その4
「どんな人が、この機械に乗ってやってきたんだろう」
彼の弾んだ声に同調するように話題を振る。
画面いっぱいに映る精密機。宇宙船の内部とも、どことなく構造が異なる気がする。いや、今扱われている宇宙船の形など俺には知る由もないのだが。
脳裏に過った曇りある記憶を流すように、ずず、とお茶を口に流して嚥下する。そうすれば、若葉はくすくすと笑った。
「これに乗ってたの、人って称して良いのかなあ」
あ、と、指摘されて思う。確かに、宇宙人には人という言葉が含まれているが、フィクション作品で描かれる彼らはこぞって人並外れた外見をしている。強いていうならば五体を持っている者たちは同じかもしれない。
「確かに。呼ぶなら……UMA?」
UMAという単語も、未確認生物をそのまま名称化しただけのものだから、なんだか広義がすぎる気もする。
「かなあ。二藍は、そういうの好きだよね」
彼はそう言いながら視線を誘導するように壁際に置かれたラックを見た。ラックの数段に乱雑に置かれた雑誌類。その多くは、やれ宇宙の謎やら漂う星々や惑星の名称、それこそ未確認生命体についてが記されたものだ。
「好き…まあ、好きだった、のような気もするけど」
会社員になってからは一度もページを捲った覚えがない。ただのインテリアと化してしまったいつしかの夢。
昔は良かった。小さい頃は、星を指して語れば賢いと褒められたし、UMAについて語っても好奇心旺盛として片付けられた。しかし、大人になるとそうも言ってられない。
落ち着いて夜空を眺められる時間なんてめっきり減ったし、UMAの事が好きだと語って見れば奇人扱い。偶に共感して話をくれる人もいるが、決まってギャップがあった。テレビでの特集に呼ばれた有名人だって阿保みたいにあからさまに、その場限りの驚いた表情を演じている。
「ふうん、そっか」
若葉は沈んだ声色を気にするでもなく適当に流せば、よたよたとラックの方に向かい、雑誌の山から数冊を手に取った。重なったバランスが崩れぬように、それは丁寧に、山の壁を剥ぐ。そうして雑誌の下っ側を持つと扇子状に広げて見せる。
「二藍って、ジャンル的にUMAが好きだったの?それとも宇宙とか宇宙人が好き?」
「…。あー…」
そう問われると言葉が濁る。
UMA、とは総称であって様々な未確認生命体を指す。有名どころで言うなら宇宙人、ネッシー、イエティ。割と無差別に調べてきたが、特に目を引いたのは宇宙人ではあった。何せ、幼少はそれはもう宇宙という空間に恋焦がれ憧れがあったものだ。
「まあ、後者かな…。UMAも好き、だけど何方かというと宇宙とか宇宙人とか」
「へえ、じゃあこれ、二藍にとってはビッグニュースだ」
若葉は再度テレビに顔を遣って語る。
ああ、当然だ。こんな夢物語、生きているうちにこの目で見る事ができるとは。
「…でも、まあ文字通りニュース伝、テレビ越しでしか見れないんだけど」
そう言って頬杖をつく。虚しい話だが自分の元に流れ込む情報など公共の電波に流して問題がないと判断された、既に多くの人の目に渡ったものだけだ。
疲れ切った顔でため息を溢せば、若葉は眉を垂らして笑った後、雑誌をポイとラックの上に投げるように戻して俺を指さした。
「さて!そうして不貞腐れてる二藍くん!此処で朗報です!」
若葉は瞼を閉じたドヤ顔で、声を張る。なんだなんだと状態を正せば、彼は笑顔は崩さぬまま声を潜めて言った。
「なんと、この墜落現場、知っちゃってま〜す」
小さな声よろしく、飛び出したのは爆弾発言。
驚きをありありと晒すように、己の瞼がこじ開けられる。ぱちくりとした俺を見て、若葉はドッキリに成功したように幼く笑ってピースを作った。
「俺、実は少し前には、もうこっちに来たんだよね。そんで、実はニュースが報道される…っていうか、こんな大事になる前に、一番に此奴を見つけてたってわけ」
彼は親指で後ろ手にテレビを示す。
「え、ちょ、ちょっと、若葉、情報多すぎ…」
情報の濁流に目がまわる。確かに、UFOと思しきそれが発見された六千区といえば、俺が住むこの場の隣の区域だ。徒歩圏内だし、昨晩、倒れていた俺を偶然見つけられる辺りを歩いていたならば見かけるのも可笑しくは無いのかもしれない。
とはいえ、六千区はそこそこの広さがあるし一帯には整備されていない山もある。報道された映像に残る背景から推測するにUFOが落ちたのは山中のように見えたし、そもそもあの巨体を持ちながら振動や騒音などを一切出していない機体だ。何故、どうやって?心の底では少し羨ましい。
疑問に頭を抱えていれば、若葉は恐らく手荷物を入れてきたのであろう少し汚れた鞄を漁っていた。いつの間にやらテレビ台の前に置かれていた其奴。脳は違和感を訴えなかった。それ程までに疲弊しているのか。
「信じられないと思って〜、これ!証拠!」
若葉は嬉々と声を弾ませてセルフの効果音付きで鞄から何かを引っこ抜く。
「…は、え、それって絶対…」
「そう!通信機〜!多分だけどね」
彼が握りしめていたのは四角い機械。複数のボタンが取り付けられており、トランシーバーの様なアンテナを貼ったそれは見れば見るほどそうとしか思えない。
「も、持ってきたらまずいんじゃ…」
「だって俺が一番に見つけたんだよ?誰も何か欠けてるなんて思わないって」
「そういう話じゃ…、いや、それもあるけど」
彼が何故自分がいの一番にあの機体を発見したと胸張って言えるのかは理解できないが、兎も角、問題は目の前のこの機械だ。彼が机に置いたのを好奇と捉え、マジマジと観察する。
重量感のある見た目。にしては一見シンプルな出来となっている。取り付けられたボタンには受話器の様な数字が書かれているわけでもないし、何かを映し出しそうなモニターもない。
「大丈夫かな…」
あの機体に乗っていた生命体が判明していないことから、そのUMAたるものはまだ地球に滞在し此処らを闊歩している可能性がある。この機械にGPSなんてものがついていたなら、それこそ恐ろしい話だ。
妄想に顔を青ざめれば若葉はからからと笑ってみせた。
「もう心配性なんだから」
若葉が楽観的すぎるのだ、そう言おうとする言葉も吐き出せなくてただため息を吐いた。
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