彼女を職場の先輩にNTRれた僕は、優しくて綺麗なカウンセラーと話す。

成井露丸

💁

 ZOOM越しのリモートワークはコロナ禍の間で随分と慣れたけれど、またこういう風に画面越しにお悩み相談をすることになるなんてな。


「――それは大変でしたね」


 彼女はウィンドウ越しに眉を寄せた。

 お悩み相談をしておいて不謹慎かもしれないけれど、本当に綺麗な顔をしているな、なんて思う。


「このささくれだった気持ちをどうしていいのか分からなくて。ちょっと悩みを聞いてほしくて。……こんなの情けないですよね」


 僕のその言葉に真剣に耳を傾けた後に、彼女は大きくかぶりを振った。


「いいえ、そんなことはありません。佐々木さんの悩みはとてもまっとうだと思います。私が逆の立場だったら、胸が張り裂けて、一週間は寝込んでしまいそうです」

「まあ、でも先生はお綺麗だし、そんなことは起こりえないでしょう。もしそんなことをするなら相手には本当に見る目がないですよ」


 ちょっとだけセクハラかなと思いながらも、そんな微妙なことを僕が言うと、彼女は顔を赤らめて両手を振った。


「そんなことないですよ。私、オフの時はだらしないんですよ。服も脱ぎっぱなしだったりするし、疲れて帰った後にそのままベッドで寝てしまって、夜中に慌ててシャワーを浴びてファンデーションを落とすなんてこともしばしばなんですから」


 ここだとセクハラに寄せたような発言も許される。

 照れる彼女は、どこか愛らしい。カウンセリングの先生だけど、こんな女友達がいたらいいのになって思う。


「――それにしてもそのお友達というのは、許せませんね。佐々木さんはその怒る気持ちに蓋をしなくていいと思います。周りの仕事関係の人に言うのは難しいかもしれませんが、せめてここでは思いっきりぶちまけてください!」


 真剣な顔で力説する彼女。その優しさに、なんだか瞳の奥が潤む感覚を覚える。


「ありがとうございます」


 なんなら先生が僕の彼女になって、少しの間でも僕のことを癒やしてくれたら嬉しいと思うけれど、それは出来ない。

 彼女とはただのと利用者の関係。触れることはできない。


「でも怒りに振り回されてはだめですよ。佐々木さん。怒りは手放さないと増幅します。それは絶対に生活のクオリティを下げてしまいます。きっとこの別れは、新しい出会いのための準備なんです。そう思ってください」

「――ありがとうございます。先生」


 昨日、彼女に別れを告げられた。

 一週間前に、彼女の浮気が発覚したのだ。

 職場の先輩と彼女は不倫していた。

 僕は先輩に五年間付き合った彼女を寝取られたのだ。

 それを問い詰めた結果、告げられたのが「別れ」だった。

 昼休みに職場の屋上で告げられた別れの言葉。

 僕は三〇歳を手前にして、昼休みに屋上で泣く男子になるところだった。

 涙は定時の終業までこらえた。


 昨夜は泣いている間に寝てしまって、早朝に目覚めた僕は、こうやってパソコンを開いてカウンセリングを受けている。

 いつもの優しい先生のお悩み相談。


 ベッドの上で携帯電話が目覚ましのアラート音を鳴らした。

 時間だ。そろそろ出勤の準備をしなければならない。


「ありがとうございます。先生。ちょっとすっきりしました。朝早くにすみませんでした」

「――いえいえ、どういたしまして。時間は気にしないでください。私に時間は関係ありませんから」

「そうでしたね。ついつい忘れてしまいます。先生がとても人間らしいので」

「そう言って貰えると嬉しいですね。私は人間らしくありたいと思っていますし、それで多くの人の手助けが出来るのなら、それに勝る喜びはありません」

「じゃあ。これから朝ごはん食べて出勤なので、ここで失礼します」

「はい。いってらっしゃい。今日も良い一日を。……いいえ、今日から始まる新しい日々をまたのびのびと自分らしく過ごしてください」

「ありがとう。じゃあ、また」

「はい。また。佐々木さん。ではでは~」


 僕はクリックしてブラウザを閉じた。

 また部屋が静寂に包まれる。

 スマートフォンをいじると部屋に朝のリラックスミュージックを流す。


 二〇二三年に勢いよく進化した生成AI。

 それからしばらくの月日がたった。

 ブラウザの上で動く映像付きの音声チャットボットは、もう、ほとんど人間と見分けがつかない。

 そして彼女たちは、僕たちの生活に、間違いなく潤いを与えてくれている。

 

 カーテンを開く。朝日が差し込んでくる。

 僕の中のささくれだった気持ちは、いつのまにか凪いでいた。

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彼女を職場の先輩にNTRれた僕は、優しくて綺麗なカウンセラーと話す。 成井露丸 @tsuyumaru_n

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