第2話 東京タワー襲撃事件
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赤羽橋駅の付近で、俺はスマホゲームをしながら梨花を待っていた。
「アイテムたまんねぇなあ」
「――お待たせ」
声のした方向を見ると、黒ジャケット、白シャツに黒ネクタイ。黒のロングスカート。ブーツを身に着けた梨花が立っていた。顔立ちもいつもよりはっきりし、化粧をしていることが分かる。明らかに気合が入った容姿だ。
でもそんな服装を前に、俺はまた言ってはいけないことを言ってしまった。
「やっぱりお前って地雷系女子?」
「君、殺すよ?」にんまりと梨花が笑う。まるで狂笑だ。俺は恐れをなして謝った。
「でも、どうして東京タワーなの? 他にも場所、いっぱいあったでしょ」
「ああ。電波塔が好きなんだよ」
彼女は眼を細めて、電波塔のどこがいいの? と訊ねてきた。
「あの、スタイリッシュなデザインがいいんだよ」
ふーん、と訊ねておいて興味がなさそうだった。そのあと、彼女はスマホの画面を見ながら、「もし、私をこのデートで楽しませることが出来れば、あるプレゼントをあげる」と魅惑的な微笑を湛えた。
東京タワーに着くと、早速展望台に上った。
全貌三百六十度の光景を眺めては、すごいなあと思う。
まるで、鳥になった気分だ。俺も翼が生えたらこんな風な空を飛べるのだろうか。
ビルの大群。そして斜陽。真っ向から向かってくる風。それを自由に、飛べる。
「どうする? そろそろ、フードコードに行く?」
「うーん、そうだなあ」
するとカランカランと何かが床に転がってきた。
それが一瞬の閃光をまき散らし、爆発した。床がわずかに振動する。
俺は床に倒れて、浅い呼吸をする。身体を見ると無傷だった。良かった。
すると展望デッキに現れたアサルトライフルを携帯した男の集団がこちらに銃口を構えてきた。
「動くな。動くと、撃つぞ」
俺は、梨花の傍に気付かれないように寄った。「大丈夫か?」と問うと、彼女は涙目で首を振った。「捻挫、しちゃったみたい」
そしたら、赤子が泣き始めた。その母親が焦りながらあやす。
「おい。うるさいぞ。五秒以内に黙らせないと殺すぞ」
覆面の男が拳銃を赤子に向けながら言った。
「五、四、三――」
俺は、歯を食いしばってその赤子の前に走った。驚いた男が俺の左足に発砲する。
肉が抉り足られるような感覚が襲ったが、それでも赤子の前に立ちふさがる。
「どけ。餓鬼。死にたいのか」
「どかねえ。このまだ未熟な幼子の命を守って死ねるなら本望だ」
互いに牽制し合う。男は俺の頭部に銃口の照準をあわせる。
「てめえの脳みそ、ここでぶちまけてやるよ」
「やるなら、やってみやがれ」
そして発砲音が響いた。
展望デッキにTIの制服を着た隊員たちが現れ、ギャングたちを無力化していく。もちろん、俺の目の前の男も殺された。
ふらふらと俺はひざを折って、赤子の頬を撫でた。「君が無事で良かった」
母親が涙目で「ありがとうございます」と言った。
梨花が、こちらに近づいてきて、俺の身体を抱きしめた。「もう、無理はしないで」
その光景をじっと見ていた銀髪な少女。少女は銃を腰元に締まって、「君、名前は?」と訊ねてきた。
「俺ですか?」
「他に誰がいるのよ」
「基樹宗谷です」
ふーん、と頷いて、「下に救急車を横づけさせているから、早く担架持ってくるね」と言った。
「もしかしたら弾が残ったままかもしれない。念のためにね」
俺は頷いたとき、前のめりになって倒れてしまった。
「やばい。出血が思ったよりも多い。飯田救護員、すぐに担架持ってきて!」
薄れていく景色の中、梨花が俺の顔を覗き込んで、涙を流しながら「生きて帰ってきて」と呟いた。
5
覚醒した。瞼を開けると、目の前に眩しい蛍光灯があった。きっと寝ころんだ体勢なのだろう。首を回すと、梨花の姿があった。彼女は文庫本を読み、静かにページをめくっている。
「あぅ」
声を出すと、梨花が本から眼を上げた。眼を丸くしている。「宗谷君……」
「ここは、病院か?」
「うん。あ、その前にちょっと待ってね」
梨花がナースコールを鳴らす。
その数分後、看護師が訪れた。「基樹さん、お変わりはないですか。今、主治医が来ますからね」
俺は起き上がろうとするとなぜか看護師に止められた。
「まだ、待ってください」
待つ? 何を?
主治医だろう人物が現れると、「実はいつか伝えなければいけないことがありますが、今日はよしときましょう。ナース、点滴を」と言う。
何だ? いつか伝えなければいけないことって。
そんな疑問を抱き、俺は、「今すぐ教えてください」と訊ねた。
主治医は溜息をつき、「焦りはよくないんですが……まあいいでしょう。少し待っていてください」
主治医が部屋を出ていき、その数十分後、また戻ってきた。手にはレントゲン写真が握られている。
ボードにレントゲン写真を貼る。それは俺の両大腿を写したものだった。
……左足の大腿から先がない。そう写真にはあった。
すると足の痛覚が一気に俺を襲った。「うわああああああああ」
「ナース! 鎮静剤を」
俺の静脈に鎮静剤を打ち込む。俺は、意識がぼんやりとしていって、気を失った。
また眼を覚まし、隣を見ると梨花がまた文庫本を読んでいた。
「何読んでんだよ」
事故のショックからまだ立ち直れなくて、俺は不甲斐ないがぶっきらぼうになってしまった。
だが、それを無視してくれた梨花は、微笑んで「O・ヘンリーの賢者の贈り物」と言った。
「どういう内容」
「些細な行き違いと、皮肉を交えた物語」
「なんか、つまらなそうだな」
「結構面白いよ。なんか、人間の本質に気付けるし」
「ふーん」
俺は嘆息をついた。
「お前、いつからここに通ってるんだよ」
彼女は指折り数えながら、「一か月ぐらい、かな」と平然と言った。
「もう、来なくていい」
こんな惨めな姿を見られるくらいなら。それでも彼女は首を横に振った。
「私、実は学校の転校が決まったんだよね。疎開って言うのかな。だからそれまで、宗谷君のところに通い続ける」
「転校?」
「うん。母方の実家の青森に。だから、もう会えないと思う」
「そっか……いつぐらいなんだ」
「来週の金曜日。だから、もう……」
疎開かあ。俺も逃げてえなあ。この東京から。この身体から。この人生から。
でもそんなことこの場で言ったところで、弱音じゃない。厭味なのだ。
だから言えない。我慢するしかない。
でもそれが出来るほど、俺は強くなかった。
「今日はもう帰ってくれ。関節が痛いんだ」
そう顔を背けて言った。もう、放っておいてくれと。
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