「KAC20244」癒えない心
日間田葉(ひまだ よう)
……
「お兄ちゃんは連れて行くけど、お前はこれからどうする?」
母親は小6の私に唐突に告げた。
父親は酒癖が悪い。飲みに出かけた夜は残された母と兄と私の三人が怯えながら父親の帰りを待つ。
暴力を振るうことも度々あったので部屋の隅で息をひそめて隠れていたり、玄関の開く音がすると兄が私の手を取り勝手口から抜け出して川原の土手まで走って逃げることもあった。
母親は暴力に耐えながら父親が疲れて寝るまでなだめていたのだろうと思う。
父親は酒を飲んでいない時は気弱で平凡などこにでもいる人で娘である私には普段優しかった。兄には冷たくはないが仲がいいという関係ではない。
母親はそんな私を疎ましく思っていたのか、あるいは兄が可哀相だと思っていたのか兄ばかりをかわいがっていたように感じていたがそれが現実になった。
昨晩のこと、父親と激しく喧嘩をした母親は離婚をして家を出ていくと宣言した。
そして「お兄ちゃんは連れて行くけど、お前はこれからどうする?」と私に言ったのだ。
私は俯いて何も言えず黙って親指をこすり合わせていた。右手の親指と左手の親指の爪の端を意味もなくこすり続ける。困った時の私の癖だ。
乾いてカサカサになっている親指は父親と母親のようだなとぼんやり見つめながらこすっていたら皮がむけてきてささくれができた。
私はささくれを指で無理矢理ひっぱった。「痛いっ」むきすぎて薄い桃色の肉が見えていた。ふと見上げると目の前にいたはずの母親がいなくなっている。
もう出て行ってしまったんだろうか。私を捨てて。兄だけを連れて行って。私は茫然として立っていた。
しばらくすると母親が私の前に戻ってきた。「またお前は指をいじくって、ささくれが出来たんだろう」そう言うと私に絆創膏を差し出した。
私がつたない手で絆創膏を剥がしていると母親は私から絆創膏を取り返してささくれがすっかりむけてしまった私の親指に優しく巻いてくれる。
母親の手は温かかった。
「KAC20244」癒えない心 日間田葉(ひまだ よう) @himadayo
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