第4話 虹の稲妻
アンニュイは、真に究竟の真実義を会得するため、まずは気力を甦らせるよう心掛ける。
山の岩膚から精を喫して滋養した。
さらには、体を鍛えるため、嶮しい山岳の絶壁を羚羊のように走り、跳ね、飛び渡った。
「あゝ、自由だ。自在だ。躬が軽い。すがすがしい清らかな軽やかさ。なんと言う快さか。爽やかだ」
神嚴なる山岳の崇高なる氣が、時間の経過とともに身体に染み渡り逝く。
その力の充溢は、太陽のように真奥に燃え赫く。燦燦たる烈。
ある時、ふと亀裂のある巖に気がついた。
「何であろうか、感じる。この亀裂に深い意味の力を感じる。神秘な大霊威を」
インスピレーションのままに、念の力を加えてこれを缼き、その裂けた一片を磨いて、剣を作った。
握った瞬間に、神秘的な力が筋肉に、骨髄に、血管に奔る。
「おお、摩訶不思議な、凄い。悪鬼羅刹にも負けぬ気がする」
「どのような訓練が良いか。並の剣術では無い」
動かぬ大巌と対峙してその剣を構え、甚深なる瞑想をし、事物の本質を会得して、それを斬る修練を積む。
また羚羊と戯れた。絶壁を跳躍しながら、その大角と石剣とを交えて、体捌きと体幹とを養う。
常人ならぬ力の横溢を、躬らに感じるようになった。
時々、天領の境を越えて侵入しようとする悪鬼羅刹や魑魅魍魎を見つけては斬った。
昨日も全身を装甲した鬼神の群れがあらわれた。
「占領だ、略奪だ、鬼の国を創るぞ。金だ、女だ」
身の丈が四、五メートルある怪物どもだ。
凶々しく爛々たる赤目、瞳孔は縦の裂け目のよう、牙を剥き出し、涎を垂らし、嘲のような叫び上げる。
アンニュイは毅然とその前に立ち、
「浅ましき者、醜き者らよ。この天領を汚すなかれ」
「何じゃ、貴様、騎士かと思えば女子か」
そう言って嘲笑った。
アンニュイは動ぜず、
「ふ。お前たちへ名乗るべき素性などない」
跳躍し、数百の鬼の間を縫うように飛び、次々と切り刻む。
たちまち積み上がる屍骸の山。
悪鬼羅刹からも恐れられる人間となり、魑魅魍魎も避けるよになったが、そんなある日、目の前に突如、龍神があらわれた。
「人間ごときが何ゆえ、我がもの顔にて、我が神聖なる聖域を跳梁跋扈するか。
癡かな弱き淺ましき者よ、思い知るがよい」
大きい。桁外れだ。
全長は百六十キロメートルにも及び、胴の直径は八千メートル超、頭は山一つよりも遙かに大きい。
漆黒の龍神で、目は濃い鮮やかな緋色で溶岩のように滾っていた。
濛々たる黒煙を上げて、火炎と硫黄と毒ガスを吐く。
だが、アンニュイは怖れない。懐へ突っ込む。目に止まらぬ速さで、炎を躱して回り込み、龍神の鬣に跨る。
そもそも、このアカデミア天領の龍神は大山脈群の稜線に宿る龍脈の顕現である。幾千幾万もの龍神が龍脈となって稜線を廻り、幾十重もの結界をなして、聖アカデミアを守護しているのであった。すなわち、善であって悪ではないが、運命によって、変異種のように、悪龍化するものがいる。これも全知全能なる神の計らいなのだが、それを否定し、龍を殺すこともまた、神の計らいである。
尋常な敵ではない。
「だが、敗れるから、死すからと言って退く者は騎士ではない。死を生のごとく観じ、生を死のごとく想え」
その時、天穹に神の祝福が轟く。
アンニュイは臍下丹田に氣を込めて、氣を錬成し、氣を凝らして石剣に絡め、石剣を神剣となした。
それは見事に燁く剣となった。
螺鈿のような霓の刃を持った剣。
その神威は、あたかもインドラのヴァジュラ(金剛杵)のごとく、雷神トール、又はゼウスの稲妻のごとく。
アンニュイは神剣を振りかぶり、
「稲妻よ、美しき稲妻よ、天より降り落ちて縦裂きに切り裂く」
いくつもの稲妻が落ちる。稲妻もまた、霓色であった。
「ぅごをおおわあああああああっ」
天地を震撼させて轟くような断末魔の叫びを上げ、龍神は稲妻に寸断される。血飛沫が黄昏のように山々を染めた。
かくして、ジャン・〝アンニュイ〟・マータは龍殺しとなった。
龍神の血に塗れた神剣はより燦然と煌めき、強靭さを増す。
アシータヴァ仙人は告げた。
「時季は来たようだ。地上に降りるがよい。この聖地を離れて、没落せよ。黄昏のように。
汝のいのちを見つけよ。汝の魂、本質、汝のイデア、汝の生命の意義を満たせ」
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