一般人男性、ダンジョンを作る

ねうしとら

第1話 この紫水晶はなんぞ

 俺の名前は樋口平八ひぐちへいはち。今時見ないシワシワネームと言うか、時代劇とかに出てきそうな名前だがれっきとした二十代だ。

 職業は無職。数年前に亡くなってしまった、俺の育ての親でもあった祖父の遺産と持っていた土地を相続し、不労所得を手にした勝ち組ニートである。


 祖父が亡くなった時は凄く悲しかったが、彼も天寿を全うして大往生だったのだから俺も悲しんでばかりはいられない。


 まあ、かなりの金持ちだったから遺産を相続した俺の下に自称親戚がわらわらと集まってきて色々と大変だったけど。

 そのせいで俺は田舎に引きこもることになったんだが、どうせ家から出ないので割と快適な生活を送っている。



 さて、今日も今日とて推しの配信者のライブを見ることにしよう。


 今一番乗りに乗っているコンテンツはまさしく『ダンジョン』であろう。

 よくあるファンタジーでありがちなダンジョンだが、十年前に地球にも誕生したのだ。


 ダンジョン。それはまさしくファンタジー。ダンジョンの中でモンスターを倒すことで『レベル』に覚醒し、レベルを上げることで身体能力の上昇、スキルの入手といった超人的な力を手に入れることができる。

 加えて、ダンジョンで採取できるモンスターの素材や原生している植物やらなにやらは地球では存在しないとされてきた物であり、発生当時は世界中が大混乱に陥ったものだ。


 突如として発生したダンジョンで採れる素材たちにより、市場の価格は一時的に大暴落。だが、人間と言う生き物は適応力が高いもので、そんな混乱は一年もしたら収まった。


 我が国日本では二年かけて政府によるダンジョンの調査が入り、ある程度情報が揃ったところで我々一般市民でも閲覧できるように特設ホームページが開設されたりしていたっけ。


 それからは、ダンジョンで採れる素材の採集を専門とした『コレクター』という職業ができたり、コレクター資格を得た一人が気まぐれにダンジョン内を配信するようになって、それが大バズりしてからダンジョン配信者なる者が続出したりと話題に事欠かなかったな。


 ダンジョンから採取される素材は上層以外の物は大概高級品だ。コレクターが命を懸けて手に入れた物なのだから当然と言えば当然かもしれないけど。

 ダンジョンは深ければ深い所程モンスターも強くなり危険だが、その代わり手に入るお宝も相当貴重で何より高性能なのだ


 そんなコレクターだが、もちろん俺もなろうと思った。だがね。如何せん一生金に困らない資産がある物だから、働く気にもなれなくて今では完全なるダメ人間だ。


 そんなダメ人間は今日も今日とて推し配信者の【永月ながつきルルカ】の配信を見ることに夢中である。

 永月ルルカ。彼女はコレクターの中でもかなりの実力者である『二等級コレクター』の称号を持っている。


 この等級は、日本ダンジョン協会が公式に定めたもので、コレクターの実力やこれまでの成果に応じて与えられる地位のようなものだ。

 等級は零~五までの六段階と、名誉称号のような意味合いが強い特等級に分かれている。


 世界でも有数のダンジョン所有国である日本のコレクターの質と量は世界基準でも高水準で、かなり評価されている部分でもある。海外だと等級はSS~Dまでの六段階が主流なんだけどね。

 まあ、日本はガラパゴスだし、ダンジョンに関しても独自の発展をしている。


 上から数えて三番目のコレクターであるルルカちゃんはちゃんと実力者である。

 彼女の配信は主に中層を中心としたものなのだが、一般人にとって中層なんてめったにお目に掛かれない珍しい場所だし、それはそれは人気が出ている。




 さて、そろそろ配信時間が近づいてきたのでパソコンを起動して配信サイトを開くとしますか。リビングにある大画面のモニターに繋いで、人をダメにするソファに座りながらお菓子とジュースを片手に寛ぐ。


 と、その前にトイレに行きたくなってきたので一旦トイレに行こう。


 そんなことを思いながら立ち上がると、リビングの机の上に見慣れない物が鎮座していることに気づいた。


「……なーにあれ」


 近づいて見てみるとそれは正しく紫色の水晶と言うべきものであった。大きさは掌よりも少し大きい程度で、片手でも持ち上げられるサイズ。

 なんというか不思議と魅力的なオーラを若干纏っていて、ただの水晶ではないことがありありと伺えられる。


「こんなの持ってたっけ」


 なんて言ってみるがこれは確実に俺の物ではない。


 だが好奇心が抑えられないし、何よりここに放置しておくわけにもいかない。捨てるべきだと思ったら捨てるし、とは言えあまりに綺麗なので捨てるのはもったいない。せめて、玄関に飾るオブジェくらいにはなるかも。


「身に覚えのない水晶とか普通に怖いんだけど。どことなくダンジョンコアに似てるような気がするけども」


 ダンジョンコア。それはダンジョンの本体であり、心臓部分だ。このような水晶のような見た目をしており、壊すとダンジョンそのものが崩壊する。

 ダンジョン内のモンスターは基本的には外に出てくることはないので、ダンジョンコアの破壊は非推奨となっている。ダンジョンは恵みを齎してくれるからな。


「ホームページとかで公開されているダンジョンコアって大体緑とか黄色、珍しいもので赤じゃなかったっけ」


 ダンジョンに関する知識は今時小学生でも習う物だ。だが、俺の知識ではこんな紫色の水晶知らない。

 まあ、あまり考えすぎても仕方がないからとりあえずリビングからどけよう。ここにあったところで邪魔でしかないからな。


 そう思って水晶に触れた瞬間、それは眩い光を放った。


「うおっ!?」


 思わず目を閉じて光が収まるのを待つ。


 数秒経ってようやく収まったと思い目を開けてみると、そこにはさっきまであった水晶が無くなっていた。


「……怪奇現象じゃん」


 衝撃!消えた水晶。

 全然面白くなさそうな怪奇現象だなこれ。


 突如として消えた水晶はどこへやら。でもなんとなく分かってた。俺の体に今までにない違和感があるのだ。


「…………」


 心臓辺りに変な感じがするのだが、見ないといけないのだろうか。

 見たくない。よくあるじゃん。本当は怪我してるけど、自覚してなかったら痛みがなかったみたいな。自覚した瞬間に痛みがやってくるとか。


 見ないといけないんだろうなぁ。


「ええいままよ!」


 意を決して思いっきり服を脱ぎ捨てた俺に待ち受けていた光景は……。


「なぁにこれぇ」


 心臓部分にさっきまで机の上にあった水晶が埋め込まれているではありませんか。

 もうなんか衝撃すぎて一周回ってリアクションが取れない。とりあえず推しの配信を見て気を紛らわそう。そうしよう。


 考えるのは後回しだ。とりあえず現実逃避。これに限る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る