第5話 思い込みと思いやり
あれから一応、母の美味しい手料理で昼食をとり、愛犬まるるとも
「生花じゃないって、花じゃないってこと? いやぁ~違うなぁ」
そんなことを考えながら、隣町まで行くためのバス停まで足早に歩いていると、ふといつも何気に通り過ぎていた宝飾店が目に入った。そして僕は、その瞬間に「ハッ!」と
「あー! そういうこと?!」
そうか! “生花”がないのなら、それを形どった“何か”があれば!
そう思ってからの行動は早かった。後々考えると、思い立ってすぐに動くなんて、自分でも信じられない。しかしこの時は、後先考えている余裕はなかったし、むしろりらの喜ぶ顔が見たいという想いしか、僕の中にはなかったのだった。
「う~ん……んんー」
宝飾店なんて入った事もない。しかし、今しかないっ! そして僕は、当たって砕けろー! と、良い方向へ向かう事を願いながら、思い切ってその店に入店した。
スーーーーッ……。
とても静かな自動ドアの音。開いたお店の中は心地良い音楽が流れている。これはまさしく大人の世界だ。高校を卒業したばかりの僕のような者には場違いなのは分かっていたが、勇気を出して入り口のマットに一歩足を踏み入れる。
――それは初めて味わう、よく解らない緊張だった。
「いらっしゃいませ~」
足が店に入った瞬間と同時に、とても品の良いお店の方が僕を見つけて近付いてきた。おどおどしている僕に、少し微笑みながら優しく声をかけてくれる。
「何かご要望、ご希望ございましたら、お気軽にお声かけ下さいませ」
このような慣れない場所に来た僕の気持ちを察してくれたのか? 少し距離をとりつつ、僕のような
(よ、よしっ! 聞いてみよう!!)
そして僕は、意を決してその店員さんに相談をすることにした。
「あの、か、彼女にプレゼントを。でもちょっと、特殊なのでして――」
そこから五分程、緊張しながらも説明をする僕の話を、一度も遮ることなく静かに懸命に聞いてくれた店員さん。最後まで聞き終えた後、申し訳なさそうな表情で、僕に話してくれる。
「はぁなんと! 素敵なお話でしょう。お客様のそんな気持ちにお応えしたいのですが。今、店頭に並んでおります中に“ライラック”をあしらった商品がございません。申し訳ございません」
そう言うと、深々とお辞儀をされお詫びを言われる。僕は驚き、慌てふためいた。そして「そんなそんなそんなー!」と、十回くらい言って頭を下げた。こういう見るからに高級そうなお店は、きっと入るだけで門前払いを食らうのではないかと、勝手な思い込みがあった僕は、ここまでされるとは! と驚愕してしまった。
「いえいえ、お客様のご希望にすぐに添えないことが申し訳なく」
この店員さんの名は、愛葉さん。ベテランそうだったけれど、とても若く見えた。良くしてもらったイメージがとても強く、困っていた僕にとっては感謝の気持ちしかない。それが仕事だと言われればそれまでだが、僕にはそれだけとは思えない、真の人柄を感じる親切な対応だった。
その後も、変わらない落ち着いた表情と対応で、色々な話をしてくれた愛葉さん。忙しいだろうにとてもありがたかった。そして結局! 三十分もその店で過ごしてしまった僕は、お礼を言ってその店を後にする。
「あの、ありがとうございました!」
「とんでもないです。お気をつけて、作戦の成功をお祈りしております」
ずっと口元に緊張感を保ったままの愛葉さんが、最後だけはふふっと、少しだけ白い歯を見せて笑い、優しく手を振り見送ってくれた。
「つ……疲れた、あぅ」
さすがに慣れないお店で長時間、緊張状態だった僕は、味わった事のない疲れを感じていた。
しかし結局、ここでも『ライラックの花』は見つからなかった。
「一体、僕は……」
――どうすればいいんだぁぁ!!
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