第20話 トランスヒューマニズム
翌朝。俺はカーテンを開けて、ジャケットを身に着けた。実は、駐屯地から抜け出す際にベレッタを装備していたのだ。それを分解し、点検する。そして再構築しベレッタを胸ポケットに入れる。
陽光で加奈は眼を覚ました。
「おはよう」
「ああ」
それから、「俺の家に行こうか」と言う。
「泊めてくれるの?」
「それしかないだろ?」俺はネクタイをゆるく結んだ。「でも、妹がいるからなあ。ちょっと、具合悪いかもなあ」
「その妹さん、どんな人なの?」
俺は、妹を想像してみる。「あいつは、韓流アイドルが好きで、まあそれで分かるようにイケメンが大好きなんだよ」
「じゃあ、あなたとか好かれたんじゃないの? お兄ちゃん大好きとか」加奈は微笑んでいる。
「俺はそんなにイケメンじゃないよ。少しイケてるっていうだけだ」
彼女は自覚ないんだあ、と言ってベッドから降りた。
そんなにイケメンなのに、勿体ない。彼女はそう言ったあと、キュルルっと腹の虫が鳴った。
「腹減ったのか?」
「うん……」
「じゃあ、もうホテルから出るか」
俺は箪笥の上にあった鍵を手に握った。
駅前にあったマックに入店すると、レジの上に朝マックのメニューが表示されている。
「私、朝マックって久しぶりかも」
「十二歳の時に徴兵されたら、そりゃあそうだろ。浦島太郎みたいなもんだろ?」
「浦島太郎か。確かにそうかもしれない」
俺と加奈はマフィンとコーヒーを注文した。それを持って対面の席に着く。
包み紙を開けて、かぷりとかぶりつく。租借しながら、コーヒーで流しこむ。
「そういえば気になってたんだけどさ、小脳にマイクロチップなんか入れられて、障害とか残らなかったのかよ?」
普通に考えれば、脳をいじれば弊害があると思う。それだけ、脳は複雑な器官だろう。
「トランスヒューマニズムって知ってる?」
「トランス……何だって?」
彼女は租借しながら、目線を左に向けた。そこには、学生が数人で談笑している。
「人間の身体機能を向上させようとする、アメリカ発祥の至上主義。政治の党もあるのよ。トランスヒューマニズム党ってね。それの最先端技術が用いられたから」
「それの実験台にさせられたわけか。不幸だな」
「そう? 不幸かどうかは私が決めるわ」
「は? もうそろそろそのマイクロチップがショートするんだろ。たったの十六歳で死ぬわけだろ。それのどこが不幸じゃないんだよ」俺はちょっと語気が荒めだった。
「私は、自分の人生が利他的に全う出来て良かったと思ってる。この少ない人生が、他人のために使えたなんて、嬉しいことじゃない。でも――最期は自分のために使いたいかな」
「そんなの……」悲しいじゃないか。
俺は、自分の幸福は自分で決めるし、他人のために使う気なんてさらさら無い。でも、他の人間のように使命感に駆られて人を助けることはある。
しかし、所詮そんなもんだ。
「でも、褒められたもんじゃないよ。私のこの行為は、怒りが原動力だから」
「怒り?」
「父親を殺された怒り。父親は、テロ組織に殺されたわけじゃないと思ってる。政治という、曖昧で穢れている社会に殺されたのよ」
彼女は紙ナプキンで口を拭って、トレイを持って立ち上がった。
「いつか君も気付くときが来るはず。この社会が、どれだけ若者に無慈悲だということを」
彼女はそう言い残し、ゴミを捨てに行った。俺はマフィンを齧って、「格好つけすぎだろ」と言った。
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