第6話 両雄相見える

 バル(大衆酒場)で、高名な、〝アンニュイ〟ことジャン・マータが酒を啜っている。


 扨(さて)、來てみれば、到底、無双の騎士とは思えぬ風貌、物憂げで翳りある、優しそうな若者。繊細で、しなやかさな風情、たおやかで優美な、艶かしいと言ってもよい雰囲気であった。


 無双の戦闘士の様相ではない。


 十七の少女とは思えぬ冷厳さを全身から放つ神懸りのジョルジュは、滑らかな皮膚でしなやかな筋肉質の、すらりとした身体を糺し、


「いざ、お手なみ拝見」 


 亂暴極まりなく、いきなり剣を抜いた。『銀月の剣』は異様な光で皓々と耀く。酒場が明るく照らされ、人々は怖れ慄き、悲鳴が上がる。


 普通の戦士なら、ここで逆上的に憤るか、怖れ青褪めるかするもの。しかし、相も変わらずの物憂げに酒を啜るアンニュイは、

「何事かな。人が静かに酒を嗜む時に猛々しく。

 どうやら、ジョルジュ・サンディーニ殿とお見受けするが。

 このような場で剣を抜くなど、もののふにあるまじきこと。まして貴殿のような騎士が街の愚連隊の振る舞いをするとは」


 激怒するも感情を抑え、ジョルジュは、

「なるほど、臆病者の言い訳も、それらしく聞こえるものよ。

 ならば、ここを出でよ。もののふたる者の名誉と覺悟とがあるならば」

 彼女の凄絶な殺気は周囲のものを壓し潰しそうだし、闘気は空気さえも焼き裂いて焦がしそうであった。


 それを眼前にしても、何事もないかのような平生の表情のアンニュイがなみの人間であろうはずがない。

 ジョルジュもその勇の素質を認めつつも、敢えて挑発のため、そう言い放った。

 諦めたような微苦笑で立ち上がるアンニュイ。

「やむを得まいな。

 しかし、私の方でも貴殿に話があったのだ。だから、この街に來た。ともかくも、さ、外へ出ようか」 


「話?」

 アンニュイは応えず、通りに出た。街歩く人々は異様な気配に止まる。なおも、尋ね、

「話とは何だ?」

 アンニュイが抜剣する神剣は『霓の稲妻』だ。螺鈿のよう、七彩の虹色が移ろいつつ燦輝する神剣。 


「いや、まず話に価するかどうか確かめてからにしよう。ただし、本気でやる勿(なか)れ。貴殿と私が本気でやると、この街が吹き飛ぶかもしれん」

 ジョルジュは鼻で嘲笑い、

「ふ、言われるまでもない。そのようなことは承知だ。いざ」

 神速。そういう言葉が相応しい。彼女のスピードは人の動体視力では捉えられない。いや、人でなくても、だ。

 しかし、アンニュイはその突きを躱(かわ)した。躱しながら心中に思う、

「ふむ、なるほど、噂に違わぬ。神に祝福された者にしかできぬ御業よ。

 しかし、我が眼は現象などに囚われぬ。現象は五蘊(色・受・想・行・識)に解析される。


 解析されるが、五蘊に実体はない。空だ。※五蘊は色受想行識。現象を構成する五つの分類。

 なぜなら、空とは五蘊のことだからだ。異界の聖典と伝えられる般若波羅蜜多心経にいう〝色不異空、空不異色(色は空と異ならず、空は色と異ならず)〟とは、そのことを叡(あきら)かにする。※色は感覺の起因となるもの。物的現象など。

 問うとても、虚しい。それが現実だから、としか言いようがない。現実は理を超えている。理解を超えている。


 事実は有無を言わさぬ。是非もない。ただ、事実であるという一点張りで押し切って來る。ぶっ切ら棒で、問答無用だ。事実に逆らえない。事実が答のすべてだ。在るとおりに在る。在るとおりにしかない。在るところが眞実である。


 さて、それをこの神懸った騎士に、觀ぜしめて進ぜよう。


 さあ、ジョルジュ殿よ、貴殿は必殺の間合いから繰り出した一突きを躱され、次の手を思案中だ。

 ともかくも、私のスキを突こうと狙い、我が眼前を左に右に緩慢に動きながら、間合いを計り、眼光鋭く構えている。


 しかし、スキが見つけられず、思い倦ねているというところか。

 ならば、これで、どうか」


 切っ尖を眞下に向けて『霓の稲妻』を構える。スキだらけとなった。


 ジョルジュは考える、これは罠だ、と。だが、

「面白い、その手に乗ろう」


 間合いのなかへ、敵の懐のうちを目指し、突撃する。剣を振るった。『銀月の剣』が描く軌跡が銀の光となって、酸素を燃やしながらアンニュイを襲う。


 三日月のような弧のかたちの光が刃となって迫った。遠くへ逝くほど大きくなる性質があり、もしも、敵が数百メートル先にいれば、銀の光がなす三日月型の刃は一度に数百人の兵士を斬り裂くのである。


 アンニュイの神剣、『霓の稲妻』の墜とす幾条かの霓の雷霆が銀月の孤とぶつかって、激しい炸裂光が起こる。石畳が削れ、両者を中心とした、半径十数メートルの円形の窪みができた。


「ぅぐっ」


 ジョルジュが呻く。激しい衝撃波を受けたためであった。アンニュイは微動もしない。 

「未だ解脱が十分ではないと見える。

 五蘊を皆空と見做せば、さような衝撃を受けることもあるまい」

 早くも神剣を鞘に収めるのであった。潔くジョルジュは、 

「なるほど。その理、眞であると解する。さすが、噂どおりという訳か。完敗であることを認めよう。認めざるを得まい。

 どうやら、話とやらを聞く資格は得られなかったようだな」

 珍しくアンニュイが快活に笑った。



「いや。そうでもない。

 貴殿の強さは桁外れだ」 


 ジョルジュは苦笑。

「褒められた気がしないぞ。

 で、話とは何だ」


「ふ、簡単なことだ。傭兵隊を立ち上げようと思っている。どうか、貴殿にもご参加願いたい」


 


 ちなみに、舗装路の修繕に要する経費はアンニュイが市庁へ弁償している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る