妹はスパイ
第13話 敦子の没落
私は悪者だ。悪党だ。
悪党の歌を捧げる。
路上で、私は声を奏でていた。だが立ち止まる人などおらず、その光景を見やるたびに、自身の才能の無さを痛感する。
雪が振ってきた。雪の結晶はとても綺麗だ。
すると、折り畳み携帯から電話がかかってきた。
「はいもしもし」
「敦子。今どこだ」
「新宿の駅前」
「まさか、また歌でも唄ってんのか」
才能ないからやめておけって。濁声の男がそう言った。
うるさいなあ、自分の才能のなさを分かってるって。それでも、兄がいないこの世界で、少しでも報いることが出来ればいいなって思っているから。
「じゃあ歌舞伎町に行け。そこにホームレスのおっさんがいるはずだ。そいつにシャーマンドラッグを渡せ。いいか、絶対に警察に見つかるんじゃないぞ。下っぱの警察だったらドラッグ所持で捕まるぞ」
「はいはい。そんなドジ踏むわけないでしょう」
通話を切った。
通学バッグの中をまさぐった。シリンダーの中に入ってる薄橙色の液体。
私はそれから煙草に火を点けた。
歌舞伎町でホームレスの人間が一升瓶を呑んでいる。私が前に立つとそいつは嫌悪感に満ちた表情に包まれる。「餓鬼が煙草なんて吸うんじゃねえよ」とご立派なことを言う。自分の位置を確かめてから言うんだね。そんな皮肉が出そうになったが寸前で堪えた。
シリンダーを渡すと、「ありがとな。これで今夜も眠れる」と言った。
それから屈みこむと、男は眼を細めた。それから「一晩何円だ?」と訊ねてきた。
「何のこと?」
「いやあ、パンツが見えているから。そういう商売かと思って」
「キッモイ」
私は侮蔑のこもった眼でホームレスを見つめた。
「最近、ぜんぜんヤッテないなあ」
「だから何? 風俗にでも行けばいいじゃない」
「お前、俺がホームレスだってこと、忘れているだろ」
「じゃあなに? 私にあんたの肉便器になれって言うの?」
「その言葉、そそるなあ」
「気持ち悪い」
立ち上がり、ホームレスを見下ろした。
「これ、あげる」
通学バッグから軍用レーションを渡した。それを手に取り見やったホームレスは、怪訝な顔をした。「何でこんなもんが」
「クッキーみたいで美味しいよ」
ホームレスはそうじゃないと唾を飛ばした。「貴様、軍人か?」
私はそんな愚門に、高笑いをして見せるしかなかった。
あんたには、この絶望の支給品の素性を知ったところで何もできないだろうと。
「私の兄がTIの兵士なの。兄としての義務感から、こうして月に二度、支給品を贈ってくれる」
「お前と、その兄貴は繋がっているんじゃないのか。定本は何を考えている?」
「私を信用してくれてるよ。TIを憎む、処女としてね」
「まだ世間を知らない処女か。そりゃあいいな。でも寝返んなよ。そうすれば、お前の処女は誰かが突き破ることになる」
「分かってるって。それじゃあね」
丈の短いスカート翻して、私は歩いていく。歩いていく。
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