第7話 TIの組織名
一か月後。青少年が戦地から還ってきた際に、少しでも安堵感に浸れるようにという目的で作られたカフェテリアにて。
「誠二。お前移動するってマジか?」
「ああ。俺は特殊作戦群に行く。止めるなよ」
そうニヤつきながら言った。俺は誠二の頭をはたいて、誰が心配するか、と言ってやった。
「特殊作戦群って試験とかってあるのか?」
「まあ、オープンに公開されているのは3曽以上、課程教育入隊時に置いて、三六歳未満の者、レンジャー試験に合格できる体力を有する者、とか厳密に規定されているな」
レンジャーとは、陸上自衛隊の付加特技の一つ。特定の課程教育を修了し、レンジャー特技の付与を受けることで、レンジャー紋章を着用できるようになる。
「ふーん。でもなんで急に?」
「自分の限界を知りたくなってさ」
お前も来いよ、と誠二は言った。
「でも俺、こんな足だしな」
「……関係ないと思うんだけどなあ。まあ最後は自分で決めろ」
「ん? 待てよ。レンジャーって自衛官の一つの称号、つまるところ、俺たちがそれを得るというのは無理なんじゃないのか?」
「は?」
我々TIは警察庁直属の組織対策組織だ。だが不可思議に思うのは、階級が警察式ではなく自衛官の階級になっているのだ。
俺らの組織を例にあげれば、SATが近いが、なぜ軍の特殊部隊称号や、特殊部隊軍に位置づけられるのか。
「……言われてみれば、そうだな……。俺らの所在地も捜査一課や所轄じゃなくて、練馬駐屯地だもんな。なぜだろう」
「――知りたい?」落ち着き払った少女の声が聞こえた。
その方を見ると、丸まった包み紙二個と、ドリンクがトレイに乗っているものを持つ、白銀の髪の、霧島加奈が立っていた。
「どういう意味……デスカ」
俺は慣れない丁寧語を用いて、加奈に訊ねる。
加奈は、俺の隣の席に座って――俺らが座っていたのは四人掛けのテーブルの椅子だ――包み紙を開いた。どうやら中身はハンバーガーだったようだ。
それを一口食べて租借しながら、
「武器も装備も税金だから。警察の装備だなんてせいぜいベレッタでしょ。だったら自衛隊の武器を拝借した方が安上りだもん。で、警察の身分で自衛隊の装備を使うと何かとまずい。だったら立場も自衛隊をからめれば国民の横やりから背けられる、といったわけ」
「だったら最初から――」
最初から自衛隊に所属していれば良いのではないか。そう考えるのが普通だ。
「これ、一個あげる」
「へ?」
手渡された包み紙。ベーコンレタスと書かれている。
「自衛隊の意義は何だと思う? 災害などの救護や国外からの攻撃への対処よ。これが意味すること、分かる?」
「……」
誠二も、俺も黙ってしまう。それを見て、諦めと嘲笑が混じったような顔を見せる。
「捜査権が無いのよ。自衛隊には。だから我々TIは警察庁に所属する組織対策犯罪係兼防衛省特別陸上自衛官が正式名称に位置し、自由にテロリストを掃討しているのよ」
「じゃあ、俺たちもいつか警察みたい捜査する日が来るのかな」
俺の淡い期待と、ドラマなんかで見たような刑事ものの姿が脳内で再生される。いつ、どんな映像物の刑事も、ジャケットを翻し、現場は足で犯人を探すものだと豪語し、アンパン片手に張り込んでいたものだ。
そして崖に追い込んで、犯人を自供させる。かーーっ、たまらん。これぞ土曜サスペンスの醍醐味だ。
「あなた、何か変な想像してない?」
「いや、理知的に捜査権というものを想像していたよ」
「”利己的に”の間違いじゃないの? へらへらしていたし。捜査ってしんどいのよ」
俺はそれを無視して彼女にいただきます、と一言断ってからベーコンレタスバーガーを齧った。
「よお。基樹」
誠二と加奈から別れて、自室へと向かうブロックの廊下を歩いていると、伊藤一等陸士から声をかけられた。
俺はいまだに慣れない軍式敬礼を伊藤に見せた。一等陸士も応じてくれる。が、そのあとに「君たちのような若者に、敬礼をしてもらうというのはなんともむず痒い。今後は二人っきりの時は控えてもらってもいいぞ」と言ってくださった。
「お言葉、嬉しいです」
伊藤一等陸士は言いにくそうに顎元を触りながら、
「君に頼み事があってな。理工部隊の基地に行ってくれないか。大宮駐屯地にあるんだ。バディは、そうだな。霧島加奈でどうだ?」
俺は苦笑しながら、「バディって必要ですか」と口答えすると、一等陸士の顔が強張った。まずいと思いすぐに謝った。
「いや、いいんだ。まさか口答えされるとは思わなくてな。君は純粋だな」そう皮肉を込めて言われた。
加奈にも言われたがやはり目上の人に敬語や口答えしてしまうのは人間として駄目な気がする。
ここは社会なんだ。年齢が一緒でも階級が一つ上だったら上司だし、階級が高くなればなるほどそれ相応の行動を求められる。
それが軍社会。
それに、まだ餓鬼の俺がいてもいいのだろうか。
そりゃあ例え軍社会でもラノベの世界だったら主人公は、最強で、心も強くて、いわゆる”心技体”を習得していて、敵をなぎ倒す英雄だが、現実では、英雄などいない。
「あの……伊藤一等陸士。俺は、いや俺たちはここで何をすればいいんですか。人殺しを正当化され、民衆のために働く。それってつまり傭兵なんですか? 奴隷ですか?」
一等陸士の目元が厳しく吊り上がる。「言葉に気をつけろ」
「確かに、君たちの年齢でこのような場所で働かされることに疑問を覚えることは仕方ない。けれど金のために銃を握る傭兵でもなければ、強制させられている奴隷でもないんだよ」
そして自分の息子を見るような眼で、俺を見てきた。
「俺はな、こんなこと言えば懲戒ものだが、TIの子供たちを普通の学校に通わさせてあげたい。テロリストの殲滅などというゴミ掃除は俺ら大人の仕事だからさ」
思わず言葉を失った。伊藤の瞳から憤怒が見え隠れしたからだ。
まさか、この人は本気でこの社会に腹を立てているのか。
「伊藤士官、無粋ですけど、何かあったんですか?」
すると、伊藤は肩をひとつ竦めて、「娘が、死んだんだよ。この、TIという制度のせいでな」
沈黙が連なる。そう、沈黙が連なるのだ。
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