第5話 ジョルジュ・サンディーニ
二十歳のジョルジュは、飽いていた。
アンジェロス・デラモーレ、交差する街道の交易によって栄えた町。その高級ホテル、オテル・アンヘルで、物憂げに、長い四肢を、豹のようなしなやかな躬を寝そべらせていた。
懶惰そのものの風情である。
彼女が裂士になったのは、十七の頃であった。
細身の体躯は百八十センチメートルを超える。いかにも、武門の貴族であるクシャトリヤ族に相応しいものであった。
幼少時より既に英雄の風を帯びている。
だが、男子を望んだ父伯爵は娘であるというだけで、その誕生を喜ばなかった。
そんな気持ちをいつか変えさせると信じ、ジョルジュは剣技に励み、腕を磨くと、もともとの才もあり、十二歳にも満たぬ時から、敵う男子のいない使い手となり、師範をも超えた。
そして、十四歳で男装し、剣を佩き、騎士の平服であった房飾りつきの丈長いフロック・コートを着て、大きな羽飾りのついたつばひろのハットを被り、膝丈のブーツを履いた。
だが、父は激怒した。
「女だてらに」
父と同じく激情型のジョルジュは憤慨して出奔し、やぶれかぶれになって、傭兵の群れに混ざった。
最初は少女をバカにして不埒なことを仕掛けようとした荒くれ者らは、たちまち殺された。怪我程度では済まさないのが、彼女の主義だ。
「何て酷いことを。貴様には憐れみというのもがないのか」
鼻で嘲笑う。筋高き鼻梁で。
「ふ、憐れみ?
さようなものは不要。軟弱なる者どもよ、命を賭けるがもののふたる者の常。
殺さなくともよいではないかなどとほざく者ども、笑止」
彼女は戦場で見た。
屍の山をなす、修羅のような強靭な武将を。
いつしかギナカという、武士団の大将に憧れを抱くようになる。
奇兵奇策を用いて、少人数で大軍に勝ち、名声を轟かせていた。
豪放な性格は性愛も豪快であった。妻はなくとも数多の愛人を囲っていた。彼を取り巻く女たちの戦いの世界に、ジョルジュは飛び込んだ。
敢えて躬らを捧げ、たちまちその渦に取り込まれた。
独りの男を廻る虚しき闘い。彼の愛は誰にも留まらず、赴くまま。ジョルジュの飢えた心はどこにも答を見出せなかった。
そんな焦燥の日々、英雄は突然、死んだ。
答のないまま、未遂不收のまま、それは永遠に宙に浮いたまま、途中のままで終わった。
世界の関節が外れた。
突如、世界は空莫となった。世の実相を彼女は見たのだ。生ある者は生きるに堪えられぬ〝恐るべき荒野〟をジョルジュは見た。
巫女のような激しいトランス状態が彼女を襲った。
ジョルジュは裂士となった。その異能は尋常ではない速さと凄まじい剛力による剣の破壊力、天授の弓『太陽の弓』だ。
トランス状態のときに、太陽神が降臨して彼女にその弓を賜った。
また月の女神が降りて来て、『銀月の剣』を賜う。
ジョルジュは狂おしく戦場を駈け廻った。無法な傭兵や荒武者たちの間で、彼女の名は恐怖の代名詞となった。死を意味した。
「ジャン・〝アンニュイ〟・マータかこの街に来ている。そんな噂を聞いて彼女はじっとしていられなくなった。
「どれ、いかほどの英雄が、見てくれようぞ」
戦士たちの集いそうな酒場を廻る。そして、ついに見つけた。
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