加奈との対面
第6話 階級の違いは身分の違い
廊下を歩きながら自室へと向かっていると、肩を抱いてきた少年がいた。
俺は首を横に向けると立っていたのは、同室者の隅田誠二だった。
「よお、調理室からいただいてきたおにぎりでも食おうぜ」
そう言って白い歯を見せた。彼は俗にいうイケメンと言う奴で、ここTIでの女子隊員の評価も高い。屈託ない姿は、女性心をくすぐるということなのかもしれないな。
印象としては、軽薄といった感じだが、実は博識高い瞬間も見せることもある。地頭が良いとでもいうべきか。
彼との接点は五日前。入隊初日に同室となった際、彼が読んでいたO・ヘンリーの賢者の贈り物を読んでいたのを見て、俺が声をかけたのがきっかけだ。
「その本、面白いか?」
「いやあ?」
「それ、些細な行き違いと、皮肉を交えた物語だろ」
「そうだよ。なんか、これTIの組織の性質に似ているよなって思って見返してんだよ」
彼は本を閉じて、椅子にもたれかかった。
「俺たちは少年ということで徴兵された。一八になるまで厳しい訓練と任務で、いつ死んでもおかしくない状況に陥るだろう。国民は無慈悲だと政権を批判するし、少年も宿命を呪うだろう。実際問題、徴兵されたくないから犯罪に走った青少年もいるらしい。徴兵制度は単なる正義か、欺瞞か。それすらも皮肉だろう」
歌舞伎町ビル放火事件。一三歳の少年が徴兵令状が届いた後に行った事件だ。それはある意味、政権への反発であるし、自身の運命の玉砕でもあるからだ。
それでも、その少年は徴兵された。今なら分かるが、TIの管轄が警察庁だったので、すみやかにTIへ徴兵させるほうが良いという判断だろう。刑の執行ではなく、いやもしかしたらその少年はTI退役後に刑が執行されるかもしれない。
俺はただ、そうだなと言った。
それが、彼――隅田誠二との出会いだった。
自室で誠二が厨房で拝借してきたというおにぎりを食べながら、語らっていた。
すると、サイレンが鳴った。
誠二は眉を八の字にさせて、「パクったこと、ばれたか?」と言った
俺はニヤつきながら「んなことねえって」彼の肩を叩く。
その後、放送音が鳴る。内容を聞くとどうやら非常招集らしい。
彼は大口を開けておにぎりを突っ込んで、まるでリスみたいに頬をふくらました。
「さあ行くぞ」
俺は大笑いして、「何が『さあ行くぞ』だよ。可愛いなあ」と言った。
リスは果敢にきょろきょろと視線を動かし、バッグに食べ物を突っ込んで、さあ行くぞ、と言ったみたいな小動物系ロールプレイングゲームを妄想しちゃったよ。
今日から誠二の渾名はリスだな。
リスと一緒にヘリポートへ移動すると、第三十期の隊員たちが空を見上げてた。
軍用ガンシップが降下しホバリングする。
そこから出てきたのが、赤茶色の野戦服を身に着けた隊員たちだった。
「敬礼!」
全員がこの場にいた自衛官の命令に従う。
ガンシップの中にいた隊員たち、合計六名が横並びに整列する。
――全員、少女だった。
「あれが、特殊作戦群か」
誠二がぽろっと言った。
特殊作戦群? ミリタリーに疎い俺には、彼が何を言っているのか分からなかった。
「あいつ……」
列の中心に、スナイパーライフルを握っている少女、そう、病室で俺と接見した奴がいた。
彼女たちはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
……その中の一人が、涙目だった。
どうしてだろうか。俺はもう一度ガンシップに眼をやると、担架に乗せられた少女が隅に立っていた救護班が連れていく。
まさか、死者か?
運ばれていく光景を俺はじっと見つめる。
その少女は、遠方から見る限り左腕が無かった。
「なあ、あれ見えるか?」誠二に訊ねる。彼は頷き、「多分、殉職か、重篤負傷者だろうな」
「特殊作戦群って何なんだ。俺ら第三十期TI部隊と何が違うんだ?」
あんな負傷者を出すような、危険な任を担うようなものなのか。
「あいつらは制服を見た感じ特殊部隊だよ。ほら、あのナイフに翼が生えている紋章。あれが特殊作戦群の目印な。アメリカでのグリーンベレーを模倣して作られた、と言えば分かりやすいかな」
「特殊部隊……」
俺は胸の紋章を触った。この日の丸印の下に日本刀が左右にある陸上自衛隊の紋章よりも、位が上な部隊。
俺は、駆け出した。
ホールに入り、前方を歩く特殊作戦群に声をかけた。「あの!」
すると、金髪碧眼な少女がこちらに睨みを効かした。
「あんた、誰?」
失礼が無いように敬礼をして、「基樹宗谷と申します」と声を張り上げた。
「先、行ってて」
あの時の少女が、周囲の隊員にそう促した。
「何?」
「あの、お前の名前、訊くの忘れてたと思って」
少女は嘆息をついて、「霧島加奈。そして――」
俺を真っすぐに見つめて言った。
「幻影の魔女よ」
幻影――幻の、魔女? どういう意味だ?
セカンドネームとしては不純な異名に、俺は困惑せざるを得なかった。
「なあ、加奈。魔女ってどういう意味だよ」
すると訊ねたその刹那だった。俺の顔面に掌低を食らわした。よろけて膝まつく。
「何、すんだよ」
「私の階級は大尉。あなたは三曽。階級の違いは分かるよね。軍隊では身分の違いは階級の違いよ」
鼻を鳴らし、踵を返していった。その背中姿は優美そのものであったし、まるでその強気な姿勢は何物にも屈しない女戦士――スキャンドメールのようでもあった。
「階級がそんなに偉いかよ。くそっ」
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