第11話 蜥蜴の紋章の剣と楯を持つ巫女騎士イシュタルーナ

 雪を蹴散らし、大山脈の急斜面を長い脚で駈ける一人の少女、首や腕や太腿や胸元には極彩色の刺青があった。


 聖句が装飾的に彫られ、鮮やかな上に螺鈿のように揺らぎ燦めく。超極細なラメのようでもある。だが、どちらかと言うと、粒よりは霧レベルだ。


 刃に聖なる蜥蜴の紋章が彫られた長剣、それを収める鞘には眞咒が浮き彫りにされ、装飾と補強とのための鋲が打たれ、又金で聖句が象眼されるという拵え、太い革ベルトに留めた鎖に吊るして佩いていた。


 小さな楯が二の腕に革のベルトで留められている。 

 楯にも精緻に彫られた蜥蜴の聖紋があった。蜥蜴の背に移ろう青い霓の艷は移ろい易い現象世界の遷移の象徴であり、現象を解析する神官の紋でもあった。


 イノーグ家の紋章である。古き天文占星の家柄で、かつ、イカルガーノ王国の舊臣、イノーグ村に古く住む氏族であった。


「エミイシの氏族らとその主従、連射式の弩を持った兵隊ども、羚羊に乗った騎兵ども、赦さん、絶対に赦さない、たとえ、死して肉は朽ち、骨は砕けようとも、鬼神となって復讐する」


 イノーグは古い爲來(しきた)りと宗教と伝統を固持する舊家である。鬱蒼たる麓の森に社を隠し匿っていた。神懸かりと審神者(さにわ)によって、啊素羅(アスラ)神群の言葉を預かる。

 當主にして族長のヴォーンは古代の儼肅(げんしゅく)を以って身を荘厳する矍鑠(かくしゃく)たる古老であるが、謹儼なる彼に叛らう者は王国古參の舊臣にも少なかった。

 しかし、時代とともにその潮流も変化が見られ、ヴォーンは渡來人の末裔である氏族を苦々しく思い始める。


 ここ数年、新たな勢力として力を伸ばして來たエミイシ家を嫌悪し、怖れ、蔑視していた。逆にエミイシにとってすれば、イノーグは眼の上の瘤のような存在である。両家は反目し合い、一触即発の状態であった。


 イカルガーノ国の王都フジワラの、素朴な木造の王宮にて、エミイシの當主シエミの長男、長髯を尊大に伸ばすソシン・エミイシは王に直訴し、激しく眼を剥く。

「進んだ文化を持った国、大陸の神聖シルヴィエ帝国を範とすべきです。人間中心主義、理性主義、ロゴス主義、実証主義的科学精神、それこそがイ・シルヴィヱ聖教の神髓です。彼の国の宗教を取り入れましょう。聖者イヰの教えに従わなければ、先進国とは言えない。通商にも支障を來す。

 我が国も、大国の文化や技術を受け入れるために、人を招き、改宗し、進んだ国家制度を眞似るべきだ。理性と科学に基づく価値觀に切り替えねば。そうしなければ、生き残れない」


 古老ヴォーン・イノーグは憤激した。

「愚かな、古來の神を捨てると申すか。若造が何も知らずに狂気を言う。

 国家が今日あるは神の力ぞ。眞実義のお陰ぞ」


 ソシンは嘲り、

「古臭いことを。これからは、科学の時代だ。

 神に祈って雨が降ったか。神に祈って死者が甦ったか。病すら平癒しない。

 天文占星奇門遁甲は詐欺師の集団だ」


 ヴォーンは絶句した。神への冒瀆。さような言葉が言えるはずがない、許されるはずがない。犯してはならない領域を犯した。そして、躬らの家が侮辱されたことに気がつくまでは、二秒ほどかかった。

「ううぬ、何を言うか、貴様、恐れ多いことを、我が一族を侮辱するだけならまだしも、天罰が在らん。いや、神の御名において成敗してくれるわ」


 そして、憤然と帰ると、イノーグ村までの二十キロメートルほどの距離を古くからの友である亜人族の一つである大鷲族の背に乗り、数分で帰り、伝統の剣を取って、祈禱し、一族郎党に武装を命じた。

「いくさじゃ」

 たちまち、恩顧兵が集い、大樽を割って、酒が振舞われる。翌朝には、出陣の用意が萬事整うはずであった。しかし、古來の習を護ることは不利へと繋がる。


 実踐主義の敵の動きの方が遙かに早かった。


 ソシンはフジワラからイルカまでの十数キロメートルを翼ある龍で戻り、予め重装機甲兵を用意していた弟マハルコに命じ、イノーグを襲撃させる。


 この様子を見ている者たちが多数いた。


 大鷲族の将軍ツルゲーノフは斥候の知らせを受けて、状況を把握、察知するや、直ちに旧友へ告げに翔び立つも、既に遅し、間に合わなかった。恐るべき業火、哀れ、ヴォーン・イノーグとともに、その妻、ユグドー村から嫁いできたユレイアーナも、一度は運命に翻弄され、失いかけて辛くも保った命儚く、このイノーグ村でようやくつかんだ幸せではあったが、二十年にも足らず、非業の死を遂げる。

 夜の奇襲によって、イノーグ村は壊滅した。


 雪を蹴散らして疾駈するヴォーンの娘イシュタルーナは息を切らせ、意識が遠のきそうになりながらも、まっすぐな黒髪を流旗のように靡かせている。

 彼女は神に仕える少女騎士、巫女騎士であった。村が焼かれ、魂が裂かれ、猛吹雪の漆黒のなかを、ここまで疾駈して來た訳は死を免れるためではなく、凌辱を逃れるためである。


 家族を殺され、生きる望みを絶たれた彼女は死を覺悟していた。聖なる地の聖なる岩に、究竟の命を散らし、生の証とせんとする、悲愴で激烈な決意である。ただひたすらその執念で生き、鬼神のごとく、半ば魂魄と化していた。凄まじい執著で、どうにか聖域までたどり着く。ぜいぜいハアハアという喘ぎは止まらなかった。眼は半ば正気ではない。


 そんな狂亂のさなかですらも、眼前に突如、女神が降臨した時、驚天動地の奇瑞奇蹟に驚愕せざるを得なかった。

「あ、あゝ」

 言葉が出ない。何を見ているか理解できなかった。

 光だ。天から降りている光の柱は、女神の降臨が済んでもなお、天と繋がりを続けている。そこに炎のごとく立つ、この世ならぬ少女。哀れな虫けらでも見るかのように、こちらを睥睨している。

 いゐりゃぬ神の降臨であった。高さ・幅・奥行のいずれも一メートルほどの自然石の上に坐している。坐っている姿はまるでこどもだった。立っても百二十センチメートルほどであろう。

 それでも大神威を以ってイシュタルーナを壓していた。

 これほどあからさまに、今まで、これほど明瞭に、顕かに神を見たことがない。彼女たちの世界において、神とは、暗い岩屋か、細枝や草を葺いた竪穴式家屋の奥に仄かに顕れるものであった。


「これは、いゐりゃぬ神、あゝ、間違いない、この神は」

 民族伝來の祖神からなる神群の一柱である。

 さすがに現実に見ることは今が初めてであったが、天文占星を学び、眞理と聖なる系譜に通じる巫女である彼女には、アスラの一種族であるアサライ族の長の分け御霊であるいゐりゃぬ女神であることを、論理の絡繰を超越し、直觀によって悟ったのである。

 感情があふれた。爆発し、暴風雪もかき消し得ない、絶叫に近い叫びで訴える、滂沱の涙とともに、

「いゐりゃぬ神よ、救い給え、正義の裁きを」

 少女神は冷たく笑った。苦悩する者の悲痛な叫びなど聞かず、全身の太陽のごとき燦めきを鎮め、消えるかのごとく雪の闇に沈む。 


 華奢な容姿に似合わぬ厳かな声、

「汝、朕に仕えよ」

「しかし、この命は敵に追われ、今や尽きようとしています」

「さような事情など知らぬ」

 いゐりゃぬ神が知らぬはずはない。扱うべき必要もないと言っているのである。

 その冷厳たる言葉と同時に、近くに追手の喚く声が聞こえた。眞夜中の猛吹雪のなかであっても見える、微かな雪の光を反射し、ギラギラ光る刃が十数。又、風にちぎれそうな松明の火が数本、弓や槍や大剣を明々と照らしていた。


 イシュタルーナはきつとにらみ振り向き、眼の焔をかっと熾やして、ギラリとねめつけ、螺鈿の刺青を滾らせ、憤りと憎しみの炎を噴き上げさせた。

「地獄の犬どもめ」

 野蛮で粗野な革鎧の騎兵たち、傭兵である。雪の積った岩の上を、自在に走る大羚羊に乗っていた。こちらを指さし、

「あれだ、あそこだ」

 そう口々に雄叫びながら、エミイシに雇われた傭兵たち、殺戮をあふれ滾らせ、登り迫って來る。だが、その時であった。


 いゐりゃぬ神の眸だけがゆっくりぎらりと光る。

 一瞬、強烈な日が昇ったかのようであった。だが、それはすぐに、篝火ほどの明るさになった。それでも、傭兵たちの革鎧や衣に光の残滓が粒となって附着しているが。

「おい、何だ、これは」

「見たこともない、どうなってんだ、おい」

「いや、それよりも、あれを見ろ」

「おお、女だ」

「あんな所にいやがった、巫女騎士め」

「手こずらせやがって」

「おい、待てよ。あれを見ろってば」

「え? あ、あれは何だ、あの光は」

 その男は斜面の百数十メートル上、いゐりゃぬ神がいるあたりを指さす。その瞬間、鎮まっていたいゐりゃぬ神の全身の光が再び激しく燃え上がる。

「うわ、わあああああ」

「眩しい、何も見えない」

「いや、あの光のなか、微かに薄い影が。何かいる……」

 傭兵の誰もが羚羊を止めた。


 イシュタルーナは一人でも多く殺さんと、蜥蜴の聖紋の彫られた長剣を抜き、楯にもある蜥蜴の聖紋をちらちらと揺れる炎のように光移ろわせ、悲愴の死を覺悟し、瞑目しつつ、聖咒を唱える。螺鈿の聖句の刺青が霓のように複雑な燐光で、凛々と燃えた。

「龍のごとき肯んじよ、眞究竟の眞実義よ、あるべくかくあれ」

 この時、半跏趺坐に坐していた女神が動いた。降臨した時のように、石の上に立つ。

「おお、何と」

 羚羊に乗る傭兵たちは初めて気がついた。激しく燦めきながら動く光の輪のなかに、殊更に濃く烑く輪郭を以て立つ、いゐりゃぬ神の存在に。

「おい、見ろよ、石の上の凄い光のなかを、人の形をした何かが、あれは」

「太陽が落ちたみたいだあ」

「そうだとも、太陽だ、いや、神だ、そうだ、そうに違いない」

「何だと、何ゆえ神が降臨したか。奴が召喚したのか」

「ええい、狼狽えるな」

「ならば、お前が逝けばよい」

「ふざけるな、何事も命あっての物種よ」

 イシュタルーナは蜥蜴の聖紋の楯を正面に、蜥蜴の聖紋の長剣を構えた。

 いゐりゃぬ神がちらっとまなざしを遣っただけで、剣はパッと火が点いたかのように、光燦々と輝く。

「見ろ、女の剣が燃えている」

「神だ、俺はごめんだぜ」

「バカ、逃げるな」

 しかし、一人が逝けば、次々逃げ崩れていくのは人の性だ。

「ぅうわあああ」

 恐怖に駈られ、一目散に逃げ出した。

「卑怯者、逃げるか」

 飛ぶ隼のように襲い掛かるイシュタルーナ。極彩の刺青の螺鈿の鈍い移ろいの光は今や燃えるかのように。電光石火とはこのことか、たちまち斬殺、十数名。

 さらに追おうとすれば、

「待て、巫女騎士よ、朕に仕えよ」

「しかし、いゐりゃぬ神よ」

「逆らうなかれ」

 その言葉に巫女騎士は長い髪を垂れて項垂れ、

「言うまでもないこと」

 イシュタルーナは跪いた。巫女騎士は知らなかったが、逃げ果せたと思われた兵二名は、数百メートルも逝くことなく、力尽きて死し、吹雪に深く埋もれて、数年後にも見つかることがなかった。


 そのようなこととは知らぬイシュタルーナは無念であったが、気持ちを変え、私情に走ったこと(人としては、已むに已まれぬ感情ではあるが)を大いに悔悟し、感謝を奮い起こし(そうすることが正しいと彼女が信じたから)、

「申し訳ありません。あゝ、いゐりゃぬ神よ、感謝いたします」

 その時、ほんの一刹那、吹雪が止み、静かな光が彼女に降りた。崇高な感情が湧き上がり、清らかな解脱を觀ずる。いゐりゃぬ神の表情は相変わらず冷厳で、非情なままではあったが。底知れぬ凍てつきの、儼なる深淵のごとき冷厳。


 だが、彼女の受けた寂滅為楽の横溢は、いゐりゃぬ神の氷のごときまなざしを受けても、妨げられることもなく、イシュタルーナは萎縮することも畏怖することも憂慮することもなく、顕かな祝福を感じた。大いなる恩寵が漲る生命となって、躬を廻る。

「あゝ、何という、このような閑寂なる陶酔、清明にして清爽なる歓喜、想ってもみなかった。舌が縺れるとはこのことか、言葉では言えない」

 いゐりゃぬ神に報いねば。

 イシュタルーナは暴風雪をものともせず、捧げものを探した。自分のための食糧よりも、水よりも、優先すべしと心が激しく衝き動かされる。

 すぐ傍の、針葉樹の香り高い濃い緑の葉を取り、又雪に埋もれた木の洞を探ってその奥に、幾種類もの木の実があることを発見し、諸手で掬い、捧げ祀った。靴を脱いで跪き、聖なる咒を唱えて、祈禱する。

 いゐりゃぬ神は何の意も表さず、冷厳な無表情のままであったが、

「お前の生命を維持せよ。そのため、その木の実は保存せよ。リスが集めし木の実を、いゐりゃぬ神がお前に授けて賜るものなり。受けよ。いゐりゃぬ神がお前に賜る最初の糧なり」

 イシュタルーナはおのれ独りの無力を悟った。

「あゝ、いゐりゃぬ神を祀り、護るに、わらわの力だけでは足りない」

 彼女は躬らの生命維持をも忘れ、そう思う。それは深い絶望だった。寒さに凍える手で、再び祈る。心を込めて絶望よりも深く祈ろうと心を凝らした。 


 ふと近くに人間が蹲っていることに気がつく。頭を抱えて、雪に伏し、震えているのは、苛烈な吹雪のせいばかりではなかった。いゐりゃぬ神を前に畏怖している。慄いていた。

「お前は誰だ」

 むろん、敵の歩兵でしかあり得ない。しかし、見るからに幼い少年であった。イシュタルーナは十七歳であったが、彼女よりも幼そうであった。

「顔を上げろ、上げねば殺すぞ」

「ひぇえ」

 少年は一度、縮こまってから、恐る恐る顔を上げる。

「傭兵だな。傭兵団がいずこかの村を襲った時に攫われ、無理矢理に傭兵にされた少年兵だな。同情に値する。わらわは、お前を救おう。名は」

「ら、らふ、ラフポ……ワ」

 弱虫の傭兵、ラフポワである。声が風にちぎれる。

 イシュタルーナは決然と言った。吹雪でも、その声は高らかな鐘のように、

「よし、お前に、いゐりゃぬ神の守護を命ず。今から、神を守護せよ、お前は神将だ」

 鎧もない少年兵は驚いて、眼を丸くした。

「無理だよ、将なんて、しかも神将? とんでもない。鎧もないのに。そもそも、僕は闘えないよ」

 楯などなく、剣は錆びて刃がなく、木製の鞘から抜くのが一苦労。巫女騎士は意に介さなかった。

「鎧など要らぬ。その剣も鞘も要らぬ。捨てよ。いゐりゃぬ神の加護がある」

「そんな……むちゃな」

 こうして、ラフポワは最初の守護者となった。ここで天から聖なる光でも降りてくれば、さもそれらしいのだが、さようなものはなく、ただ、非情なイシュタルーナの言葉が在るだけであった。次いで命ず。

「いゐりゃぬ神を風雪に晒すな。

 神を尊べ。祈りは神に捧げる聖なる行為だ。この無空の世のなかで、神を崇めずば、すべては崩れ去ってしまう。

 諸考概も愛も言葉も虚しい、どうしてそれを押し留められようか。

 正義も眞実も実体として実在しながらも、無空だ。つまり、実体があること、実在であることが無空と同義なのだ。

 このような無際限な無空のさなかで、棹を差すのは、ただ祈りでしかない。神を尊べ。神を崇(あが)めずば、すべてが消え去ってしまう。

 もう一度言う、いゐりゃぬ神を風に晒すな」

「でも、あなた、えーと」

「イシュタルーナだ」

「イシュタルーナ? じゃ、イシュタルーナ、言うけどさ、ここには何もないよ。

 風を遮りたくても、そういう材料が見當たらないよ。そりゃーさあ、神様じゃなくったって、風を遮るものは欲しいよ。僕だって欲しい。けど、ないよ。雪しかないよ。何もないよ」

「雪が在る。お前は雪を見たこともないのか。どこの国の生まれだ、そんなにも、遠くからさらわれて來た訳でもあるまい」

「モ、モンタ(ヴォゼヘルゴ国の南方)の村だよ、ここからは遠いけど、雪を見たことがない訳でもなくもないけれども」

「ふむ、モンタか。なるほど、雪は尠(すく)ない場所だが、降らぬ土地でもない。愚か者よ、ただ、愚かであるのみか。

 考えよ。いや、もはや考えるまでもない。今や、探す必要もなくなったであろう。さあ、答を言え。思いつかぬは、よく気をつけておらぬからだ。異界における逝にしへの聖者も言ったと聞く、よく気をつけよ※、と。※釈迦牟尼(釈迦族の聖者)の言葉。

 日々の業(行為(カルマ))に気をつけよ、言葉や思考は無力だ。言語も含めた行動が人を哲学に導く。気をつけて生きよ。清らかであれ、正しくあれ。正しい見解、正しい言葉遣い、正しい思考、正しい生業、正しい生活、道への正しい努力、正しい信念、正しい禅定。そして、正しさの基準とは、超越だ。飛翔だ」

「は、はい……で、どーしたら。いいのでしょうか…」

「何だ、わからぬか。答は既に言った。雪だ。眼の前にあるものを見よ。周囲を見よ。雪だ、雪を積めばよかろう」

「えー、道具がないよ、凄い風だよ、声もよく聞こえない」

「つべこべ言うな。手がある。厚い手袋もしているようだが」

「手袋って、見掛けだけだよ、これじゃ、すぐにグシャグシャになって、凍って、指が凍傷になっちゃうよ」

「ふうむ。凍傷のことは知っているんだな」  

「そりゃあ……知っているさ。知っているに決まっているさ。そんな眼で見ないでよ、ええー、そんなあ。

 ……あーあ、わかったよ。うん。わかった。仕方ないよね。うん、わかった」

 諦めに慣れた顔だった。諦めの表情が顔に貼られて張りついている。

 イシュタルーナのまなざしが尠し哀しげになった。だが、容赦はしない。神は仮借ない。


 作業はすぐに開始された。巫女は指示し、躬らがよく働き、躊躇なく進める。ふしぎなことに、作業中は手袋が凍ることはなかった。


 最初の御社は雪の〝祠〟である。

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