第36話 やられ役の魔王、事後報告を受ける





「え? 人間牧場?」



 俺はバルザックからアルヴェラ王国だった領土の使い方を聞いて耳を疑った。


 バルザックが満面の笑みで頷く。



「はい!! せっかく広大な土地が手に入ったわけですし、人間を奴隷や食料として使うのが良いかと思いまして」



 元人間からすると、中々どうして受け入れるのが難しい提案だった。


 いや、もう迷っちゃダメだ。


 エルシアの期待を裏切らないためにも、俺は魔王でいると決めたじゃないか。


 人間牧場とかいう、ちょっとクレイジーなワードを聞いた程度で引いていてはとても魔王らしくないだろう。


 俺は努めて冷静を装いながら、バルザックからさらに詳しい話を聞く。



「この国の人間は魔王妃様の方針で皆殺しにする予定でしたが、私の方から嘆願して納得していただきました」


「む、エルシアを納得させたのか? 凄いな」



 こう言っては何だが、エルシアはアルヴェラ王国の人間を絶対殺すウーマンだ。


 その彼女に、奴隷や食料であっても王国民を生かしておくという提案を納得させるとは、中々できるものではないだろう。


 バルザックは自慢気に胸を張った。



「はい。『ただ殺すより、惨めな家畜にしてしまった方がご気分も晴れるのでは』と提案したら良い笑顔で了承してもらえました」



 なるほど、と俺は内心で納得する。


 ただ王国の人間を皆殺しにするよりも、そちらの方がエルシア好みらしい。



「現在、陸魔軍から抜擢した部隊で王国に点在する小さな村々から人間を集めています。その後は然るべき教育を施そうかと」


「教育? 文字でも教えるのか?」


「ははは。魔王様は冗談がお上手ですね」



 え、他にどういう教育があるのか分からない俺がおかしいのか?



「人間たちには、特に子供を中心に魔王様の偉大さと自分達の愚かさを教えようかと。彼らは寿命の短さ故に、先達の学びを人生に生かそうとしますから」


「……ま、まさか……」


「人間たちに『人間は魔族の奴隷であり、家畜である』という価値観を植え付けます。最初の二、三世代では無理でしょうが、短命な彼らはすぐ世代を交代する。二、三百年も経てば、王国の人間は立派な魔族の奴隷兼食料になるでしょう」


「な、なるほど。たしかに効果的かも知れないな」



 要は洗脳教育を数世代にわたって行うことで王国民を根っからの家畜奴隷にしてしまおう、と。


 俺は少しバルザックが怖くなった。


 いやまあ、バルザックにアルヴェラ王国だった土地を有効活用するよう命令したのは他ならぬ俺だけども。


 しかも既に動き始めてるみたいだし、完全な事後報告だからなこれ。


 ひとまずそこは注意しておく。



「あー、バルザック。今後はそういうのは事前に言ってからやってくれるとありがたい」


「……」



 ふと、バルザックが硬直した。



「も、申し訳ありません、魔王様ァ!!」


「うお!? ど、どうした!?」


「か、完全に失念しておりました!! 今まで魔王様から任されていた軍の管理等は私の判断で行っておりました故――いや、これは言い訳。魔王様の意見を聞かずに実行したこの愚か者の首をお納めくださいませ!!」


「ちょ、ストップストップ。別に責めてない。責めてないから自分の首を手刀で切断しようとするな!!」



 俺は責任を取ってセルフギロチンしようとするバルザックを全力で止める。


 言われてみれば、今まで魔王軍の細かいあれこれは全てバルザックの裁量に任せっきりだったもんなあ。


 今更許可を求めるはずもないか。



「ま、まあ、あれだ、バルザック。今までお前に全て任せていたが、今後は俺も何か手伝おう。お前も少しは楽に――」


「わあああああ!! 魔王様、どうかお慈悲をおおおお!!!!」


「!? こ、今度はなんだ!?」


「どうか、どうかこのバルザックめから仕事を没収することだけはお止めください!! 私から仕事を取ったら何が残るんですかあっ!!」



 ダメだ、こいつ!! 仕事に取り憑かれてるタイプの人間だ!!


 あ、いや、魔族だったな。



「わ、分かった分かった!! お前に任せる!! ただ今後は何かする時、俺に説明や報告を逐次するようにしてくれ」


「ぐすっ、しょ、承知しました魔王様ぁ!! その寛大なお心に感謝しまずぅ!!」


「……言うほど寛大だったか?」



 ただ説明や報告という手間を増やして、仕事をより面倒にさせただけだと思うが。



「しかし、よく牧場なんて発想が出てきたな」


「ぐすっ、あ、はい。そこは人間たちの暮らしを参考にしましたので」


「む? そうなのか?」



 俺はバルザックの意外な言葉に目を瞬かせる。


 すると、バルザックは先程までの様子が嘘のように元気になってペラペラ話し始めた。



「いやはや、やはり人間は面白いものですよ。狩猟による食料の確保には限界があると知り、獣の肉を獲るのをやめ、自らの手で育てるという発想には驚きました」


「意外な台詞だな」


「おや。魔王様、私は別に人間を見下しているわけではありませんよ?」



 魔族は人間を食料として見る者が大半であり、要は無意識に見下している。


 しかし、バルザックはどうも違うらしい。



「彼らは短命故に自分たちの生活をよりよいものにしようとする。その姿勢は見習いたいですね」



 バルザックも他の魔族と同様、人間を主食にしている。

 しかし、バルザックは人間の生活や文化には見習うべきところが多いと語る。


 魔族の中では非常に珍しい視点を持っているようだった。



「っと、そうでした。話を戻しますが、人間牧場について一つ問題がありまして」


「なんだ?」


「エルフです。エルフは寿命が長いので、人間牧場での飼育には向いておりません。連中をどうするのか、魔王様の意見を聞きたく」



 エルフ。

 魔王としての記憶にも、前世のゲームの中にも登場したファンタジーあるあるな種族である。


 耳が尖っており、美男美女ばかり。


 この世界ではアルヴェラ王国のとある山奥の森で村を作って暮らしているはず。


 彼らは魔族以上の寿命と魔力を有しており、平和をこよなく愛する種族だ。

 まあ、平和をこよなく愛すると言っても、ただ戦わないというだけ。


 彼らは数百年前に俺が人類を滅ぼそうとした際、大した抵抗もしないで真っ先に降伏し、命乞いをしてきたことがあった。


 数が極めて少ないため、その時はいつでも滅ぼせると思って放置していたのだが……。


 しばらくしてエルフの中から人類に味方する勢力が出てきて、魔族はじわじわと追い詰められ、最後は俺が封印されたことで戦争は終わった。


 その後のことをバルザックから聞いたら、どうもエルフは森に引っ込んでしまったらしい。


 どうやら山奥に隠れて暮らし、外界との交流を断絶することで自分たちの存在を抹消したかったのかも知れないとのこと。


 下手に人間と交流するより、面倒事に巻き込まれないよう隠れるのは上手いなと思った。



「……ふむ。無理なら別にいいんじゃないか? そもそも連中は森や山奥にこもっていて滅多に出てこないだろう?」


「それが、実は人間狩りをしている途中でエルフの村を見つけたらしく……」


「もう捕まえちゃっている、と」


「はい」



 なるほど。


 一度捕まえて自由にしたら、他のエルフの村に情報が回って何らかの支障が出るかも知れない。


 かと言って人間牧場で飼育しようにも長命であるエルフたちは『教育』の効果が出にくいため、対処に困っていると。



「そのエルフたちはどこだ?」


「現在は王都で他の人間たちと同様、奴隷として働かせています」



 エルフ。エルフ、かあ……。


 やっぱファンタジーな世界に来たら一度は会ってみたいよな。


 いや、魔王としては何度か見てるけどね?


 前世の記憶が蘇り、日本人的な感覚がある今、エルフたちを改めてこの目で見てみたい。



「少し捕まえたエルフに会ってみよう。王都にいるんだったな?」


「はい」



 俺はバルザックに命令し、エルフと面会することにした。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「エルフと言ったら?」



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