第3話 新たなる門出
翌日。今度はベッドの隣の丸椅子に、赤髪のグレースーツの女性が座っていた。
「やあ。起きたかい」
「誰なんです?」
「私は暁。TIの司令官だよ」
俺は睨みつけながら、「何の用だ。お前は障碍者まで徴兵するつもりか」と厳しく言った。すると相手は道化師のように、つまりは演技ががっているように話し始めた。
「君の”ドラマ”素晴らしかった。まるで特撮ヒーローだな。自分を顧みず、赤子を守るその姿はまさしくそうだ」
「ドラマだと? お前はあれを偶像作品だと言いたいのか? 筋書きが決まったものだと」
暁は笑いながら肩を竦めた。「そう怒るな。ジョークだよジョークだよ」
「帰ってくれないか」
「まあ、そう言わないでくれ。今日は君に交渉を持ってきたんだ」
「……」
俺はいぶかしむ眼を向けた。こいつは何を言ってやがる。
「君はTIの徴兵令状を無視していたね」
「それがどうした」
「もし、君がTIに入隊すると言うのであれば、君の妹の徴兵令状を取り下げてやろう」
「それは本当か?」
俺は前のめりになったせいで、左足がズキンと痛んだ。歯を食いしばる。
「TIの徴兵令状を無視することは、法律違反だ。”健康”な少年少女なら、令状に従わないといけない。私が言わんとしていること、分かるよね」
俺は舌打ちした。脅してんのか。
敦子は何度も令状を無視している。暁、という女性はこのままいけば妹は警察に捕まるぞと言いたいのだ。
全く、ふざけやがって。
「分かった。もうあんたに任せるよ」
暁が立ち上がって、「君の義足はこちらが用意する。ハイテクバイオテクノロジーレッグだ。水陸両用の完璧な足を”理工部隊”に造らせた一級品だ。楽しみに待っておけ」と言い残し去っていった。
さらに翌日。窓の隅から斜陽が伸びている光景を眺めていると、ノックが鳴った。看護師でも来たのだろうか。
扉が開いて、現れたのは銀髪な少女だった。赤いブレザーを着て、緑のネクタイと丈の短い白黒チェックのスカート。TIの制服だ。
俺は顔をしかめて、「何のようだ。ここは軍事病院じゃないぞ」と咎める。しかし、少女はそれに相手せず、丸椅子に座ってこちらを真っすぐ見つめてきた。そう見られるとはっきり言って不愉快だった。俺は少女から眼を背ける。
何の用だよ、ったく。
すると少女は「現実から眼を背けているのね。惨めなもの」とからかってきた。それに憤る。「ふっざけんなよ。誰が現実から眼を背けてんだよ。妹のために障害を患いながらもTIに入るしかなくて。左足は返ってこないし。どうして俺みたいな奴がTIに所属命令が出たのかも不思議だし」
「推薦よ」
「――推薦?」
「暁指令の推薦。あなたの雄姿を知った暁指令が、あなたをTIに所属させがたってる」
俺は嘆息をついた。「余計なお世話だ」
何が雄姿だ。若者を好き勝手に利用して、大事な青春を犠牲にさせて、若者特有の希望的観測をつぶして、それでも足掻けよ足掻けよと苦難を強制させて、何が大人だ。何が司令官だ。ふざけるのも大概にしろ。
「推薦なんだろ。じゃあもう勝手にしろよ。お前らのお得意なご都合主義で勝手に利用させろよ」
すると、少女は溜息をついた。「君みたいな、幼児化の少年、見飽きたよ」
俺は、この瞬間、何かが火が付いた。それは憤怒なのか、幼児化と言われて恥ずかしくなったのかは、分からないが、このとき、俺はとにかく激怒した。
「何だと!」
ベッドから足をだそうとしたとき、もう左足がないことを失念し、床に倒れこんだ。少女からは自然と見下ろされる形となる。
「何、見てんだよ」
「君は、TIに対する恩はないわけ?」
「恩、だと? お前らの組織は子供を徴兵させ、銃を握らせて、殺しを覚えさせ、一生消えない傷を残させる極悪機関じゃないか。お前だってそうだろ。TIに恨みとか持たないのかよ」
お前には、TIに恩があるのか。
個人的な問題かもしれない。でも訊ねてみたかった。この少女は、TIに忠を尽くしているのか。
少女は嘆息をついて、俺をベッドに戻した。そこでまた丸椅子に座り、自身の後頭部を触った。
「私の小脳には、機械が埋めこまれているの。脳が常に活性化され、異常な身体能力や、幻覚、妄想などを引き起こしているの。本当だったら、私は精神病院に隔離されているはず。それでも、暁指令のおかげで、この肉体を”有効利用”されている」
小脳に機械だって? そんなSFあるわけないだろう。第一、常に脳が活性化されていたら精神が崩壊することだって医学に疎い俺だって分かるぞ。
だが、目の前にいる少女は姿勢よく座り、こちらを真っすぐ見つめている。俺が厭味や皮肉を零したとて、動揺することなく、存在している。
それに何だ、有効利用って。それを訊ねてみると、
「TIの特務部隊の部隊長をやらしてもらっている。けど”普通”なら、血反吐を吐くような訓練をし、精神が脆弱するほど虐め倒されて任命されるものなの」
「それってつまり……?」
「私はろくに訓練もせず、自分の能力だけで部隊長という任に就いた、っていうこと」
「なあ、それってお前が望んだことなのかよ。もしかしたら任務で死ぬかもしれない可能性を秘めながら、それでも自己犠牲みたく作戦に挑んで……リスクとリターンが見合ってないんだよ」
静かに、落ち着き払った声で「分かってる」と言い、少女は強張った顔で笑った。それは、小脳に障害があることの証明であった。表情筋も、小脳が担っているからだ。
俺は眼を逸らして、「分かった。入隊してやるよ」と言った。
「じゃあこれ、あげる」
そう言われて手渡されたのは、一通の手紙だった。
封を開けると、写真が一枚と簡素な文章が書かれたものだった。
写真は、東京タワー襲撃事件で俺が守った赤子を抱きしめて微笑む母親の姿。それから紙には、「あなたのおかげで今日も生きてられます」と記されていた。
――良かった。本当に……。
6
バイオテクロノジ―レッグ――通称「アインシュタイン」を装着し、立ち上がろうとしたとき、体重が左足にかかって、関節から上がきしむ。
それに幻肢痛ときた。その激しい痛みは、死んだほうがマシだと思うくらいで。思わず喘いだ。
看護師が俺の肩を支えた。「無理せず、いきましょう」
手すりに捕まりながら、一歩一歩歩く。
そのたびに痛む。呻きながら、努力する。
その努力の根源は、あの、名前すら知らない自己犠牲の少女を、見返してやろうと思っていたからだ。
十メートル歩くだけでも、血の滲む思いだった。
腰を落として、スポーツドリンクを半分ほど飲む。
息を整えながら、もう一度立ち上がろうとしたとき、看護師が俺の肩を押さえて首を振った。「もう駄目。かれこれ二十周だよ。左足から出血しているのでもう辞めたほうがいい」
すると、リハビリ室の扉が開いた。見やると梨花が立っていた。
彼女は哀しい、眼だった。
梨花と話をするため、看護師に二人にしてほしいと言う。
「TIに入隊するんだって?」
「ああ、そうだ」義足を外し、松葉杖を使って自力で車椅子に乗った。
「ねえ、何で? そんな痛い思いまでして」
「俺は、魅せられたんだよ。ただそれだけだ」
「私のお兄ちゃんの話はしたよね。それでも、TIに入隊したいんだ」
ああ、そうだとぶっきらぼうに言う。
すると、彼女は俺の頬をはたいた。「馬鹿じゃないの。私は……宗谷君のことを思って言ってるんだよ」
「惨めってか。足まで失っても足掻くのは豚野郎って事か?」
四肢を失っても必死に、生命力があるうちは生きようとする家畜みたいってか。皮肉だな。俺は苦笑せざるを得なかった。
「なんか、変わっちゃったね。宗谷君。強さと我儘は違う。君は今、自分が一番不幸って誤解している中二病なんだよ」
「だからなんだよ! もうこうするしかないだろって。妹を犠牲にするかしないかの天秤の上に、俺は乗ってんだって」
きつく睨むつけ、どっかいけよ、と呟いた。
「見損なったよ。宗谷君――」
彼女は部屋を出て行った。「くそ、じゃあどうすればいいんだよ!」と俺は叫んだ。
その声は室内を反響し、それから無慈悲に消失した。
消失した――。
三か月後。俺は退院することとなった。慣れれば以前の足よりも使い勝手が良い義足を身に着け、ベッドから立ち上がった。
すると、看護師が病室に現れ、その人は手紙とネックレスを持っていた。
「基樹君、これ、南っていう子から。プレゼントらしいよ」
俺はそれを受け取り、まずは手紙から読む。
『基樹宗谷君へ。
この手紙を読んでいるってことは、もう別々の道へ出発するってことなのかな。
あなたはTIに、私は青森に移動することが決まった。
私ね、多分あなたのことが好きだったんだと思う。
唐突よね。ごめん、忘れて。
あなたが果敢に赤子を救ったのは、すごいと思った。
だって私、ひるんで足すら動かせ無かったんだもん。
もしかしたら、TIに向いているかもね。
ごめん、また皮肉だよね。
何か、謝ってばっかりでうざいよね。
でも、あなたとの最後のデート、とても楽しかった。だから、プレゼントあげます。大切に使ってね。
最期に、あなたと一緒の時を刻めて良かった』
俺は嘆息をついた。未練が残る前に手紙を破ろうかとも思った。でもそれを寸前に止めたのが、彼女の想いだった。
皮肉や厭味でしか、互いの想いを伝えられない思春期の性質。
本当だったら、俺らは普通に学校に行って、下校時に買い食いをして、友人と語らいながら帰宅する。そんな幸せすら享受出来ないだなんて。
俺は思う。このTI法という法律は、児童心理学において「アダルトチルドレン」を量産してしまうことがあるということを。
今から、戦地に赴く。拳銃を握り、戦士となる。いや、戦士にならざるを得なくなる。
ショルダーバッグに手紙を乱雑に放りこむ。そしてそのバッグを背負い、歩き始める。
彼女から与えられた十字架のネックレスを首にかけて。
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