ささくれの味
寄鍋一人
偏食の悪魔
「お前ってやっぱり変わってるよな」
久しぶりに会った知り合いは、会うなり俺の痩せこけた体を舐めるように見てからそう言った。
「美味いもんが腐るほどあるのにもったいねぇ。あまりに多いもんだから、他の奴らなんか飽きたって言ってたくらいだぞ」
「仕方ないだろ……口に合わないんだから」
対照的に恰幅の良い彼を見れず、不貞腐れたように視線を外す。
俺たち悪魔は人の心を食って生きる。
基本的には、欲望や悪巧みをするような濁った感情や、死にたい、嫌いといった沈んだ負の感情を好んで食べるらしい。
らしい、というのも、俺は自他ともに認める偏食家。悪魔たちが好むような人の心が苦手なのだ。
「今のご時世でポジティブな人なんてそうそういないぞ」
人間社会に溶け込んで暮らしているから分かる。この日本の人たちの多くが沈みに沈んでいる。
あの子が嫌い、上司がウザイ、残業が多い、お金がない。そんなネガティブな感情が渦巻いている。
「ほら、あそこ見てみろよ」
彼は無邪気に肩を組み、眼下の一人の女性を指さした。俺は言われるがまま、感情のオーラが見える悪魔の目で見る。
彼女の感情に光はなかった。死を望んでいる色をしている。
「あれは死ぬ直前だろうな。そういうときにいただくのが一番美味いんだよな」
知らないうちにグルメになった彼の顔は恍惚としている。
だがいくらそんな顔を見せられても、その気持ちは分からないし美味そうともならない。
「なあなあ、食わず嫌いはよくないぜ。それにポジティブな人が増えるのを待ってたって、増える確証はないだろ」
頑なに負の感情を食べようとしない俺を見て、からかいを通り越していよいよ心配までし始めた。
長い付き合いで彼が良い奴なのは知っている。悪魔でも仲間に優しい奴は多く、彼もその一人だ。
「お前が死んだらさすがに悲しむぞ」
彼はしょぼくれる。俺が彼の立場なら同じように心配すると思う。
彼の優しさを無碍にするわけにもいかず、折れるしかなかった。
分かったよ、と諦めると彼は途端に表情が晴れた。こいつが嬉しそうならいいかと内心俺も嬉しくなりながら、例の女性を追う。
彼女はビルの屋上に行き着いた。
淵に立つ背中から黒い欲望があふれる。この世に生きる意味を失った、ささくれ立った心。
彼に言われるがまま、その感情を食す。
苦い、痛い、舌をすり潰されているような感覚。喉を通る瞬間、どろりとまとわりつく。飲み込めば、腹が逆流を促そうとする。
ああ、やっぱり荒んだ心は口に合わない。
ささくれの味 寄鍋一人 @nabeu
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