第26話 別れなんて、悲しすぎるじゃないか

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「俺達は宣誓する。子供の自由を侵害した大人たちに刑罰を」


民放のテレビカメラに向かって、真一がそう叫ぶ。


「俺達は何の為に闘わされていたのか。俺達は政府の傀儡じゃない」


封鎖された議事堂の前に民衆が集まる。

日本が変わろうとしている。

大人が変えてきた世界にメスを入れるときがきたのだ。

海外の報道ホットラインでも、日本の蜂起は速やかに流れてきた。

アメリカは、TI兵士の有り体を身から出た錆びだと批判し、ドイツ政府は協力体制にはないと強調した。

孤立する日本政府。警察官は、少年法という守られた子供たちが蜂起したことによって、武力的に拘束出来ないことを悔しんでいた。

日本の法によって守られている武力組織、それを今まで利用していたことを轍内閣は後悔した。


「子供たちが、可愛そうだとは思わないのか。俺達は蜂起する、今、この国の武力の権限は俺達にある」


常に、俺”達”と強調する意図は何か。

 


六か月後。

ベレッタを装備する。それをスーツの上着の胸ポケットに隠し、彼女の名前を呼んだ。


「加奈。行こうか」


彼女は俺の背を撫でた。「大丈夫。準備は出来てる」


「じゃあ、最期の思い出作りに旅行に」


「ええ。楽しみ」


加奈は笑った。すると敦子が「早く行こうよ!」とせがんでホテル室内の玄関で手を仰ぐ。「いちゃいちゃしてないでさ」


「はいはい」


俺達三人はホテルを出て、まず向かった先は遊園地だった。

電車に乗って千葉県へと向かう。車両の中は平日の朝なのにがらがらで、きっと学校も会社も青少年蜂起のせいで休みになっているのだろう。

待てよ。ということは……、遊園地も休みじゃないのか?


俺は頭を抱えた。「やばい。遊園地休みかもしんねえ」


「そんなこと分かってるって」加奈は無表情に言った。


「じゃあどうして行きたいって言ったんだよ」


千葉にある大型遊園地に行きたいと言い出したのは加奈だ。


「東京から離れたかったのよ。もっと言えば霞が関から」


「ああ――、そうか。なんかごめん」


敦子は俺達に気を使って別車両にいる。


「謝らなくていいよ。だからコンビニでサンドウィッチでも買って、公園でピクニックでもしようよ」


俺は笑った。「そりゃあ楽しみだ」

すると加奈は俺の横顔を真っすぐ見てきた。


「ねえ、私のこと好き?」


「ん? 何だって?」


「なんでもない。聞こえてないんだったら」


「ああ。大好きだ」


加奈は赤面して俺の足を踏んづけてきた。


「聞こえてるんじゃない! もう、バカ」


「じゃあ、加奈は俺のこと好きなのかよ」


「……」


「無視かよ」


そしたらか細い声で、「ずっと大好きだよ」と加奈は言った。

俺は彼女の肩を小突いた。「聞こえてるんじゃないか」

それから俺達は大笑いした。この何でもない時間がずっと続けばいいのに。


たまごサンドとハムサンドを買って、それからしばらくあるところの公園の、ベンチに座った。

そして、サンドウィッチを頬張りながら何でもないことを話し合う。そんなくだらないことに幸福を覚えていた。

これがずっと続けば、世界は幸せになるのに。


「加奈さん。お兄ちゃん。もう私、帰るね」

 

昼下がり、敦子がそんなことを言ってきた。俺は戸惑いながらも、ああそうかと返事した。


「これ、あげる」


そして渡されたのはマルボロだった。


「おい、またこんなもの」


敦子は強張った表情で、「忘れたらいけないよ。それがお兄ちゃんと加奈さんの使命なんだから」と言った。


「私は、自分の尻ぬぐいをしてくる。じゃあね、お兄ちゃん」そして泣き笑いの顔を浮かべた。


「敦子……」


妹は踵を返して去っていった。

ベンチに二人きりになる。加奈はそのマルボロを俺から受け取って、一本咥えて火をつけた。

紫煙を吐き出し、「私ね、TIに入隊するとき、上官に言われたの。お前らは煙草だって。世間からは煙たがれて、排斥されて、今じゃあこの煙草も吸える場所が限られてる。それがまさしくTI。この吸うたびに肺を締め付けてくるこのアイテムがその比喩だなんてまさしく皮肉じゃない」と言った。

俺も言われた。なら、あの青少年蜂起は大人たちに規制された子供たちの、精一杯の反抗。


「なあ、青少年蜂起からもう六か月が経った。日本にはどんどんテロ組織が入ってきている。俺はそれを何とかしたい」

加奈は俺の瞳を見た。「君なら出来るよ。……前にも言ったように私にはもう時間がないから無理だけどね――いっ‼」彼女の顔が強張る。後頭部を押さえて、喘いでいる。「どうした」


「もう無理かも。ちょっと、横にならせて」


俺は立ち上がって加奈をベンチに横にさせた。

彼女は悲痛から涙を流している。


「ごめんね。でも、まだショートはしていないみたい。だってまだ話せるもん」


どうすることも出来なくなって、とりあえず彼女の頭を撫でた。

すると彼女は涙を流しながら笑った。「嬉しいな。君からそう愛されると。私は愛を知らなかったから」


「どういうこと?」


「私の母は亡くなっているの。私が五歳のころに。それから国政で忙しい父に代わって秘書の人が親代わりだった。それに嫌気をさした妹の彩羽は、行方不明になった。今でも行方が分からない。私が反グレ組織に捕まって、父が殺されて、それから流れるようにTIに入隊した。だから、本当の愛を知らなかったの」


「そんなの、俺がいつまでも愛してやるよ」


「良かった。君を選んでよかった」


「はあ? どういう意味だよ」


それは――と続けた加奈の顔がハッとする。それから息を弾ませながら、「本当は、いや最初は君のこと好きでもなんでもなかったの。でも君と未来を見ているうちに、宗谷君の勇敢な姿を見ているうちに、どんどん好きになっていった。ありがとう。私を、普通の少女にさせてくれて」


「おい、なんでそんなこと急に言うんだよ。まだ最期じゃないだろ」


「ねえ、写真撮らない?」


「ああ」俺はスマホの撮影モードをオンにして、加奈の隣に屈んで写真を撮った。


「ありがとう。それと君なら青少年蜂起を止められるはずっ――」


パシュン。加奈の瞳が生気を失い、後頭部から血が流れてきた。


「嘘だろ。おい!」加奈の肩を揺らす。


俺はひざまついて、涙を流した。「くそそそう」

 

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