第3話 バレンタインのお返し


「~~♪」


「えぇー意外だな柊、何気に口笛上手いな」


「意外ってなんだよ」


 秘密基地はさておき、コンビニに着くまでの間、くだらない話で盛り上がる。卒業したと言ってもほんの一時間前まで高校三年生だったのだ。頭の中も、心の中も、もちろん見た目も変わってない。まぁ、それは当たり前なんだけど。


 ゆっくりと歩いて行く途中で、あるお店のショーウィンドウの前で、僕は思わず立ち止まった。並んだお菓子の美しさになぜか? 目を奪われてしまったのだ。よく見るとそこは、有名な洋菓子店『プティカド・ボヌール』。


 お店の名を聞いたことはあったが、店構えからして高そうなイメージだ。お菓子とは思えない綺麗さに、僕はすっかり心惹かれていた。


「す、凄い……な」


 ボソッと呟いた僕に、後ろから声が聞こえてきた。


「やぁ、いらっしゃいませ」


 ピカピカに磨かれたガラス越しに見たその声の主は、このお店の主人だろうか? 見るからにパティシエのコックコートを着た、優しそうな笑顔の人だ。背が高くて、声も渋い。年齢は若く見えるけど、まるで英国紳士のような大人の男性が立っている。


「あっ、いえ、あの、違……すみません、失礼しましたぁ!!」


「えっ? おい、君――」


 僕は、挨拶とお辞儀をすると、逃げるようにその場を去った。

 親友を、置いて……ぴゅ~ん。



「う、うはぁーはぁーはぁ……」

「ひ、ひでーよぉ~、柊!!」

「ごめん、はぁーはぁ、本当! ふぅ~……ごめん」


 割と足は速い方らしい僕は、目的のコンビニまで一目散だった。

 二人してヒィーヒィー息が切れていた。その呼吸が落ち着くのを待ってから、僕に置いてかれた親友が、意地悪な顔で口を開いた。


「あっ! そうそう。柊はりらちゃんへのホワイトデー、何あげるのか決めたのか?」


 いつもの揶揄い口調でニヤニヤとしながら、僕の顔をのぞき込むイケメン。そう、こいつはモテモテのすごいイケメンなのだ。


 さっき「秘密基地に行く!」とか、少年のようなことを言ったり、そういうお茶目なところの顔とのギャップが、女の子にはキュンとくるらしい。

 その、モテモテイケメンの名前は、二見谷ふたみや泉海いずみ、僕の親友だ。というより、幼稚園から一緒の腐れ縁ってやつだ。

 泉海は、悔しいが勉強は出来るし、運動神経も抜群、性格もそこそこ(まぁ良いか)。極めつけは、男の僕でも格好良いと思うくらいに、うらやむほど眩しい美青年ときた。


「……はぁー」


「えぇー何で溜息ぃ? またまた~しゅ・う・く・ん♡」


「やめんかーい」

(そりゃ溜息も出るわなぁ~)


「まぁ、そう怒るなって。まだ決めてないのか?」


「あぁ、うん。何やったらいいのか、正直分からなくて」


 僕は、生まれてこの方一度も。十八年間で付き合ったことが一度もない。それこそバレンタインチョコをもらった事はあったが、友チョコ~とか、そんなのだった。りらと付き合い始めてまだ半月……好みも何もまだ全然分からなかった。


「そうか……。去年はお返し何あげたの?」


「…………」


「おーい、柊? あぁ、あれか。定番なクッキーとか?」


「……えっ?」


「えって、エッ??」


「えーっと。エッ??」


――やばい、ヤバいぞ。


「おい、柊。お前まさか?!」


「去年……お返ししてない……ような~あっはははぁ♪」


「あはは~っ♪ て、お前マジか、ウソだろ」


――いやぁぁぁぁ!!

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