第6話 洋菓子店のお兄さん


 もうお手上げ感が半端じゃなかった僕は、人目をはばからず、その場で頭を抱えて座り込んでしまった。


「あれ? 君、こないだの??」


 すると後ろから、知っているような知らないような? 声が聞こえてきた。その声にゆっくりと振り返った僕は、明らかに元気のないさまで、力なく返事をした。


「はぁ……はい? えっとー、んー?」

(やばい、誰だっけなぁ)


 顔に出さないように必死に引きつった笑いになっている僕の顔を見て、その人は「あはは~」と優しく笑ってくれた。そして、流暢なしゃべりで名乗り始める。


「いや、君が気が付かなくても当然だよ。私はこの近くの洋菓子店の者でね」


「洋菓子……店、ですか?」


「そう! 『プティカド・ボヌール』というお店なんだけれど、知っているかな?」


(プティ~……。んっ? エッ?! ま、まさかぁ)

「こないだの、ガラス越し英国紳士さん!?」


――ハッ! しまった……。


 僕は、つい思っていることを、失礼なことを口にしてしまった。こんなに落ち着きのない自分を見る事も無いことだ。これも疲れのせいなのか? しかし、言ってしまった言葉は消せない。ひとまず僕は、心からの謝罪をする。


「あ、あの……す、すみませんでした」


「んっ? 何がだい?」


「えっ? いや、あの。失礼なことを」


 それを聞いた洋菓子店のお兄さんは、また「あはは~」と優しく笑い、話を再開させた。


「そんな、失礼なんてないさ。だってほら! 英国紳士とは光栄な例えだよ。逆にお礼を言いたいくらいさ」


「そう、そうなんですか」


 僕は、気を遣ってくれているのだと解っていながら、のお兄さんの言葉を、素直に「そうか、そんなものなのか」と、思うことにした。なぜかというと今、僕の頭は色々と考えている元気が、もう残っていなかったからだ。


(はぁ、これからどうしよう)

 やはり、隣町へ行くべきか? でも今からだと時間が……と、次第に焦りが増していく。


「ところで君、こんな所で項垂うなだれていたけれど。何かお困りかな?」


「あぁ……」


 僕は、お兄さんの優しさに胸を打たれた。が、『プティカド・ボヌール』と言えば、こんな僕でも知っている程の人気洋菓子店なのだ。そのようなお店の店員さんを、いつまでも引き留めるわけにはいかない! と、気付き、言葉をのみ込んだ。


「あっ、そうだ! これから良かったら、うちの店へ試作品を食べに来ないかい?」


「うぅえぇ?! いえいえ、そんな! お忙しいのに」

(しかも、見ず知らずの僕なんかにぃ!?)


「いいのいいの♪ 実は今日、お店は店休日なのだよ」


「えっ? ……じゃあ」


 その甘い優しい言葉に、僕は思わず返事をしてしまった。


「よしっ! 決まりだ」


「いえ!! やっぱり」 

(やばい、こんなのは申し訳なさ過ぎる)


「いーや。決まりだっ」


 その英国紳士っぽい人気洋菓子店のお兄さんは「男に二言はない!」と、まるで武士のようなことを言う。僕はその時、見た目とのギャップを感じたのだった。



「ほぉ~……なるほどねぇ」


 結局お店までの道中、今回の探し物の話をしてしまった。初対面の少年に何を相談されているのだと、嫌に思われないだろうか? きっとつまらない悩みを聞かされているだろうにと、僕は話し終えて気付く。そして申し訳ない気持ちが溢れてきた。


 しかし、そんな僕の後悔の念はすぐに払拭される。お兄さんは真面目な表情を一切崩さず、真剣に話を聞いてくれていたからだ。


「さぁ着いたよ」


「で、でかい……綺麗……キレイ」

(きれいなお菓子屋さんだー)


 こないだ見た時にも思った、今までの感じたことのない気持ち。

 日本とは思えない洒落た外装、ショーウィンドウから見える可愛く並んだお菓子たち。


(見た目カッコいい英国紳士で、こんなお菓子屋さんで働ける実力もあってって! お兄さん羨ましい~)


 ガチャガチャ――カラーンコローン♪


「さぁ~どうぞ」


「うぉわああー!!」


 素敵なお店に、またボーっと目を奪われていた僕は、いつの間にか裏に回っていたお兄さんに気が付かなかった。そして突然、表のお客様用の入り口が開き声をかけられ驚くと同時に、無意識に身構えてしまう。


「あっはは、警戒心強し! 本当に面白いね~君」


「は、はぁ……すみません」


 有名な人気洋菓子店『プティカド・ボヌール』の店内へ案内された僕。「うん、間違いなく場違いだ!」と、心の中で呟く。


 味わったことのない緊張と恥ずかしさでオドオドしながら通された椅子に座ると、出されたコップの水を、一気飲みしていた。


「うっ、けほっ! ケッホケホ!!」


「おお! 大丈夫かい?」


 一気に飲むからだよ~と、お兄さんは優しく背中をさすってくれる。しかし、僕がむせてしまったのには訳があった。なんと!!


「あぁ、自己紹介が遅れたね。私はプティカドで美味しいお菓子を作っているパティシエ――店主の栗栖くりすだよ。今後とも……えーと?」


「か、籠宮です! 籠宮柊と言います、よろしくお願いします!!」


「はっはは、元気いっぱいだ。よろしく、柊君」


 何だろうか? この挨拶は。まるでこれからお世話になるかのような雰囲気になってないかと、微妙な気分になっていた。その表情を察したのか、栗栖さんは早々と話を切り出し始める。


「ところで、君はお菓子に興味があるのかな?」

「エッ……?」


 急な質問に少し戸惑った。しかし落ち着いて考えてみると、確かに好きかもしれない。僕は今思ったことを正直に話した。


「甘いものは好きですが、食べるのは人並みだと思います。ただ、こないだもだったんですが、このお店のガラスから見える美しいお菓子に、興味というか、とても心が惹かれます」


「――そうか」


「はい! 今までこんな経験がないので、どう説明したらいいのか分からないんですけどね」


 僕が恥ずかし笑いな顔でそこまで話すと、栗栖さんはニッコリと笑いかけてきた。


「柊君、私に考えがあるのだけれど」


「……考え、ですか?」


 すると「彼女へお返しの話で、ね♪」とウィンクをしながら、その素敵な計画を話し始めた。

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