第9話 ため口
「皮肉だろ? 基樹。これが社会だよ」
「その……犯人はどこの組織だったんですか?」
俺は、失礼が無いようにやんわりと訊ねた。
「ギャングモドキの少年だったよ。団結心というチーム名だったかな。仲間がTIにいて、士官の家族を殺せばその仲間を解放出来ると踏んで、犯行に至ったらしい。全く、舐めやがって」
彼は国に、いや、阿呆な首相に腹を立てているのだ。派閥に顔を立てることでしか、霞が関では人権を得られず、そんなルールに党は染まりきっている。それが当たり前だと政治家も国民も思っている。
「あの、こんなこと訊くの、おかしいかもしれないですけど、そんな体験をしたのにどうしてTIの育成士官をしているんです? 普通はトラウマでそんな仕事、出来ないと思いますよ」
伊藤は頭を掻いて、うーんと唸った。
「同情はありがたいが、これも私の職責というわけだ。じゃあ、頼んだぞ」
俺の頭をくしゃくしゃにかき乱して、過ぎ去っていった。
きっと、彼は復讐の気持ちも同時にあるはずなんだ。それでも、仕事と割り切っている。
それが大人。子供の俺には到底出来そうにない、社会に抑圧された状態なんだ。
TIの基地は各ブロックに別れていて、伊藤によるとA棟に霧島加奈はいるらしい。
ブロックは繋がるように円形になっている。
A棟に向くと、女性寮と男性寮に別れた扉がそれぞれあった。
その中心に事務員の詰所があり、そこで俺は霧島加奈を呼んでもらった。
それから、加奈が扉から出てくる。
「話は聞いている。さあ行くよ」
「ああ、はい」
どすっと加奈は俺の右足を蹴った。「敬礼、忘れてる」
俺は言われるがまま敬礼すると、鼻を鳴らし踵を返して去っていこうとする。
それに連いて行って、加奈に「優しいんすね」と言った。
「何が?」
「普通、義足の方を蹴りませんか。相手を痛めつけるんだったら」
関節と義足は不安定だ。重心が左関節にものっているのだとしたら、そこを蹴ればダメージを与えられる。
「君、マゾなの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
すると、加奈が俺の詰襟を掴んでくる。
「君、格好いいね。イケメンっていうのかな」
「えっとありがと? いえ、光栄であります」
そしたら、加奈は大笑いした。「もう、ため口でいいよ」
柔和に微笑んでくる美女に、俺は内心ドキッとした。
だがまた厳しい表情になって、「不自然な敬語は、相手を不愉快にするからね」と言う。
「ジープに乗って大宮まで行くよ」
「う、わかった。でも、免許持ってんの?」
「TIで運転免許を特別にとれるのよ」
「ふーん。そうなんだ」
エレベータのスイッチを押して、それに乗り込んだ。
「そういえば君、年齢は一六歳だったね」
「そうだけど」
「同い年だね」
え? 同い年だって?
「見えねえ……」
「ん? 何か言った?」
彼女はジロ眼でこちらを見た。俺は勢いよく首を振って無言を強調した。
「まあ、よく大人っぽいね、ってよく言われるけど――」
聞こえてんのかよ。俺は苦笑した。
「加奈は、いくつの時からTIにいるんだよ」
「十二歳。その当時は一番最年少だった」
「なら、大人っぽく見えるのは当たり前だろ。激戦地での戦時体験は、精神年齢を発達させる。俺は、お前が”大人にならざるを得なかった”と思う」
加奈は笑って、それから俺の臀部を蹴った。「あんまり調子にのるな」
「ごめん。でもそう思ってさ」
エレベーターの扉が開いた。「君、よくモテるでしょ」
「えっ、何だって?」
「もういい。何でもない」加奈は歩き出す。
「あんまりモテませんよ」
「聞こえてるじゃないか」
もう一度、加奈は臀部を蹴ろうとしてきたが、俺はそれを避けた。
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