第2話 私はダンジョンよ

 推しの配信を見終わって、日没も近づいてきたいい時間。そろそろ夕飯を作って風呂を沸かして就寝の準備でもするかなんてわけにはいかないんですね。

 

 結論から言ってしまえば俺の胸に埋め込まれたこの水晶はダンジョンコアであった。現実逃避気味に推しの配信を見ていたのだが、気になってしまう物は気になってしまう。


 配信を見ながらこの水晶が何なのか、色々と触ったり軽く叩いたりしながら考察していたのだが、ふと今までにない力を感じることができたのだ。


 そこからはまあ早かった。自分がダンジョンコアとしての権能を入手したこと、同化したこの水晶はダンジョンコアであったこと。それらを理解した俺は、やっぱり現実逃避するために推しの配信を見ることに集中し始めた。


 こんな厄ネタはさっさと見て見ぬふりをしたい。理性はそう警告してくる。


 だが、コアと同化してしまったせいなのか、今の俺にはダンジョンを作りたいという謎の欲求が体を満たしている。三大欲求が四大欲求になったみたいだ。


 それに、俺だって心の片隅ではコレクターとしての活動をしてみたいと思っていたのだ。やっぱり俺は男の子だし、輝かしい少年時代に置いてきたはずの純粋な憧れが身を焦がす勢いで広がっている。


「ダンジョンを作り出せる能力。コアと同化した俺はダンジョンにとって何になるんだ?ダンジョンマスター?」


 本来、ダンジョンマスターと言うのはコアを守護する強力なモンスターのことを指すのだが、そんなモンスターここにはいない。それに、この家にコアが現れたとはいえ、この家自体がダンジョンになったわけではなさそうなのだ。


 俺はコアそのものではあるが、同時に人間でもある。まあ、ダンジョンマスターってことでいいか。


「っていうか、俺の権能でここがダンジョンなのかそうじゃないのか判別できるようになっとる……」


 ダンジョンはコアが先に発生し、それから迷宮が作り出されるらしいが、つまるところこのコアは発生したての赤ちゃんであると言うことだ。


「俺と同化してなかったら俺の家って迷宮化に巻き込まれていたってことになるじゃん」


 あっぶな。折角の悠々自適な快適ライフが崩される所だったぜ。

 

 ダンジョンの生成が可能となった現在。多分このダンジョンを作り出すという欲求には抗えないだろうし、何より面白そうなのだ。


「普通、ダンジョンって最下層から徐々に地上へ向けて作られるものだと聞いてたんだけど。まあとりあえずどんなもんかやってみるか。習うより慣れろって言うし」


 思い立ったが吉日。この辺りは人もあんまり住んでいない正真正銘のド田舎なので、夜に行動すれば目立たないだろう。

 とりあえず、家にある無駄に広い庭で試してみよう。


 とは言え、この時間はまだ日が出ているし、何より腹が減った。早めの夕食としよう。




 *




 はい。夜も更け、お月様がお天道様の代わりに我々を見守ってくださっています。

 そんな前振りはどうでもよくて、記念すべき初の権能お披露目と行きましょう。


「ダンジョンってどうやって作るんだ?……こう?」


 ダンジョンの作り方なんてニートには分からない。というか人間には分からない。

 俺は何となく穴をあけるイメージで、力を扱ってみた。


「おお……おおおお?」


 すると、ゆっくりと庭の土が動き出し、人一人くらいならすっぽりと入れそうな小さな穴が完成した。


「はは……すっげぇ……!」


 こんな人智を超えた力を扱えたことに俺は興奮を抑えきれない。

 声にこそ出していないが、内心ではテンションが上がりっぱなしだし何より楽しい。中二っぽいかもしれないが特別感もあって尚更だ。


 力の使い方は言語化しにくい。フィーリングで何とかするしかないようだが、別になんてことはない。人間が自分の筋肉の扱い方をよく分かっていないのと同じようなものだ。動かそうと思えば動かせるし、止まろうと思えば止まる。それと同じだ。


 楽しくなってきた俺は、その穴に入ってさらにダンジョンを拡張し始める。

 俺が思えばその通りに空間が拡張されるのは非常に面白い。


「ふっ!」


 アニメキャラがやるように、おもむろに腕を振るって魔法を扱っているような演出をしてみたりする。

 俺が腕を振るった瞬間に、勢いよく土が圧縮されるのは超楽しい。


「……俺が拡張した空間はダンジョンとして認識されてるみたいだな」


 ダンジョンの中にいると、ここがダンジョンであると本能的に感じ取ることができるようだ。

 ダンジョンと言うのはまだ分かっていないことも多いが、それでも数多の研究者によって分かっていることや、考察されている説も色々とある。


 例えば、コアが作り出した空間は、地球の法則から外れるということ。マナと呼ばれる物質が空間内に発生するようになり、そこからモンスターや原生する植物や鉱石が生成されるようになるのだ。


 ここから考察できることは一つ。ダンジョンとは、一種の異世界であると言うことだ。地球の法則から外れ、独自の法則を持っている。さらに、独自の生態系までも自然と形成されるのだ。これは今一番可能性が高いと思われている説でもある。


 だが、それが今真実だと言うことが分かった。俺と同化したコアが持ち得ていた知識。それが裏付けとなってしまったのだ。


「ダンジョンとは、異世界そのもの。ダンジョンコアには一種の異世界を作り出す権能が備わっているって……。やばすぎん?」


 ダンジョンを研究している研究者の知見だと、我々が『レベル』や『スキル』に覚醒できるのは、ダンジョンにあるマナによる刺激を受け、ダンジョンと言う異世界に適応したからだと言われているが、これは合っているようで少し違う。


 コアが持っていた知識によると、我々地球人は適応したのではなく、本来持っていた潜在能力がマナによって覚醒しただけなのだとか。


 コアの知識などと言ったが、別にコア自身に自我があるわけではない。

 まあ、ダンジョン内での常識が俺にも共有されたというだけだ。別に俺がこれから悪影響を受けているわけではないので安心してほしい。


「いや、悪影響受けてるわ。ダンジョン作りたい欲求」


 四大欲求になっちゃったのはまあ、ご愛嬌?

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