第4話 人生は煙草一本の命

「整列!」


俺たち、基樹宗谷ら第六期TI部隊総勢百三十名は、グラウンドに整列した。

皆、勇敢な顔をして見せている。俺たち、私たちがこの国を守るんだという虚栄心にまみれた正義心を持って。

自衛隊の士官が一人一人、隊員の眼を覗き込んでいく。

そして、俺の前に通りかかったとき、「おい」と声をかけられた。

俺は胸を張って、自分よりも十センチほど背丈が高い士官を見つめた。


「何でしょう」


「てめぇ、死んだ眼をしてやがるな。何かあったのか。まあ、足を見る限り諸事情があるんだと察するが」


「さあ、どうでしょう」俺は肩を竦めて見せた。東京タワーの襲撃事件の被害者だと初対面に話せるほど、俺の心は優しくない。


「理由を教えてもらえないか」


「え?」

彼は今すぐじゃなくてもいい、と言い残した。


「あの、お名前は?」


「伊藤だ。階級は一等陸士だ」


俺の肩を叩き、柔和に笑った。

俺は、唖然とした。自衛官というものに、偏見が無かったのか、と言われれば肯定出来ないからだ。パワハラや、セクハラが常套手段の、いわゆる兵隊さん、となる自衛官に俺は興味を持たれたのだ。それに純粋さはあろうか。伊藤は単なる個人的な興味で、訊ねてきたのか。TIのことを鑑みて訊ねてきたのか。

――妄想では分からないことを考えても仕方ない。

俺は伊藤の言葉を他の隊員と同じ様に待った。すると、伊藤は胸ポケットから煙草の箱を取り出した。それから煙草一本を持ち上げる。


「これは何だと思う?」


グラウンドの前方で、周囲に見えるように煙草を見せる。


隣の、眼鏡をかけた理知的な少女が挙手した。


「煙草だと、思いますけど?」


「違う。これは人生だ」

何だそれ。俺は脳内は伊藤の言葉を理解しようとするが、うまく出来なかった。


「煙草は平均して2・5センチだ。それ以上だと身体に有害な作用を影響させるからな。煙草に火が付いたら人生の始まりだ。火がじりじりと煙草の先端を焼きはじめ、灰にさせていく。吸い方によってはあっけなく終わるし、三十分以上にもなる。平均が十五分だからな。きさまらは、そんな重要な時間を使って人助けをしないといけない。ニコチンによる自身に有害な影響を与えながら」


2・5センチ。俺らの命など、そんなものか。

いや違う。伊藤士官が伝えたいのはそんなことじゃない。

でも、必死に思考を回せど分からない。

伊藤の意図は何だ?


「つまりは……救護というのは自己犠牲が本質だ、ということだ。煙草の火をつけたらもう後戻りは出来ない。助けろ、助けろ。命の限り」

伊藤の背に陽光が光った。

その姿に、素直に格好いいと思った。


「東日本大震災を、覚えているよな。当時の日本を震撼させた大地震だ」

煙草を捨てて踏みつぶした。それが生命の比喩だということを、理解をしている。

死者数15844人。その数が意味するのは、その大災害の被害を受けた悲劇な人たちのことだった。


「俺は当時、士官候補生だった。国防の教鞭を取っていたときに、地震があった。緊急招集で、学生だろうと自衛官だろうと関係なく、現地に救護に向かわされた。津波で全壊した住宅。避難所に詰め寄っている多くの人たち。そのどれもがノンリアリティだった。

 君たちは、救護を担わないといけないし、襲撃場所に向かいテロリストと闘わなくてはいけない。そのために、厳しい訓練をきさまらに課す。耐えて見せろ」


じゃあ早速、腕立て伏せ五十回。と命令され、俺たちは応じる。


両腕を伸縮させながら加重を与えていく。


それから十分後。ほぼ全員がノルマをこなせなかった。


その要因には、様々な理由がある。

若者のまだ未熟な筋肉の発達のせけどいもあるし、普段慣れていない筋トレをしたせいもあるし、夏の閑々照りのせいで体力が消費されているのもあった。

地面に転がった俺は、喘鳴を吐き出していた。

くそ。辛くて辛くてたまらねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る