その3
目を開くと見慣れた天井があった。
昨晩の事も現在の視界も朧げなまま、慣れた感覚で時刻を確認する。
「…しち、じ?」
表示された数字を見てドッと滝のように汗が湧く。まだ怠さの残る身体を飛び起こし、リビングへと足を向ければ何処と無く鼻腔をくすぐる薫りが体を向けた先から漂った。
どういうことだと疲れに加えて困惑が重なって思考がショート寸前まで追い込まれる。泥棒か、はたまた愉快犯か。そもそも俺はどうやって家に帰ったんだと言うことまで考えるなら友人だろうか。いや、そこまで親しい友人も優しくしてくれる兄弟も記憶にないが。
騒いで仕方ない心臓を宥めるように胸元に片手を置きながらそろりと覗くようにリビングへと続く扉を開く。
「あ、二藍!おはよ、起きてきたんだね。昨日の夜ね、偶然倒れていたところを見かけて血の気が引いたよ。どうせきちんとした食事も睡眠も取れてなかったんでしょ。起きてこなかったらどうしようかって心配してたんだから!」
茶色の髪を照明で桃色に輝かせた幼い顔立ちの男はコンロの火を切ってはパタパタと此方へ走り寄り、目前でぴたりと止まると早口で捲し立てた。
「…若葉?」
きらりと若葉色に輝く瞳をまじまじと見つめ、数秒頭をフル回転させて漸く頭に浮かんだ名前を口に出すと当たっていたようで先程の分かり易く頬を膨らませていた表情から一変し、彼はパッと笑った。
「そうそう。久しぶりに会ったと思えば気失ってるとか感動の再会どころじゃないよね」
「…いや、それはごめん。え、ここまで運んでくれたのも若葉?家教えたっけ」
座っててと俺の背を押した後に心配性な母親のような、もしくは漫画や小説の幼馴染のような発言を並べる若葉に苦笑いで誤魔化して質問を投げかける。
「朽葉に聞いたよ。久しぶりにこっち来たって言ったら、どうせなら会って来いってさ」
彼が買ってきて調理まで済ませてくれたのか、そう、それはもうこんがりと焼けたベーコンと目玉焼きが乗ったお皿をテーブルに置きながら彼は今に至るまでを説明してくれた。流石に炊く暇はなかったとインスタントのご飯が盛られたお茶碗に緑茶が注がれた愛用の透明な硝子のコップ。
俺の分しか運ばれてこない料理に違和感を覚えて彼に聞いてみれば、彼は残りっていた食パンの消費期限が危うかったからと苦笑いを浮かべた。
至れり尽くせりで申し訳なさを覚えながら、いただきますを初めにご飯へ手を伸ばした俺の正面に腰を下ろした彼は俺と同い年のようには見えない笑顔で此方の様子を伺っていた。
多少の食べにくさを感じながら少し苦味のあるおかずを口に入れていく。彼等が立てそうにない音が口から響くが気の所為だろう。
「あ、そうだ。二藍」
「ん?」
口に残った苦味と香りを流し込むように緑茶を飲んだ俺を片目に若葉は両手を合わせた。
「一ヶ月だけでいいからさ、此処に住ませてくれない?」
頼むようと小さく付け足して頭を下げた彼を暫く無言のまま見つめて頷く。
何故唐突に、それもアポ無しでと聞きたいところではあるが彼は実際昨日倒れていた俺を助けてくれているし、何より今朝の行動も善意に満ちたもののように思う。流石に恩人である友人の頼みを断れるほど終わってないつもりだ。
まぁ平気だろうと承諾すると、彼はパッと満面の笑みを浮かべてお礼を繰り返した。
「二藍に頼んで良かった。多分朽葉の処とか虫すらも住めないだろうから」
「…否定はできないよね」
苦笑いを浮かべた俺を見て更にけらけらと笑い声を大きくした後、小さく息を吐きながら呼吸を整えた若葉は一度テレビの方を一瞥し、そうだと席を立った。
向かった先、彼が少ししゃがんで片手に捕らえたのは黒いリモコン。
此方へと振り返って、つけてもいい?と問いかけながら首を傾げた若葉に頷いて見せると彼は子供のような仕草で喜んでテレビの電源を入れる。
カチリと輝き出したテレビに映し出されたのはタイミング良く昨日の朝にも見た未確認生物が載っていたのではと推測される乗り物関連の流れ出したニュースだった。食いつくように膝立ちでテレビの前を陣取った若葉は俺の方へチラリと目を向けた後に夢があると思わない?と楽しげに言って愉快そうにきひひと笑った。
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