理なく出来る。」
「えっ、はい。」
「寒水、この計画だと、この宿題が長くかかりやすいから、こっちと入れ変えろ。それと、こことここ、午前中にやるようにな。それだと、気分的にいい。」
「わかりました。」
ゆかりが総蔵に写真を見せると、総蔵の顔がやわらかくなった。
「こんな文章かけるようになったんだな。これは、読みたいって思うぞ。」
「でしょ?だから、本、借りてきちゃった。」
「おお、この本か。後で俺にも見せて。」
総蔵は、計画の見直しを子供達に言い渡す姿は、かっこよかったが、ゆかりの前だと柔らかくなる。
その姿を温水と寒水は見ると、こっちまで柔らかくなった。
「総蔵さん、職業病になっているわよ。」
「すまない。計画を見るとどうしてもな。」
でも、総蔵の助言は適格だから、素直に従う。
総蔵の職業は、秘書だ。
だから、計画を立てるのに、得意である。
「そうそう、温水、アルバイトはいい経験になるし、人脈も増えるいい機会だ。知識を深めるのに書籍以外にも方法はあるから、ドンドンやりなさい。」
「はい。」
「寒水は、友達出来たか?」
「はい、出来ました。夏休みよければ、家に招待しようと思いますが、いいでしょうか?」
「なら、お盆は俺も休みになるから、そうだな。十五日か十六日ならいいぞ。」
「友達に話してみます。」
スケジュール表を見て、日付を指定すると、寒水はその日付をメモした。
「友達出来たのか?」
「ん?出来たよ。料理が得意でね。お弁当のおかず交換もしているんだ。」
『料理』と聞いて、温水は手がうずく。
何か、感じている。
今にも、目の前にある台所で料理をしたい気分に駆られている。
自分の身体は、どうしたのだろうか。
この人生、料理なんて、学校での調理実習位で、それ以外はしていない。
だが、とても、料理がしたい。
「兄貴?」
寒水が声をかけると、我に返る。
「ごめん、調子が悪いみたいだ。」
「あら、風邪?」
「む。夏風邪は長引くからな。今日やらなければならない事が終わっていれば、もう休め。」
「そうします。」
温水が立つのを、寒水が助ける。
「部屋まで一緒に行こうか?」
「ああ……、いや、いい。一人で行く。」
部屋に一人になると、ベッドに横になる。
部屋は、入口を入ると、左にクローゼット。
正面に本棚が、天井から床までぎっしり詰め込まれている。
右に、机とベッド、窓がある。
部屋の真ん中には、黄色のラグが敷いてある。
カーテンも同じ黄色だ。
「はー、俺はどうしたんだ?」
料理と聞くと、とても身体がうずいてしまった。
手の平を見ると、包丁を握っている姿が、ぼやけて見える。
その包丁をゆっくり握るように、動かすと、包丁が光を出して現実化した。
その瞬間、放り投げる。
床に包丁が転がり、キラキラ光っていた。
息が上がっている。
息を整えると、目を一度瞑り、開けた。
床に包丁が転がっていた。
「なっ。本物なのか?」
ベッドを下りて、拾うと、触れる。
とても、軽く、自分の一部だと認識させられる感覚だ。
「これ、俺のだったのか?」
何か知らないが、そう思えて来た。
包丁をもう一度握ると。
「兄貴、水もってきたよ。…え?」
温水は、瞬間的に「これはいけない展開になる」と思った。
包丁を握っている温水を見て、寒水は、持っていたペットボトル状の水を床に落とした。
そして、身体を部屋の外に向けた。
「ちょっと待て。」
温水は、包丁を急いで机に置いて、寒水の口を塞いで、部屋に戻した。
タイミングが悪すぎ、いや、良すぎるのか、わからなくなっていた。
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