第14話  定本の隠れ家

二階建ての木造アパートの、ある部屋の呼び鈴を鳴らした。

「来たんですね。まあ上がってください」

私はおじゃましまーす、と言って室内に入る。

鼻じりに刺激するようなツンとした匂いがする。


「定本さん。まだ眠っているんですか?」


「まあね。シャーマンドラッグの中毒だからね。そうそう起きないよ」


私を部屋に招き入れた白銀の少女は言った。名前は、肇 彩羽いろは

TIにいる霧島加奈の妹、と彼女は言っていた。 

それから、私は畳の上の布団で横になっている、五十代ぐらいの酸素マスクを点けられている男を見た。この人が定本伸介。二〇一一年。俺は麻原彰晃の後を継ぐ、と声明を出し韓国に渡航。そこでマフィアと協力し、韓国のトップシークレットにアクセス、韓国軍隊に虚偽のICBM発射コードを命令、ミサイルを発射させた。その射出には様々な軍事的背景があったらしい。


「ねえ、彩羽ちゃん。この人を生かしてどうするの? この人、犯罪者でしょ」

今なお、この定本には闇医者がついている。脳挫傷を患いながら、もはや植物状態となりながらも延命させるその理由は何だ。


「定本が求む理想郷。それはアメリカの夢の国とは異なる、地獄そのものだけど、でも地獄こそ、美しい花は宿るものよ」

私は顔をしかめるしかなかった。どういう意味だ。


「奈落の花は、罪人や屍人の想いを反映させる。罪人の瞳って、あなた、見たことある?」

首を振った。すると彼女は定本の瞼を開けた。当然、昏睡状態なため、視点の焦点は定まっていない。


瞳はぎらついたプラネタリウムみたいだった。


「魂は穢れていく。その一種の見極め方が瞳を見れば分かるのよ」


傀儡回帰。そう彼女は呟いた。

「民衆は、もはや奴隷よ。定本が開発したシャーマンドラッグで、虜になる国民は急速的に増えていって街は終わる」


私は煙草の箱から一本抜き取り、口にくわえて火を点けた。

「そんなこと、はっきり言ってどうでもいいけど。私はお兄ちゃんの”復讐”が出来ればいいんだし」


彩羽は定本の頭髪を撫でて「敦子ちゃんのお兄さん、TIの兵士でしたよね。こいつを憎んでいるでしょう。どうします?」彩羽は眼踏みしてきた。「定本を殺しますか」

私は緊張で乾いた唇を噛み締めて、黙考した。

それが、全てを表していた。


「余計なことは考えないことです。殺されたくなければね」


「分かってる。そんなことぐらい」

私は立ち上がり、バッグを手に持った。


「じゃあ。もう帰るから。またね」

すると彩羽はにんまりと笑い、ええ、と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る