第22話 間奏曲 『イ・シルヴィヱ史』

 絶対神聖皇帝アーガマノン 首都ヒムロ=グリフ 神聖イ・シルヴィヱ帝国


 首都ヒムロ=グリフ(非无髏寓璃府)は北極圏にある世界唯一の大都市であり、かつ、人口十億人を超える世界最大の都市であった。(帝国総面積は八千九百六十万キロ平方メートル、総人口は百億人。一億人級の都市は他にもスロヴァグリフ、レニーグリフ、キーフグリフ、スターニグリフなど五十箇所以上にある)

 東西南北を一辺四百キロメートルの三重の壁に囲まれ、城壁の高さは一が百メートル、二が二百メートル、三が三百メートルで、東西南北に正確に面した壁に、それぞれ一つの巨門しかない。一の城壁の東西南北の門には、それぞれ高さ四キロメートルの鋭利な尖塔があった。

 四つの門からは、都市を真っ直ぐ貫く幅一キロメートルの大路がある。その交叉する中枢に真究竟真実義太極大神殿があった。なお、神殿と門とは、幅百メートルの廊で結ばれている。

 神殿を俯瞰すれば、大路に繋がって(大路が十文字型の神殿の延長なのである)、十文字型をしていた。それぞれの端に高さ二キロメートルの尖塔が一直線に建っている。十文字の中央には、高さ九キロメートルもの真究竟真実義大尖塔があり、大尖塔を高さ二キロメートルの尖塔群が四面から支え、その尖塔群をまた、高さ四百メートルの尖塔群が三面から支え、その尖塔群は十二の尖塔から成っている。いずれも細く鋭利に聳えていた。

 鉄と玄武岩でできている街は碁盤のめのように、東西か南北に向いた真っ直ぐな路しかない。十二階建てで統一され、屋根はすべて鋼鉄であった。

 首都を囲む壁の周囲はすべて永久凍土である。農耕も牧畜も行えない。

 かつてはトナカイを狩り、氷の割れる夏にアザラシを捕え、魚を漁るのが生きる糧であった。シルヴィヱという小さな寒村であった。

 四千年前、若き聖者イヰがあらわれ、すべてが変わった。彼は民の苦しみこそ神聖であり、清らかな貧しい生活が天国への階段であると説いた。

 その土地の豪族であるウグルモン・ドワーヴォは呪い師からじぶんに代わる支配者があらわれるという予言を受けていて、その青年を処刑した。それが聖教の始まりである。

 宗教弾圧の中、地下墓地に潜伏した五人の出家弟子はそれぞれ師の教えを暗唱し合い、確かめたが、意見が合わず、分裂した。五部派の始まりである。民衆は圧政の下、二千年の間に次第に聖教への信仰を強くし、遂に革命を起こしてドワーヴォ一族を屠った。

 周囲の族長らが襲って来たが、死を怖れぬ自滅的攻撃は遂に敵を畏怖させ、服従させた。部族連合となり、共和国となり、王国となる。

 英雄的な武将ヴォナポールの大砲主体の戦術で他国を壓する。當時は一騎討ちが戦争の基本であったが、彼は先進の軍事兵器の技術と、南大陸の騎馬民族から取り入れた集団戦術を採用し、周辺国からは卑劣と呼ばれたが、連戦連勝した。

 ジュリアス・ヴォナポールが初代の統合教主となり、かつ、皇帝を名乗った。物的力で勝利したヴォナポールは物質が論理思考も知(分別)も意味も意義も超絶し、空で、非情乾燥であると説き、自己の行為を肯定した。

 聖者イヰは清浄であるための技法として、行為(聖八正道)とともに、空觀を説いたので、それと合致したという訳である。それゆえ、ジュリアスは行為(カルマ)主義者と呼ばれた。しかし、その統治は短い。

 ヴォナポールを政変で斃したサルトゥール・アウグストゥスはさらに兵器を近代化し、「理は破綻する。カルマはイデア(またはロゴス)に先行する」と主張し、次々周辺国を征覇して、遂には初代の絶対神聖皇帝を名乗った。以後、千年の繁栄を築く。

 現在の絶対神聖皇帝である第二百四代教主にして第五十八代帝アーガマノンは玉座に坐っていた。玉座は背もたれが高さ二十四メートルもあり、一個の巨岩でできている。皇帝の衣は長さが百メートルもあり、十六段の壇上にある玉座から廷まで届いてもまだ余り、ルビーでできた衣紋掛けに掛けられている。

 冕冠に似た王冠を被り、黄金の透彫の土台に天球儀を平面にしたかのような円の枠を乗せ、そこから瓔珞に似た複雑精緻な九十六条もの金燦の旒を腰に届くまで垂らしていた。

「朕は真理自体である」

 それが代々続く皇帝の日々の緒言であった。

 朝議は毎日、午前十時に始まる。大枢機卿や百官と呼ばれる大臣、将軍、上級官僚などが集まった。

 彼らは皇帝の御前なる廷で朝議をするが、それに當たっては事前に情報収集をし、皇帝の問いに応えたり、皇帝へ奏上したりする準備をしなければならない。

 前日晩にも行うが、最新の情報を得る必要があり、必ず午前八時以前に管轄下にある部署の責任者や秘書官や次官を執務室に呼ぶ。そのため、部下たちは午前五時には関係各所に照会をしなければならず、関係各所は午前零時前後から想定されるさまざまな調査を開始しなければならなかった。

 そういう流れとなるため、朝議と言っても、早くても十時くらいからしか始められないのだ。できれば、十一時や十二時くらいにしたいくらいであった。

「アカデミア攻略計画を説明せよ」

 皇帝は説明を聴いて裁可する。それだけだ。


「まず外交関係です。 

 東西南の大陸の雄である超大国と和平友好不可侵条約を締結しました。その名を挙げれば、すなわち、東大陸の大華厳龍国(リョン・リャン=リューゼン(龍梁劉禅))の皇帝墳瓊吉祥(フンヌきっしょう)。西大陸のハーヴィー・モーヴィー・ヘヴィー連邦の大統領ジャック・ジャッカル。南大陸のマーロ帝国の膂力皇帝羅范。これでアカデミア攻略に専念できます」


「善き哉。次、攻略体制、及び周辺国対策の進捗は」


「まず核弾頭附大陸間弾道ミサイル、ツァーリ・ボンバ(TNT換算にして約百メガトン、原爆『リトルボーイ』の約六千六百倍)を千発発射し、東西南北の山脈及びアカデミアを直撃します。恐らくこの殆どは山脈の龍脈に宿る龍神の霊威によって威力の縮小・削減、又は無効化されると考えられます。(そうでなければ、我らの派兵も損害を被るでしょう)

 アカデミアの守護者を自認するレオン・ドラゴ=クラウド連邦に百万の軍を派遣しました。彼の国の兵力は最大で五万程度、あっと言う間もなく壊滅できるでしょう。それとは別に南方には輸送用ヘリコプターで南嶺を越えて旋回式砲台附戦闘用車輛五千台及び火砲を持った歩兵一千万を越境させ、アカデミアを南から攻めます。

 さらに、北山脈方面ですが、ユヴィンゴ連邦では間もなく革命が起こって内乱状態になるでしょう。アカデミアへの援軍は不可能となります。北方面は北極艦隊の航空母艦から十万のジェット噴射式戦闘飛行機をあて、アカデミアへ空爆を行います。なお、従前は北嶺の龍脈に阻止されて天領内に入ることができませんでしたが、今回、東洋の龍神と同盟契約し、援護をしてもらい、北嶺を突破します。この度、我が帝国も科学一点張りではなく、あらゆる可能性を模索することへと方向転換いたしました。

 西の山脈は『死屍の軍団』を百万、すなわち、軍団の全員を當てます。構成はその歩兵と騎馬で、西嶺を越えさせます。東山脈側からは北嶺と同じく戦闘機五千をあてがい、空爆を行います。

 東西南北の斥候隊及び先遣隊は既にアカデミア天領への侵入を試みております。

 以上です」


「善き哉。直ちにすべての戦闘を始めよ。

 なお、ジン・メタルハートの動きはどうなっておるか」

「陛下、それは既にご存知のとおり神出鬼没で、自然災害のよう、非情、己が意の向くまま、自由奔放で、誰にも把握できません」

「ふうむ。

 まあ、それが摂理であろう。敵でないならばよい。そのくらいはやむを得まい」

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