ささくれを引っ張った長さと同数の一円玉を操作する能力

家葉 テイク

弱能力がジャイアントキリングするのはカッコイイって言っても限度があるだろ

「うわあああああああああああああああ!?」



 俺は叫び声を上げながら、全身全霊を以て思い切り跳躍した。


 ──高校の頃に身体測定で立ち幅跳びをやった時は二メートルちょい飛んでいたが、あの頃よりも数十センチ以上は飛べていた気がする。

 ともあれ、それは別に俺の身体能力が向上したとかそう言う訳ではなく。



「待ァてェ! 逃げるなァ!!」



 ……すぐ後ろでブッパしてきたに半ば背中を押されているような形だったから、だろう。




「どうなってんだ使えねぇな自信だけ女!!」


「うるっさいですねぇ僅歌わずかさんにだって調子の悪い時くらいあります!! そんなときにフォローするのがアナタの役目なんじゃないですか!?」


「何を!! どう!! フォローしろってんだ!! テメェのカス能力!!」



 この局面に至るまでの経緯を説明するには、今は少しばかり修羅場が過ぎる。

 だから説明まで、少しだけ時間をもらえないだろうか。


 さしあたっては…………あの壊れた蛇口野郎から逃げ切るだけの時間を稼ぐまで。




   ◆ ◆ ◆




 前略、俺こと永見ながみ見取みとりはこの四月から、増加する異能犯罪に対抗する為の特務機関・警視庁公安部公安第五課、通称『対能』に配属されました。


 ……まぁ、そんな一文で説明できる程度のあらすじなんか前提も前提でしかない。

 重要なのは、『対能』の役割には異能者による異能を使った犯罪を鎮圧することも含まれていること、そして別に構成員は必ずしも異能者ではないってことだ。

 俺なんかは元々第一係(課内庶務を担当している)として配属されていた人間だから、異能は配属要件に含まれていないので持っていない。当然ながら、現場勤務をすることもないはずだった。

 ……このクソったれのブラック組織が人員不足を言い訳に第一係の業務に現場でのサポートを含めなければ、今頃俺の人生はまだもう少し平和だったはずなのだが。


 そして今回、俺は同僚である小金こがね僅歌わずかという女のバディとして、民家に引きこもっている異能犯罪者の鎮圧の為にやってきた訳である。


 この小金という女、異能者を対象にした『異能採用』によってこの四月(つまり、俺と同じタイミング)に『対能』に配属された期待のニュービーである。

 高校生だか大学生だか分からないような年頃であるにも拘らず公安第五課という公的組織に所属できているのも、『異能採用』によるものなのだが……正直、コイツの様に鼻持ちならない女がきちんとした選抜も経ずに警察官という肩書を手に入れているのを見ると、制度の歪みというのを体感せずにはいられない。



「どうしましたか? この僅歌さんの顔をじっと見て。もしかして見惚れていましたか? だけに!」


「何も上手くねえからな」



 ふふん、と鼻を鳴らして自信ありげに胸を張る小金に、俺は吐き捨てるように言ってから視線を逸らす。


 目の前には、住民が全員避難したマンション。


 このマンションの中に、異能犯罪者が立て込んでいる。そして俺達はこれから、その異能犯罪者を鎮圧しに行かなくてはならない。

 ……普通ならば拳銃を持っていようとぶつかるのは御免な相手だが、今回はこっちにも同じ戦力がいる。その意味では条件はイーブンだ。



「あー、確認するぞ」



 そう言いながら、俺はタブレットを片手にマンションの中へと入っていく。

 事前に手に入れておいた合鍵を差し込むと、オートロックはいともたやすく俺達を招き入れてくれる。……手ぐすね引いて待っている魔女のようなイメージがして少し気後れするのは、俺自身の弱気の表れか。



「被疑者の名前は、清水しみず流留ながる。『右掌で触れた「コップ一杯分以上飲んだことのある液体」を操作する能力』を持っている」


「待ってください。それってもしも清水が塩酸を飲んだことがあったら、塩酸使い放題ってことですか!?」


「どうせ危惧するならもうちょっと現実性のある可能性を危惧してくれる?」



 塩酸なんてコップ一杯も飲んだら死ぬに決まってんだろボケが!


 俺はアホの危惧をしだした小金を無視して、説明を続ける。



「とはいえ、能力の都合上毒性のない液体ならいくらでも飲んでいると考えるべきだろう。たとえば、血液を飲んでいれば傷口に触れられただけで全身の血を抜かれる可能性もある」


「こ、こわ……。…………あ、でも血ってその人によって成分とか違いますけど、誰かの血を飲むだけで全人類の血を操れるようになるものなんですかね?」



 小金にしては真っ当な疑問だった。

 確かに、そこについては疑問が残るところではある。案外自分の血を操ることによる救命が主な使い道かもしれない。だが……。



「答えは『分からない』だ。できないと思ってタカをくくってたら、一瞬の油断でドライフルーツみたいな末路を辿るかもしれないぞ」


「………………」



 警戒心を煽る意味も込めて小金に言ってやると、さしもの小金も神妙な面持ちで口を噤む。

 …………少し脅かしすぎたか? しかしこの警戒心のない女には、このくらい言っておくくらいでちょうどいい気も……。



「……見取、人間は果物じゃないですよ?」


「そういうことを言ってんじゃねえよこのボケ!!!!!!」




   ◆ ◆ ◆




 そんなこんなもありつつ、俺は小金を率いてマンションを進んでいく。

 狙撃対策なのか、清水はマンション六階の六〇八号室に陣取っているらしい。かれこれ数時間は立て込んでいるとのことなので、そろそろ警戒心も途切れている頃だろうが……まぁ、どうせ室内に入ろうとすればすぐに感づかれる。

 そのあたりの希望的観測はまるっと捨てて、俺は合鍵を鍵穴に入れ……おや? なんかするっと空いたな。鍵かけてねえのかよ。


 俺は拳銃を片手に構えながら、勢いよく扉を開け放つ。

 果たして、玄関から続く廊下の先には────




「よォこそ。待ってたぜ、国家の犬」




 ────狂暴な笑みを浮かべた、二〇代中盤くらいの男が佇んでいた。



「────」



 ぱんぱんぱん!! と、俺は躊躇なく拳銃の引き金を引いた。

 『対能』において、異能犯罪者に対して容赦するのは一番のタブーとされている。向こうは意志一つで人を縊り殺せるような異能を持っているのだ。一瞬の躊躇で、死んでいるのはこっちの方かもしれない。

 いや──一切の躊躇がなかったとしても、殺せるとは限らないのだから。


 実際に。


 どぼぼぼっ! と、俺が放った銃弾は横合いから現れた『巨大な透明の液体の塊』に呑み込まれて、あっさりと受け止められてしまった。

 ……その総量は、軽く風呂桶の中身くらいはありそうなほど。



「な…………」


「『液体』っていう広い括りを聞くとよォ、みィんな『液体っていう広い括りの中で最悪の可能性』を考えたがるんだよ。何を操られたら一番怖えェか。何を操られるのが一番脅威か。そういう尺度で判断しやがる」



 透明な液体が、うねって清水の周囲に纏わりつく。

 明かりの消えた室内で、窓から差し込む光だけがその輪郭を浮き彫りにする。



「でもよォ、違うよな。結局のところ──いかに無害だろうとァ!!!!」



 ドッ!!!! と。

 津波が、室内で発生した。


 廊下全体を埋め尽くす勢いで溢れだした水がこちらに飛び出してきたのを見て、俺は即座に部屋から出て、寸でのところで激流を回避する。

 振り向いてみると、背後で飛び出した水が廊下の柵をまるで飴細工か何かのようにひしゃげさせていた。……冗談だろ。



 あの野郎、がメインウェポンか!!!!



 考えてみれば当然の話だった。

 こっちの事前情報には、。たとえばコップ一杯の水道水を飲むだけで数百、数千の水道水を操ることができるのであれば……。

 ……マンションっていう『民家の集合体』であるこの環境は、まさしく清水の独壇場だぞ!?!?



「おい、出番だぞ小金! 異能者には異能者だ!」



 こんなの、拳銃なんかでどうにかできるはずがない。

 俺は小金にそう呼びかけるが…………



「いや、あんなの無理です…………」



 俺の視線の先には、シャワーをあびてしょぼくれたチワワよりも惨めな生命体がいた。

 普通に水がぶっかかってしょぼんとしている小金は、そのままの調子で俺に指先を見せてくる。



「見てください、この手」



 ……何の変哲もない指先だ。

 しいて言うなら……指先にささくれがあるくらい? ちょっとだが……。



「最強である僅歌わずかさんの唯一の欠点。それは、その身に秘める能力──『ささくれを引っ張った長さと同数の一円玉を操作する能力』の直接攻撃力のなさなのです。あんなの無理」



 …………は?



「は?」


「いやだから、私の能力は『ささくれを引っ張った長さと同数の一円玉を操作する能力』なんです。あ、長さはミリ換算ですよ。一ミリ引っ張ったら一枚一円玉を操作できるわけですね」




 ……………………。




「いやカス能力っっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」




 そ……そんなことある!?

 いやそんな能力でどうやって戦えと!? よくそれで『異能選抜』を通ったねえ!? 拳銃持った俺よりも弱いじゃねえか!!!!

 ……っていうか、お前はどういうつもりでその能力を引っ提げてこの現場に来てんだ!?



「しっ、失礼な!? この能力の為に一キロ分もの一円玉を持っているんですよ!? 一〇〇〇グラムだから一〇〇〇枚ですよ!?」


「だから何だよ!! ふざけてんじゃねえぞこのガキ!! 遊びのつもりで来てんのか!? あの野郎の一撃見たろ!! 下手しなくても俺もお前も死ぬぞ!!!!」



 これ……駄目だ。

 こんなお荷物を連れて異能犯罪者の鎮圧なんてできる訳がない。この任務は失敗だ。今すぐこのマンションから撤退して増援を要請しないと、都内で土左衛門とオフィーリアの夢のコラボが実現してしまう。



 俺は即座にエレベータの方へ向かおうとして──




 ゴッガン!!!!




 と、嫌な予感を掻き立てる轟音が響き渡ったのを聞いた。


 ……考えろ。

 俺が清水の立場なら、初撃で格付けを確定させた相手に対してどういう手を打つ? 下手に逃げられて能力の情報を伝えられるのが一番相手にとって避けたいはずだ。

 おそらくヤツが立てこもっている理由は時間稼ぎ。立てこもっているうちに仲間の犯罪者やら協力者やらが助けに来てくれるのを待っているのだろう。

 だとするならば……俺なら、敵が逃げ出す経路を真っ先に潰す。たとえば……壁をぶち抜いてエレベータを破壊する、とか。



「…………!!!!」


「うわっ、一体どうしたんです!?」



 俺は咄嗟に小金の手を引き、清水が先程まで潜伏していた六〇八号室へと入っていく。

 水でズタボロにされたはずの室内は、水気でところどころビチャビチャになっていた。……触れた液体を操作する能力って看板に嘘はないらしいな。


 そして予測通り、清水は部屋にいなかった。



「……アイツ、どこいったんです……?」


「エレベータの方だろ」



 そう言って、俺は室内の一点──壁に空いた大穴を指差す。



「俺達の退路を断つ為にエレベータを破壊するんだとしたら、流石にきちんと目視で破壊を確認したいのが人情だ。破壊による示威目的もあるだろうが……。清水の現在地はエレベータ付近のはずだ」



 そして廊下で遭遇しちまえば、あの能力相手ではどうしようもない。

 だから、エレベータ付近に移動していて留守のこの室内に潜り込んだって訳だ。



「退路を断たれた以上、俺達がこの地獄から生き残るにはアイツを倒す以外に道はねえ。……覚悟決めろよ、小金。俺達は運命共同体だ」


「そ、そんな……。積極的ですね、見取。ぽっ」


「お前この状況でふざけられるのマジで凄いわ。ちなみにこれ褒めてないからな」



 俺はそう言いながら、目下頼りなさすぎる手持ちの武器を確認する。




「お前の能力、操作スピードと精度はどのくらいなんだ?」



 一円玉とかささくれとか、あまりにもカスすぎるワードのせいで油断していたが、結局ポイントはそこだ。

 操作スピードが音速を超えていれば、一グラムのアルミ円盤だろうと相応の破壊力を持つ。精度が高ければ、暗がりからの不意打ちで目つぶしくらいはできるかもしれない。

 しかし、肝心の小金はあまり自信なさそうに、



「えーと、概ね『机の上で一円玉を指で動かしたくらいの速さと精度』だと考えてもらえれば……」


「こっくりさんじゃん」


「……フフ。良く分かりましたね。学校ではこの能力を使って数々のイカサマを……」


「はい余罪一つ」


「あぁ!? 誘導尋問!!」



 どこまで戦闘向きじゃない能力になれば気が済むのお前?

 もういいよ、誰よりも平和な能力だよお前の能力は。お前の性格を表しているかのような平和な能力みたいなフォローでもしとかないとお前の肩書『役立たず』一直線だよ。



 …………ふー。

 いかん、切り替えろ。拳銃が全く効かなかった以上、コイツの能力が生命線なんだ。生き残るためにも、コイツの能力でやれることは全部検討するんだ。




「……で、今は何枚一円玉を操作できるんだよ?」



 カスみたいな能力だが、それでも一〇〇〇枚も操作すれば立派な凶器だ。物陰に隠れて背後から一〇〇〇枚の一円玉で殴打すれば、普通に人間は昏倒するしな。

 その為には、まず枚数の確認をしておきたい。


 俺の問いに、小金は自分の両手の指先を眺めながら、



「えー…………。…………五ミリだから、五枚ですね」


「よぉし手ぇ貸せぇ!!!!」



 話にならねぇとはこのことだなぁ!!!! 五枚じゃ五グラムだろ! そんなんじゃ痛みすら感じねぇだろ!

 っていうかテメェその能力なのにささくれの長さもショボいってどういうことだよ!!!!



「いやぁ!! やめてください! ささくれを引っ張ると指が痛いんですよ! 数日後を引くんです!! なるべくやりたくないんですよ!」


「知るかボケぇ!! やらなきゃ死ぬんだ!! 指先の痛みくらい我慢しろや!!」


「ぎゃあ!! 婦女暴行犯!! 助けておまわりさん!!」



 馬鹿の悲鳴は無視して、小金の指のささくれを拡大することしばし。


 半泣きの最強フォームと化した小金の操作可能枚数は、何とか五〇枚に到達していた。



「……うう。まずアナタを攻撃してもいいんですよ……」



 恨み言を吐きながらこちらを睨みつけてくる小金だったが、これでも俺としてはもうちょっとささくれを拡張したいところだった。

 しかしささくれを引っ張るのは意外と難しく……全ての指を引っ張っても、合計で五センチが精一杯だった。……これ理論値をやったとしても一〇〇〇枚の一円玉を操作するフルパワー状態って無理じゃね?

 ただ、これで五〇枚は確保できた。

 これだけあれば、不意打ちならば……。



 そう思いながら壁に空いた穴の向こうを観察していると、穴の奥の暗がりから人影がちらりと見えた。



「(小金。物陰に一円玉五〇枚を忍ばせておけ)」



 小声で指示すると、小金は素直にうなずいて穴の近くに五〇枚の一円玉を動かした。

 ……これでよし。

 向こうもこちらの方は認識しているだろうから、こちらに距離を詰める為に穴の近くまで来た段階で不意打ちを仕掛け、それに対応した瞬間を狙って銃撃。……これしかない!



 そう考えて、右手で握った拳銃の存在を意識しながら待ち構えていると──ふと、嫌な予感が背筋を走った。

 今、清水と俺達の間には射線が通っている。

 であるならば、清水としてはまず銃撃を警戒するはずじゃないか?

 そして銃撃に対する警戒の結果、考えられる敵の行動は一体何になる?

 それは…………。



「…………っ!! ヤバイ!!」



 先程と同じ! 激流による直接攻撃だ!!!!




「うわあああああああああああああああ!?」




 叫び声を上げながら、俺は隣にいた小金を掴んで清水との『射線』から出る。

 直後、壁の穴を通るようにして放たれた水が、俺達が先程までいた空間を呑み込んだ。




「待ァてェ! 逃げるなァ!!」




 苛立った調子で、清水が叫ぶ。

 ……背中が冷たい。

 いや、冷や汗じゃない。冷や汗もあると思うが、これ飛沫がかかってるんだ。ガチでギリギリの状況だったなこれ……。


 なお、一円玉の方は咄嗟に防御に使おうとしたらしいが、しっかり水の中に呑み込まれていた。

 本当に使えねぇなこれ。




「どうなってんだ使えねぇな自信だけ女!!」


「うるっさいですねぇ僅歌わずかさんにだって調子の悪い時くらいあります!! そんなときにフォローするのがアナタの役目なんじゃないですか!?」


「何を!! どう!! フォローしろってんだ!! テメェのカス能力!!」



 言い合いながら、俺は転がるようにして水浸しのフローリングの上を行く。

 飛沫となった水は操作できない──というのは先ほど確認した通りだが、それでも最低限のコントロールはしているらしい。全面が水浸しというわけではなく、ところどころ水を回収したのか濡れていない部分も点在していた。




 …………あ?




 待てよ…………。

 だとするならば。


 これなら……これなら勝てる。


 このバカのカス能力を使って、最悪の修羅場を乗り切れるかもしれないぞ!!




   ◆ ◆ ◆




 ──それから数十秒後。

 壁に空いた大穴を潜って、清水が室内へと入ってくる。


 俺は、その清水の斜め前あたりの壁に背を預けていた。



「……随分大胆じゃねェか」


「恐ろしい『鉄砲水』が来ないと分かっているからな」



 そう言って、ニヤリと笑って見せる。


 清水が扱う強大な破壊力の激流。

 アレは確かに脅威だが……しかし、あの一撃を踏まえて考えると、つじつまが合わないのだ。

 あれほどの破壊力を持っているのなら、大雑把にでも俺達を追尾して攻撃しておけば、それで決着がついたはずだ。過去二回激流攻撃があったが、俺達が取れたのはどれも飛び退いての咄嗟の回避のみ。ちょっとでも軌道を捻じ曲げたりすれば、簡単に狩れたはずだ。

 それがなかったということは……。



「お前の能力、操作スペック自体はそこまででもないんだろ?」



 ──そこに、何らかのトリックがあるということ。



「素のスペックは、精々腕を振り回すくらいってとこか? お前はそこに、まるで投げ縄のように遠心力を付加したんだ。ぐるぐると液体を循環させることで速度を上昇させて、それを解放した。ただそれだけの加速でも、圧倒的重量と共に浴びせれば凶器だ」



 そしてそれはつまり、攻撃精度の低さを意味する。

 循環を見てから絶えず移動して回避し続ければ、激流による一撃が命中することはないって訳だ。



「ほぉ……。たった二回でそこまで見破るとは大した切れ者だ。だが、別にテメェを殺すのに激流アレなんか要らねェって事実は考えてなかったか?」



 言葉を返しながら、清水の周囲で蠢く水が細く伸びて、俺の口目掛けて突っ込もうとする。

 ……まぁ考えていたさ。

 液体操作なんてものがあれば、まず最初に考える殺し手は『窒息』だ。口元を覆われてしまえば、自在に操作する水なんて防ぎようがない。あとはあっさりと気道に水を流し込まれてチェックメイトである。


 だからこそ、俺だって策は練ってあった。



「攻撃箇所が分かってんなら、ぁ!!」



 そう言いながら、俺は体の影に隠し持っていた洗剤を適当にぶちまける。

 俺の口元目掛けて直進していた水は、当然ながらその洗剤をモロに浴び──



「ところで、お前洗剤は飲んだことあるか?」



 ──清水の能力は、の操作。


 洗剤の水溶液を飲んだことがなければ、洗剤の混ざり込んだ液体は『操作対象外』になる!!



「ぐッ、うおおおおおおお!! この野郎……ッ!!」



 当然、清水の能力もそれで終わる訳ではない。

 即座に洗剤が混ざり込んだ部分を切り離すことで、武器を確保しているが……これで向こうも分かったはずだ。下手にこっちに攻撃すれば、ただ自分の手札を減らすだけになる、と。

 そして逃げ回る俺に、激流を当てることは難しい。そうなれば当然、考えるのは…………。



「…………面倒くせぇな。じゃあサクッとブッ殺すか」



 ブワッ!! と。


 清水が操る水の塊が一気に散り散りになり、霧状に変化した。

 そうそう。霧になっての目潰しだよね──ええ!? 霧!?



 俺はてっきり、足元とかの死角を通して俺のことを確保して身動きを取れなくしたうえで料理するとかだと思ってたんだけど、これは……!



「見えねェだろ? 此処はテメェにとってのホームって訳じゃねぇ。家具の配置も覚束ねェ他人の部屋で、何も見えない状態で動き回れるかァ!?」



 ────目隠しでこちらの動きを鈍くしたうえで、激流で狙い撃つ算段か!


 霧状になった水は分離しているから操作対象外になっているはずだが、身動きが鈍くなっている以上こちらの詳しい居場所を把握する必要は向こうにはない。

 多少外していたとしても、水流の余波を食らって転ぶのは間違いない。そうなれば盛大に物音が出るわけだから、『次の一撃』でヤツの勝ちが確定する。……いや、ヤツが触れた液体が俺に触れた時点で、窒息コンボが決まって終わりか。


 予想が外れた。


 これは………………



 …………




「今だ! 小金ェ!!!!」




 俺がそう叫んだ瞬間。


 ズバチィ!!!! と。


 暗がりの室内を、一瞬だけだが火花が明るく照らした。




 ……………………。


 数秒。


 静寂が、室内を包み。



 どさっ、と。

 一人の男が倒れ伏す音が響いた。



 霧が落ち着き、室内の全容が把握できるようになったとき──そこには、黒焦げになった清水の姿があった。



「お前も、警戒はしていたんだよな」



 フローリングにあった、『濡れている部分と濡れていない部分』。

 アレは──コンセントの周辺に水がかからないようにした配慮だったのだ。


 つまり、コイツが警戒していたのは『感電』。


 それもそのはずだ。

 コイツの能力は『触れた液体を操る』こと。つまり、コイツが操作している液体は常にコイツ自身と接触している。

 もしも仮に液体が電源に触れれば、その電流はダイレクトにコイツにも流れることになる。

 だから、コイツは液体を回収までして、コンセントは絶対に濡れないようにしていたのだ。


 ならば──こっちから感電を誘発させてやればいい。



 そして。


 



「小金に一円玉を操作させ、コンセントからお前の操る水塊への『電線』を形成させた。……カスみたいな能力だって、使いようってこったな」



 こうして、俺と小金の初陣は無事に勝利という結果で終わったのだった。




   ◆ ◆ ◆




 ただ、勝利という形で終わったのが必ずしも良かったかと言うとそういう訳でもなく。




「ふふん。まぁ言っておけば良いです。私は雷を司る異能者……。音速すらも超える光速に勝てると思っているのですか?」


「コンセントから半径一メートルしか届かない光速が何だったって?」



 初陣を自分の異能によって勝利させたということで、小金は増長した。

 『異能採用』で『対能』に所属している似たような境遇の少年少女に対して、こうして異能マウントを取る様になったのだ。自分が優位に立ったと思った瞬間これ。あまりにもカスすぎる。

 結果、そんなカスのバランスをとるために、基本庶務係である俺は小金のお守をするハメになっているのだった。


 …………俺、一応公安に配属されたんだよなぁ。なんか学校の先生みたいなポジションに収まりつつある気がしてならないが……。



 頭を抱えていると、俺のPCにメールが届く。

 『対能』には、こうしてメールの形で異能絡みの依頼が届くのだ。


 俺はそれを開き…………そしてまた、頭を抱えた。



「どうしたんです? 見取。新しい依頼ですか? 最強の異能者である僅歌わずかさんに任せていれば、万事解決ですよ!!!!」


「驕り方のインフレが激しい…………」



 呻きながら、俺はバカにPCの画面を見せる。


 そこに書いてあったのは。




『異能犯罪者・下角かかく都留とどめを捕縛せよ。


 なお、標的の能力は「息を止めている間自分以外の時を静止させ、その中を自由に動くこと」である』




 俺は、あらん限りの声を以て世界に、いや上司に不条理を訴えた。






「カス能力にボス級のチート能力任せるのやめーや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれを引っ張った長さと同数の一円玉を操作する能力 家葉 テイク @afp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ