第19話 八つ当たり

風呂から出ると、加奈がベッドでスマホを見ていた。

スマホのオーディオから出る音は、銃撃音と悲鳴。

何を見ているんだろう、と疑問に思って隙間から覗くと女性リポーターが、焦りながら現地の状況を伝えている。


「こちら青森県十和田市。テロ襲撃によって地域は壊滅的状態です。霧が、とにかくすごくて」アナウンサーはむせこんでいる。

「青森……」

彼女はこちらを見て、「どうかしたの?」と心配を帯びた口調で訊ねてくる。

俺は青森にいる南梨花のことが気になった。しばし迷ってから、梨花に電話をかけることにした。

五コール目には繋がった。「はい、もしもし。どうしたの?」


「いや、今青森のこと、ニュースで知って」

「そうなの。突然、緊急速報が鳴って。今、避難所にいるの」

加奈にも聞こえるようにスピーカーにして、梨花の話を訊く。


「相手、テロリストはどんな奴だ?」


「そんなの、知らない。報道管制っていうのかな? 青森ではろくに報道番組はやらないし。SNSは虚偽と真実の情報が錯綜しているし、もう私、訳が分かんないよ」


梨花は涙声で訴えた。その不安な気持ちは痛いほど分かる。加奈が見ていた報道番組は、青森県以外で放送されているものだろう。県民を混乱させないために。


「大丈夫だ。きっと優秀な自衛官たちが来てくれる」


「……宗谷君も、来てくれる?」


「俺は……ああ」

すると電話越しでも分かるほど、彼女が安堵したのが分かった。

しかし俺は、嘘をついた罪悪感から早く電話を切ってしまいたかった。


「じゃあな。招集がかかったから」


「うん。頑張って」


通話を切って、嘆息をつく。

それから壁を殴った。許せなかった。いまだにテロが生きていることが。何のために闘い。何のために守るのか。もはやこれは国家と民衆の戦争だ。

冷蔵庫から缶ビールを取り出し、それを飲んでえづいた。


「ふざけやがって。舐めんなよ」


「宗谷君。大丈夫?」


加奈がまた心配してくる。俺は俯いて、「もう、よく分かんねんだよ。何が正義で、何が悪か。そりゃあ、テロ組織が悪だと思うぜ。でも、そんな安易なことでいいのかな。もっと根本的なことを解決しない限り、連鎖的になってしまうんじゃないのか?」と言った。


加奈はそうだねと言った。「でも、それが難しいことは分かってるでしょ。テロ組織には確固たるアイデンティティやイデオロギーがある。実は……この話をしようか迷ったんだけど、話すね。

 惣流多賀が最大派閥として、党を仕切っている。総裁と言っても派閥に顔を利かせないといけないことはもちろんあって、その惣流多賀が定本の作っている『シャーマンドラッグ』に着目を置いているの。彼は右翼でね。定本の理解者でもあった。だからこそ、都合のいいテロ組織を用いて革命を起こそうとしている」


「それは何で? 革命がそんなに大事なのかよ」


「日本は議会制民主主義でしょ。それをよく思わない国がいるの。韓国や中国などね。そいつらが、テロを主導している。そして革命を扇動しているの」


「どこからその情報を? 信憑性は!」俺は顔をしかめた。

そしたら加奈は胸に手を置いて、「私は、肇加奈だったの。あの、TI法案を可決させた、肇首相の娘」と言った。

唐突なその事実を受け入れられなかった。「お前が……子供の青春を奪ったのか!」

加奈は眉を八の字にさせて、「違う。私の父親が……」と弁解するように言った。


「分かっている。でも、お前の父親からそこまでの情報を聞き出したんだったら、止めることも出来ただろう?」


「まだ十二歳だった」


「そんなの、年齢が理由になるのかよ。大勢の子供が犠牲になったんだぞ」


「だからって、私を責めるの?」

舌打ちをした。分かっている。お門違いだってことぐらい。でもこの憤りを。この無念を、どこで晴らせっていうんだよ。


「だから。私は皆の贖罪を一身に受けて、闘っていたの」


「――ッ――」

そう彼女は強い眼差しで言った。

確かにそうじゃないのか。彼女は、小脳にマイクロチップを入れられて、そしてTIで闘わされていた。彼女の奮闘は、誰にも妨げられない正義じゃないのか。

俺は深呼吸して、もう一度冷蔵庫から缶ビールを取り出してそれを加奈に与えた。

「ごめん。俺が”俺じゃなかったよ”」

彼女はプルタブを開けて、一口含んだ。それから顔をしかめた。


「シャーマンドラッグを国内に流通させると、どうなるんだ。具体的に教えてくれ」


「アヘン戦争って知ってるよね?」


「ああ、もちろん。インドで製造していたアヘンを、清に輸出して巨額の収益を得ていたイギリス。だけどアヘン販売を禁止していた清は、アヘンの蔓延に対してその全面禁輸を断交し、イギリス商人の保有するアヘンを没収・処分したから戦争になった」


「今、日本は自生したシャーマンドラッグを海外に転売しようとしている。ただ、そのドラッグには一つ注意点があるの」


「どういった?」


「中毒症状。それも過剰のね。それに、他の覚醒剤と同じように、酷い離脱症状がある。こんなものが世の中に出まわったら、終わりよ。世界各地で病人やしそれを求める兵士やテロ組織などによる紛争が訪れると思う」


「……シャーマンって言うのは?」


「トランス状態になり、神霊などの超自然的存在と直接に交信することが出来る人物よ」

俺は腕を組んで、「じゃあ、イタコとかと同じようなもんか。それが出来るような”気がする”感覚を得てしまうのが、シャーマンドラッグってことか」と言った。

頭をがしがしと掻いて、「くそ。考えたら考えるほど分からねえ」と唸る。


「もう今日は寝ようよ。嫌なことを考えても仕方ないよ」

俺は、そうだなと呟いて証明を消した。ベッドに寝転がる。百八十七センチ。それが俺と加奈の間の距離だった。それは、賢者の贈り物の冒頭、「1ドル87セント。それで全部。そのうち60セントは小銭でした」という文章から始まる。この物語は皮肉を交え物語でもあるが、「思いやり」も含めた話でもあるのだ。



 














































































































































































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