第4話 特別な『花』


「モグモグ……とにかきゅだ、モグモグもぐ……」


 僕らは秘密基地――もとい、昔から遊んでいる公園に来ていた。


 ちょい怒りながらも、真面目になって一緒に考えてくれる優しい親友。とっても頼りになる。そう、頼りになるんだけど! その親友が今、目の前で美味しそうに食べているコンビニの弁当。ハンバーグとエビフライ、唐揚げにソーセージまで入った、お野菜たっぷり高級ランチは。


 なんと! 僕の奢りである。


「いい食べっぷりだな」


「おふぅ? うまうまぁ~♡」


 そんな僕は、コンビニのおにぎり二つ。美味しい、美味しいけど……なんだこの格差はぁぁぁ! と、心の中で叫んでいた。


(いや、自分が悪いんだ。そうなんだ)

 内心、猛省中の僕だった。


「フゥ……。美味かったぁ!」


「それは、ようござんした」


「さて、本題に行くか」


 まず、りらの好きな食べ物を聞かれるが、分からない。好きな音楽は? これまたワカラナイ。そもそも、何か好きなものとか、趣味とか、何かないのかと聞かれたが。


「ごめん泉海……僕、りらのこと何も知らない」


 それを聞いた経験豊富な親友も、さずがにお手上げな深い溜息をついた。そしてしばらくの間、静かな時間が流れた。――気まずい沈黙。


「あぁ! そうだ!!」

「うおぉ! びっくりしたッ」


 十分程考え込んでいた泉海が、明るい声で沈黙を破った。


「“りら”って名前さ、このへんじゃ珍しいよな? 柊、どんな意味か知ってるか?」


「あっ……。それなら分かるけど」


 まだ付き合う前に、友人同士で名前の呼び方を決める時に、言ってたなと、その会話を覚えていた。


「よしよしっ!! 俺たちに風が吹いてきたなッ」


「何の風だよ」

 申し訳ないなと思いながらも、泉海には癖でツッコミを入れてしまう。


「どんな意味があったんだ?」


「花……の名前って言ってた。確か――ライラック?」


「ほぉ~それで? それで?」


「えーっと、エッ?」


「あっ、柊またか、それだけかよぉ~」


 すみませんな、と謝りながらも、スマホで検索して調べてみる。そのライラックという花が咲くのは早くても四月頃から。しかし、もしかしたら? ということもあるので、明日から花屋さんを回る。なかったとしても、この花に関わる何かをあげる! ということで話はまとまった。


「なんか、ありがとな。泉海」


「いいってことよ! それよりも。ちゃんと探せよ?」


 去年、お前が普通にお返ししてれば、俺もここまで悩まなかった。お菓子とかでいいんじゃねーぐらいで、一緒に買いに行くーで終わったんだぞーと、最後に少しだけチクッ、チクリと痛い言葉を言われた。


「うん。全力で探すよ」


――時間がない! ホワイトデーまで『あと十三日』。



「ごめんなさいねぇ」


「そ、そうですか。いえ、ありがとうございました」


 カラーンコローン、カラーン。


「はぁ~」

(なんだろう、上手くいかないなぁ)


 店を出ると、僕の口からは大きな溜息しか出て来ない。もう今日、いくつの花屋さんを聞いて回っただろうか。恐らくこの街にある花屋さんは、全て回り尽くしたであろう。


――ライラック、かぁ。


「ただいま~」


 朝から歩き回っていた僕は、昼食をとるために一度帰宅。さすがに少し疲れたな、と居間で寝っ転がった。


 タタタタターッ! ばふっっ!!


「うぎゃっ?!」

(う、い、イタイー)


 わんわん! わふぅ~♪


「まるる~元気いっぱいだなぁ~イテテ。ふわふわヨシヨシ~ただいま」


 ちょっと落ち込んでいた僕は、こうして愛犬のまるるに喝を入れられた(気がする)


「あら~お帰り、柊どうしたの? 疲れちゃって」


 はあい、おちゃどうぞ~と言いながら、母は僕に冷たくて美味しいお茶を出してくれた。外はまだ寒いとはいえ、乾燥している時期には冷たい飲みものが、ほしくなるってぇもんだ。


「ありがとう~」

 母さん、分かってるなぁと感謝の気持ちを伝えながらお茶の入ったコップに口を付けたところで、母さんが続けて話し始める。


「早かったのねぇ。出かけるって言ってたから、てっきり『彼女とデート』かと思ったわぁ♡ うっふふ」


 ブゥゥ―――!!!!


「けほっ、ゲホッ」


「あらあら、大丈夫? うっふふふ」


 まさか……母さんに揶揄からかわれるとは思わなかった僕は、驚いてお茶を吹き出してしまった。その姿をまるるはニコニコしっぽを振りながら距離をとって見ている。なんてお利口さんなのだろう、お茶がかからなくて良かったし、まだ少ししかお茶を口に入れていなかったことが、救いである。


「か、か、あさん?! なんで彼女のことを……」


「あらっ! やだぁ~彼女出来たの? おめでとう♡ 今晩、お赤飯いるかしら?」


――えぇぇぇー?!

(母……恐るべしィ)


 そこで、ふと。母なら良き花屋を知っているのでは? と思い立つ。もうバレたわけだし、この機会にちょっと相談してみるかと、母に事情を話すことにした。もちろん、付き合い始めたきっかけなどは恥ずかしすぎて話せない。というわけで、そのあたりは秘密だ。


「……というわけで、ライラックの花で何か出来ないかな? と思ってて。母さん、どこか花屋さんとか」


「そう、ライラック――」

 その一言だけ話すと、母は急に物思いにふけっているようだった。 


「…………」

 僕は静かに黙って、母の表情をチラッと横目でうかがいながら次の言葉を待った。そして、三分後くらい経つ頃に声が聞こえた。


「柊、とても良いお名前のお嬢さんとお付き合いを始めたのねぇ。母さん、まだ会えてないけど嬉しいわぁ……」


――ライラックはねぇ。


 母は、その花の由来や花言葉というものを教えてくれた。そして、大切な子供の名前を付ける時、様々な思いや意味を込めて付けているはずだから、そこまでするのなら、きちんと意味まで理解してからプレゼントなさいと。


(母さんの声、いつもより響く。口調が厳しいのかな)

 それだけ、人の名前にちなんで何かをするという事は、とても重要な事なのだなと、僕は改めて理解した。


 ライラック(りら)、ハート型の花びらが可愛くて(まさに、りらにぴったりだな!)、通常四枚の花びらが、時折五枚の花びらがあるらしい。それはとても縁起が良いとされているそうだ。

 それから、白はちょっと……。紫色のライラックでないとダメよ、と教えてくれた。


「母さんに話して、良かったよ。ありがとう、もう少し頑張ってみる」

 隣町まで足を運べば、何とか――。


「でもねぇ、柊」


 もう食事もとらずにまた出かけようとした僕は、母の言葉に「エッ?」と返事をして、足を止める。


「やっぱり、お花屋さんにはないと思うのよ……だからね。あなたの気持ちを伝えるのは“生花せいか”だけではないと、母さん思うのよ」


 意味深な言葉で僕の頭の中にクエスチョンマークを生み出す。そんな困った表情を見て、母は「ウフフフ♡」と笑ったのだった。

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