青少年戦記
柊准(ひいらぎ じゅん)
TIの不条理さ
第1話 徴兵令状
六年後――。二〇一九年。
母と父の遺影に手を合わせる。
それから茶の間からリビングへと向かい、朝刊を開いた。
『ファントム壊滅――、TI特務部隊のおかげか』
新聞の見出しに、そう記されていた。それを俺――
「何がTIだよ」
新聞をゴミ袋に入れた。嘆息をつきながらコーヒーをすする。
「ふざけやがって」
「お兄ちゃん、またTIからの徴兵令状届いているよ。ほんと、思春期の大切な青春をどう感じているんだろうね」
「俺たちに自由はない。だからこうして強制的にもTIに入隊させようとするんだよ」
徴兵令状をびりびりに破り、またそれもゴミ袋に捨てた。
妹の基樹
「私、TIに徴兵されるのは嫌だけど、彼氏はTIがいいなあ」
「はあ⁉ 何でだよ」
「だって格好いいんだもん。絶対イケメンで、筋肉隆々で、優しい人だよお」
「韓流ドラマの見すぎだ。現実にはそんなのいない」
「そんなもんかな。夢見すぎかな」
洗面台から完璧な美少女(兄貴フィルター補正あり)が出てきて、「学校行ってくるね」と玄関を出ていった。
「俺もいくか」そう呟いて、制服のジャケットを羽織った。
北波高校の門をくぐり、俺は肩を叩かれた。「よお。清潔男子」
「なんだその、消臭剤のコマーシャルで出てきそうな異名は。失礼だぞ」
俺にそんなことを言ってきたのは、眼鏡をかけた理知的な学生、
「お前の本質を、よく表しているような渾名だと思うんだけどな」
「うっせえ。さあ行くぞ」
彼と共に歩く。
「お前も徴兵令状届いたか?」
「俺は理工部隊の徴兵令状だな。やっぱ、学科が影響してんのかな」
真一の学科は理工学科。理系オタクな彼にはぴったりだし、実はホワイトハッカーだったりもする。
「兵隊さんになるのは嫌だよなあ。長生きしたいし」
「なんか、それっておかしいよな。まだ俺らの年齢で長生きしたいって願うだなんてさ。まるで戦争中みたいだ。スクリーンの中でしか、ありえないと思っていた現実が、もうあるだなんてさ」
「抗うしかないんじゃないか。戦時中は、抗うことすら非国民として扱われていたし、それに疑問を覚えることすらなかった。それが当たり前だったからだ。ティーンエイジャー・イェーガーの性質は、少年兵の性質のもろパクリだよ」
「どういう意味だ」
真一は肩を竦めて見せて、「少年兵の頭の中ってどうなってると思う? 承認欲求の塊なんだよ。大人に、社会に認めらたい。そんな欲求が、彼らに殺しの衝動を誘発させる」と言った。
「昨今のSNS社会の基盤を、そっくりTIに当てはめてるというわけだな。お偉いさんは”生産性”に夢中というわけか」
彼は指を鳴らした。「そういうわけさ。さすが、理解が早くて助かる」
「そりゃどうも」
校舎の中に入って、真一とは別れる。学科が違うとクラスも異なるのだ。
クラスに入ると、数名見知らむ顔がいた。顔や腕に包帯を巻かれている。
壁にもたれかかっていた男子生徒に、あいつらは誰だと問いかける。
「TIの負傷者だよ。もう使い物にならないから、捨てられたってわけだろ」
「何だよ、それ」
怒りがわいた。勝手に徴兵して、駒のように扱って、もういらなくなったら捨てるってわけか。全く最悪な組織だな。
俺は、席に座って、自分の好きなアニソンをスマホのサブスクでかけて、イヤホンを耳に差した。
こうしていると、自分の世界を作れるような気がしていた。
数分間そうしていると、右耳のイヤホンが外された。
右を見ると、俺の親友である女子生徒、
「何してんだ?」
「どんな曲訊いてんのかなって思ってさ。でもよく分かんないや」
「深夜アニメの曲だもんな」
「それってどんなやつが放送されてんの?」
「例えば、ラブコメだったり、異世界転生だったり」
すると、梨花は苦笑する。
「異世界転生か。そんなのが本当にあるといいよね」
俺は慌てて、
「悪い。その空想上のものだからさ。所詮、偶像っていうか……その、ごめん」
「謝んないでよ。こっちが惨めになるからさ」
そう言って笑った。
梨花の兄はTIに徴兵され、その後、ファントムの抗争に巻き込まれて殉職した。
彼女は今、人よりナイーブになっている。とても不安定で神経質なのだ。
「なあ。梨花、今度の週末東京タワーに行かないか?」
「何それ。デート?」
俺は笑って、
「どう受け取ってもらっても構わない。どうかな」
と誘ってみた。少しでも彼女の気晴らしになれば。
梨花は腕を組んで悩んでいる素振りを見せる。
「君はイケメンだからなあ。一緒にデートに行くと、グループの女子から僻まれるんだよなあ」
「まあ、いっか。どうせ、お兄ちゃんのことがあって遠巻きに見られてたところだし、グループなんか、どうせ外されてるし。いいよ」
俺は、一瞬疑問に思ったことを訊ねてみた。
「お前ってメンヘラ?」
「なんてえ?」
「――ッ――‼」
踵で足を踏まれた。すごく痛かった。
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